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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第9章 ~魔導師と侍編~
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162.時を越えて神鳴る *

 完全に陽が落ちれば、雅鳳(がほう)組の猛攻をやや静まりを見せ始める。それに伴い王都東検問の前衛を担った騎士の半数が撤退することで、戦力を温存し夜を凌ぐ方針へ舵が取られた。

 後衛の騎士と共に戦ったツィーニアもまた、休息へと移る。決して稼働時間は長くなかったが、息はかなり乱れた。

 女は検問へ引き返しながらも、大剣に付着した血液を丹念に拭き取る。

 「……困ったわね。想定以上に魔力を消費してる」




 「――ギノバス時間午後五時からの開戦という選択をしながらも、奴らは夜戦を回避した。つまり奴らは人数で劣りながらも、やや長期的な戦争を理想として描いている。今日のたった数時間の戦闘は、前哨戦のようにしか考えていないのだろう。それは奴らが、魔器魔法という強大な切り札を抱えているから」

 作戦本部で総指揮を担うタクティスの考察に、異論を唱える者は居なかった。男はリオとメイの供述を根拠に続ける。

 「また、本日の戦闘においてシノビなる存在は確認されていない。明日以降、敵は更に戦略的な攻撃を仕掛けてくると考えられる。北検問及び南検問との定時連絡を怠らず、西検問の監視も続行する」

 「仁義を重んずる奴らであれば可能性は低いが、夜間の奇襲も考慮するように。夜間は装甲車や防護壁の魔法機銃を中心に運用し、近接戦闘を可能な限り回避する」

そして万全の体制のまま、有事のギノバスは夜を迎えた。




 幸いにも戦況は動かぬまま、時刻は深夜へと至る。フェイバルらは自宅に帰らず、そのまま騎士団本部の控え室で一夜を過ごすこととなった。

 玲奈は妙な胸騒ぎで中々眠ることが出来ず、ふとソファから上体を起こす。皆の寝息を聞きながら目を擦ると、涼しい風を求めてその部屋を出た。

 棟内から出ることは許されていないが、廊下をふらりと歩くことくらいは出来る。少しばかりの散歩で済ませるつもりだったのだが、そう離れていない所には先客の人影があった。

 揺らぐ金色の髪。妖艶な横顔は、見慣れたヴァレンのもの。しかしながら、その横顔は心なしか悲哀を帯びているように見える。

 玲奈は彼女の元へそっと歩み寄った。

 「……ヴァレンちゃんも寝れないの?」

ヴァレンは玲奈に気づいて振り返ると、小さく微笑む。同性ながらも思わず心酔してしまいそうだったが、これは誘惑魔法のせいではなさそうだ。

 ヴァレンは玲奈の問いに答えず、突拍子も無いことを口にした。

 「そういえばレーナさん、つい最近まで知らなかったでしょ? 私の姓」

 「え? えっと、それは、知らなかった。ごめん」

 「覚えてる? もう一昨日かな。レーナさんが私の姓を紹介するのに詰まって、私が自分から明かしたときの、フェイバルさんの顔」

 思い返せば、それは王都でリオとメイに初めて会った日のこと。玲奈は強引に場を収めようと、自分を含んだ三人の名を彼らへと紹介したのだ。ただ生憎ながら、ヴァレンの姓を聞いたフェイバルの反応というのは、そこまで印象的に残っていない。

 「……覚えてない、かなぁ」

 「レティア=トレヴィリナ。私の母の名前」

 「んーと、有名な方なの?」

 「巷では有名な娼婦……かな」

玲奈はその刺激的なワードを聞いて一気に目が覚める。

 「んえ?」

 「だから、巷では有名な――」

 「いやごめん。やっぱり分かります! 知ってます!」

 「トレヴィリナって聞くとみんな母のことを思い浮かべるから、出来るだけ隠して生きてきたの。別に恥ずかしいとかじゃないんだけど、普通の会話に邪魔だから」

 「そ、そっか」

言葉にはしなかったが、ヴァレンの妙な妖艶さと誘惑魔法の適性が腑に落ちた。それを悟られぬように、玲奈は足早で尋ねる。

 「ていうか、フェイバルさんにまで隠してたの? 弟子なのに?」

 「うん。でもフェイバルさんですら母の名前知ってたの、ちょっとだけ面白かった。母が娼婦だったのは、もうだいぶ前なのに」

 「……ふふ。それはちょっと面白いかも。あの人の顔、ちゃんと見とけば良かった」

 「残念でした。一回限りだから、きっともう当分は見れないわよ」

玲奈はいつも通りの可愛げあるヴァレンを見て、少しばかり安心する。

 「さ、ヴァレンちゃん。部屋に戻ろ。あんま冬の風浴びてると体冷えるし、乾燥しちゃうよ?」

 「……そうね」

まだ何かを語りたい。ヴァレンはそんな表情をしていたが、玲奈はそれに気付けなかった。




 深夜のギルド・ギノバスには、依然として明かりが灯る。ふとそこを訪れたのは、裁判長・セントニア=ラウマン。

 「すいません。遅くなってしまいました」

中で待つのは、トファイル=プラズマンだった。そして長い髪を垂らした、筋肉質な隻腕の女魔導師は、バラフィリーヌ=ラティ。神鳴る(あお)の、もう一人の構成員である。

 バラフィリーヌは低い声で愚痴を零す。

 「ったく偉くなったもんだねぇセントニア。五七歳のババアに、夜更かしはちょいと堪えるんだ」

 「体に気を遣うのなら、まずはその咥えた葉巻をお止めになっては?」

 「やかましい。私の左腕は煙草を持つ為に残ってんだわ」

 「魔剣士にあるまじき発言ですね。是非とも愛剣を握ってください」

他愛も無い話に感化されてか、トファイルは呑気にも再会を喜んだ。

 「いやはや、三人揃うって何年ぶりだろーか? 何だか懐かしくて良いね」

セントニアは釈然として応じる。

 「こんな有事でないと再会できないのですから、皮肉なものですよ」

バラフィリーヌは世間話を遮った。

 「んなことより、本題だ本題。私とセントニアは、何すればいい?」

 「……そうだったね。じゃまずは、現状分かっている敵の魔法から説明しようかな」

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