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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第2章 ~堕天の雫編~
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16.畏怖を越え、高みへ。

 倉庫建屋地下。地上階の倉庫を拡張する為に増設されたその空間は、今や化学工場へと変貌していた。

天井の高いその空間には数本の柱が無機質に並び、飽き飽きするほどの殺風景を演出する。

 広間の中心には、古めかしい木造の机が寄せ集められていた。そしてその机上には、毒々しい色彩を放つ液体に、やや前時代的な調合器具の数々。白衣を纏った数名の男は、まるで魂を失ったかのような瞳でその机の前へと立った。そこが堕天の雫を製造する本拠地であることは、誰の目にも理解出来るだろう。

 ある白衣の男が手を止めたとき、そこには地上の見張り番と同様の武装をした男が歩み寄る。

 「――お前は、死にたいのか?」

躊躇いなく銃口を向けられれば、白衣の男は当然に恐れをなした。死の恐怖とはやはり絶大で、その男は強制労働へと戻る。武装した男は、そこで満足気に銃口を下ろした。

 また大広間は吹き抜けの構造になっており、その上層にもまた、武装した男が控える。白衣姿の者たちにとって、そこはもはや逃げ場の無い地獄そのものあった。

 そして大広間の隅には、ガラクタで乱雑に区切られた一区画。そこには汚れた毛布や大きな樽が据えられており、最低限の生活を送るための空間が設けられていた。冷たい石の床に耐えて眠っている者は、この過酷な環境で安らぎのひとときを満喫する。

 そして吹き抜け上層に据えられた木造の扉は、突如として勢い良く開かれる。そこから姿を露わにしたのは、金髪のドレッドヘアーと黒い肌がよく目立つ大男。

 その男の登場を契機に、場は絶大な緊張感で支配される。それは男が、この空間において最も大きな権限を握った存在であるから。

 男は地上階での異変を察知したうえで、吹き抜けの上層から声を荒げた。

 「――敷地内に侵入者! 恐らくは魔導師だ!! 戦闘員は、地下広間入口にバリケードを築け!!」

 あまりに突拍子の無い指示。その一声を聞いて、武装した者たちは硬直する。こういった有事に慣れていないのは、きっと男らが使い潰しの兵隊に過ぎないからであろう。

 そしてその(てい)たらくに、巨漢は苛立った。男は握った魔法銃で天井を撃ち、続け様に声を荒げる。

 「無能共め、指示が聞こえないか――!?」

その恐喝を経て、ようやく武装した者らはすべきことを理解した。男らはガラクタの山へと駆け寄り、指示通りにバリケードの構築へと勤しみ始める。

 巨漢は狭い階段を下り大広間へと降り立った。慌ただしい中を闊歩すれば、男は無作為に選んだ白衣の男へと近づく。詰め寄られた白衣の男だけは、止む無くして手を止めた。

 白衣の男は震える声で疑問を呈する。

 「な、何でしょうか……」

 「おい、お前も銃を持て。時期に魔導師が襲撃へ来る」

白衣はその一言に怯えた。巨漢は反応を面白がって口角を上げると、他の白衣姿の者にも語り掛ける。

 「安心しろ。お前一人だけじゃねえ。もれなくお前ら全員だ」

そして巨漢は、片手に握った魔法銃の取扱いを手短に解説した。

 「こいつは魔力を集約して引き金を引くだけで弾が出る。魔法陣の展開が出来るなら、誰でも射撃出来る代物だ。訳の分からん薬を調合するより、よっぽど簡単な仕事だぜ?」

威圧的な態度の巨漢に対し、拒否権は無い。この場に居合わせる白衣の者らは、その皆が拉致され強制的に薬の生産へ協力させられているダストリン化学局の関係者であったが、彼らは突然の防衛戦を強いられることとなった。




 廃工場敷地内にて。錯乱する玲奈に、ダイトは声を掛け続けた。それでもその声は、玲奈に届かなかい。そしてそんな最中(さなか)、後方からはまた次の脅威が迫った。

 ダイトがその気配に勘付いたと同時、無数の魔法弾が二人へと降り注ぐ。間一髪、ダイトは玲奈を庇うようにして魔法陣を展開し、魔法弾の掃射を防いだ。周囲には魔法陣と弾丸が衝突する激しい音が響き渡る。

 そして幸いにも、その銃声が玲奈を正気へと還した。まだ声に震えは残るが、彼女はようやく現状を捉え始める。

 「ひっ……! てっ、敵……!?」

 「そうです……! 直ぐに体勢を立て直しますよ!!」

 ダイトは苦しそうな表情で応答した。これだけの弾幕をたった一人の魔法陣で受け続けるのは、彼といえども魔力の消耗が激しい。

 そこで玲奈は自らの情けなさに気付いた。まさに今自分は、仲間を危険に晒している。

ダイトはそんな玲奈を責めることもせず、ただ自らの限界が近付いていることを悟って、次の行動指針を示した。

 「レーナさん……! いったん射線から外れますよ……!」

 「は、はい!」

 そして二人は、息を合わせてコンテナの反対側へと回り込む。新しく現れた戦闘員らの射程から外れると、二人はその場を離れるべくして広い道へ飛び出た。そこは偶然にも、つい先程仕留めた戦闘員の死体が転がる道。逃げるには、必然とその傍を駆け抜けることになる。

 また鼓動は勝手に高まり、胸が苦しくなる。それでも玲奈はその際、あえて生々しい死体をもう一度目にした。初めて見る温かい死体は、相変わらず惨い。しかし彼女はもう腹を括ったのだ。

 (今までアニメで……漫画で……ラノベで、魔導師ってのに憧れてきたはずでしょ、私! なら私だって、やってやるわよ――!)

