160.想像に易き脅威 *
王都東検問の戦況は、もはや想定外の様相を呈する。騎乗して襲い来る武士らが秘めた魔力の強大さが、集団戦で多勢に立つ騎士をも勝るという事実は、すぐさま総督・タクティス=リートハイトらの耳へ届いた。
総指揮を執るタクティスの右腕となるのは、第三師団第二〇部隊長のオルドット=パラレイン。師団長の経験を持つ歴戦のその老騎士は、件の情報を元にタクティスへと尋ねた。
「……精神超越でしょうか」
タクティスは即答する。
「いえ、違うな」
「……ならば、純粋に騎士の力量が劣っていると」
「いえ、きっとそれも違う」
こうして今まさに巻き起こる戦火は、言うなればミヤビにとっての一世一代の大戦争。背水の陣である彼らは、必ず強大な切り札を握って戦場へと臨むだろう。先のツィーニアと同じ思考に至ったタクティスは、この現状こそが人智を超えた切り札だと想像した。
そしてタクティスは迷わず決断する。
「王都東検問戦線にて、遊撃班二名を最前線へ投入。刃天に敵を経験させ、更なる情報を得る」
東検問との通信を制御する騎士らはすぐにそれへ応じ、現地の騎士へ通達を行い始めた。作戦本部の一区画は慌ただしく動き出す。
そしてそんな最中、本部に現れたのはギルドマスター・トファイル=プラズマン。出入りを許可されているその男は通信魔法具に向かって腰を下ろす騎士らを横切り、真っ直ぐとトファイルの元へと向かった。
トファイルは落ち着いた様子でトファイルへと話し掛ける。
「やあ、遅くなったね」
タクティスは振り向いてそれに応じた。
「魔導師らの統制もあるだろうに、急な呼び出してすまない。どうも先行きが不穏でな」
その含みのある言葉に対し、トファイルは更なる子細を要求する。
「と、言いますと?」
「……東検問を守る騎士らの魔法がまるで通用しない。敵の攻撃とこちらの防御魔法陣が衝突すれば、まず勝ち目は無いようだ。殉職者の数も想定以上に多い」
「騎士と敵の間にそれほどの魔力量の差が……いや妙だね。王国騎士団の入団試験の厳格さは勿論私も知るところだし、そんな彼らが簡単に押し負けるなんて異常だ。前線の敵全員が国選魔導師に追随する実力を保持していない限り、そんなことは起こり得ない」
「私も同意見だ。王国騎士団の中でも、作戦騎士団は精鋭。簡単に死に伏しはしない」
二人の指導者の分析は、限りなく近いところで一致した。今まさにギノバスは、未知なる力の脅威に晒されている。
現地では激戦が続く。騎士らは徹底抗戦するものの、やはり魔力量の法則に抗うことは出来ず、敵の攻撃を真っ向から防御することは無謀に等しいことを理解した。故に彼らに残された選択は、回避と奇襲のみ。どれほど腕に覚えのある騎士であろうとも、弱腰な戦闘を余儀なくされた。
無論、騎乗する武士ともなれば奇襲は難色を示す。それでも騎士らは執念をもって、数人の武士を討ち取った。ただ依然として戦局は覆らず、各所で殉職者は増え続ける。
「――まったく恐ろしいわ。一体何があなたをこうさせているの?」
第二師団長・バーキッドは討ち取った敵の頭部を両手に呟く。まだ温かいその頭部は、つい先程男が腕尽くで捥ぎ取ったもの。男は、この戦場で武士らの防御魔法陣を力押しで突破出来る唯一の人物だった。
そして男は武士と対等に戦うことが出来る故に、新たな事象を確認する。男はそれを本部へと共有すべく、同じ班に属する騎士を呼んだ。
「おーい! オキシアちゃーん!」
駆け付けたのは後衛を務める騎士・オキシア=フリム。一見すれば金髪の美少年だが、治癒魔法の実力は師団で随一。そして美少年であるが為に、男色家バーキッドのお気に入りである。
オキシアはバーキッドに応じる。
「は、班長! なんでございましょうか……!」
「本部に報告して欲しいことがあるの」
「えっと……それは一体……?」
バーキッドは右手に握る男の頭部を胸あたりまで掲げて応えた。
「この子が見せた防御魔法陣がね、見たことない色をしてたの。いや……色は見慣れた水魔法のものだったけど、どこか形容し難い禍々しさがあった。ここからは私の憶測だけど、敵は握っているのかもしれない。未知なる魔法を」
「そ、それって洗脳魔法と同じような……!?」
「ええ。それに組織の末端であろうこの子が未知の魔法を保有しているということは、それだけ容易に強制付加が行えるということ。未知の魔法の存在が確かなら、その術者の数は洗脳魔法のときの比じゃ無いわ」
未知なる魔法と、それを生来の属性に関係無く付与する強制付加術。バーキッドは待ち受ける地獄を先陣から見据えた。
「――やあセントニア君。今日もまたお仕事かい?」
作戦本部の設営された会議室から出たすぐ傍。トファイルは通信魔法具越しに語った。暫し後、陽気な声色の彼とは対照的に、やや冷ややかなな声の返答が訪れる。
「王都に戒厳令が出てるんですから、裁判どころじゃないですよ」
「そうか、そりゃー良かった」
「分かってて通話掛けたんでしょうが。何のご用です?」
「いやー困ったことにこの戦争、どうも一筋縄にはいかなそうでね。手伝ってくれない?」
セントニアは溜め息をついて語った。
「国選魔導師と王国騎士団が総じて出動しているのでしょう? 彼らは私なんかの手を借りる程に落ちぶれたのですか?」
トファイルは先を急いで説得を続ける。
「いやはや、詳しいことはまだ説明できないんだよ。とにかく、この戦争は都外での防衛に留まらない。都内戦に協力して欲しい」
「……寄りにもよって私に、ですか。私は一応裁判長なので、ギノバス政府の保護対象なんです
よ。貴族街から出ちゃ駄目みたいでして」
「並の魔導師では相手に出来ないんだよ。だから、神鳴る碧の一員である君の力が必要な訳さ」
「……人の目が多い都内で派手にやるのは避けたいのですが、まあいいです。もしこれで私が魔導師と裁判長の兼業扱いで失職でもしたら、責任は取ってもらいますよ」
「いーよ。そんときはまた、大陸一高齢な魔導師パーティでもやろうか」
「まったく適当な人だ」
「とにかくまずは、一度ギルドに顔を出してくれ。私とバラちゃんが先に居るはずだから」
トファイルの呼んだその名は、かつて神鳴る碧に籍を置いたバラフィリーヌ=ラティという女剣士。当然ながら、セントニアもその名を知るところである。
「バラさんも呼んだんですか。というか、よく来てくれましたね」
「彼女、意外と根は真面目だからさ」