 そして玲奈は大胆にも、死体の傍に転がる魔法機関銃を手に取り、咄嗟にそれを抱える。新手の戦闘員たちとは十分な距離があった為に、二人はその場から逃げ切った。




 暫し走り抜け、二人は接敵した地点から少し離れた場所へと辿り着く。そこにはたまたま廃棄された大きな機械があった為、二人は陰で腰を下ろして一時身を潜めた。

 玲奈はそこでようやく深い呼吸が出来た。少しばかり落ち着いたので、彼女はまず最も述べなければならないことを口にする。

 「ダイト君、私の為に……ごめん! でも、もう私は大丈夫だから。覚悟は出来た。も、勿論怖いけど……もうあんなヘマはしないから――!」

 それでもまだ、ダイトは玲奈の引きつった顔から怯えの感情を悟る。勇ましい発言とは釣り合えないその様子に、ダイトはひっそりと微笑んだ。

 玲奈は訳も分からずに、その笑いの意図を尋ねた。

 「えっ……? ダイト君? なんで笑ってるの……? 私変なこと言った……!?」

 「えへへ、すいませんっ。何だかとても、逞しいなって思いまして」

 「そ、そうかな……? でもそれって多分、褒めてくれてないよね」

 「いえいえ、褒めてます。だってヴァレンさんなんて、初めて現場で戦闘したときは――」

そこから先、ダイトは玲奈に耳打ちした。そしてその不抜けたエピソードのおかげで、次第に玲奈の顔から怯えは抜けてゆく。

 「そ、そ、そんなことが……ちょっと……可愛いかも」

ヴァレンの意外な一面、というか黒歴史を耳にして、玲奈はどこか肩の荷が下りた気がした。

 それでも少し緩んだ空気になるのはまだ早いので、ダイトは再び場を締め直すべく話題を戻す。

 「レーナさん、確かに初めて経験する魔法戦闘というものは、もうとてつもない恐怖そのものです。勿論、僕だってそうでした。でも安心してください。レーナさんには僕が、ヴァレンさんが、そしてフェイバルさんが付いています。ただのデリカシーの無い男とその取り巻きですけど、綺麗に言えば、国が認めた魔導師とそれに見込まれた弟子たちです。何も恐れることはありません!!」

ダイトは立ち上がると続ける。

 「さあ、作戦再開ですっ! このままじゃ、フェイバルさんに怒られちゃいますよ! あんなだらしない人に説教喰らうなんて、嫌でしょ?」

玲奈は少し微笑む。そして彼女は似合わぬ大きな機関銃を握りしめ、軽快に腰を上げた。




 倉庫建屋の地上では、二人の魔導師が地下へ繋がる通路を探り続ける。フェイバルが故障した大型機械を払いのけたとき、その床に金属の上げ蓋が現われたのは、意外にも探し出してから直ぐの出来事だった。

 「……こいつら、出入りのたびにこれ動かしてんのか?」

 そんな呟きも束の間、フェイバルは錆び付いた上げ蓋のハンドルへ手を伸ばした。ヴァレンは言われずとも、奇襲に備えて愛銃を抜く。

 ハンドルが回り切ると、フェイバルはその上げ蓋を開く。金属が擦れる嫌な音が止めば、そこに鎮座するのは下り階段だった。それは紛れもなく、地下施設への昇降口。薄暗い灯りがまだ灯っているあたりからも、中に人間がいることは明らかだ。

 「やっぱココで間違いねーな。突入するぞ」

 「了解」

そして二人は、ついに地下施設へと足を運んだ。




 王都・ギノバスにて。舞台は再び、貴族街のとある屋敷。金色の短髪をなびかせる爽やかな男は、窓の奥の夜景を眺める強面の男へと話し掛けた。

 「――首領(ドン)、ご報告です。ダストリン駐留中のパド=アントオルスから、堕天の雫生産施設が襲撃されているとの情報が入りました」

首領(ドン)と呼ばれる男は胸から葉巻を取り出すと、それに火を付け嗜み始める。

 男は煙を吐くと、そこから続け様に呟いた。

 「……ったく、面倒なことになったな」

 「……我々もここ数年で、下部組織を随分と失いました。これも恐らくは、貴族合議体の意向でしょう」

 「んなことは分かってる。恨まれる覚えなら、いくらでもあるからな」

男は煙を吐くと、月を眺めながら静かに呟いた。

 「パド。まだくたばんじゃねえぞ」

No.16 鉄魔法


鉄を自由自在に発現させる魔法。魔法陣は銀色。

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