157.内状、いまだ見えぬ切り札。 *
「――ならばあなたは副長という立場でありながら、雅鳳組の暴挙を今日初めて知ったと?」
王国騎士団本部・地下。尋問を担当する騎士の困惑に、リオは声を荒げて返答した。
「そうと言っておろう! わしは許嫁へ会う為に休暇でギノバスに来た! 邪魔者のわしが雅鳳組を離れている間に事を起こすのは、アズマからしてみればごく自然な考えでしょーが!」
「ならばあなたはもはや、組織から捨てられていた、と」
「……ああ、そう認めざるを得ん。事実わしとアズマは、組の方針で意見が割れておった」
「詳しく聞かせてくれ」
「アズマはギノバス人の許嫁も持たない、完全なるミヤビ主義。長い歴史の中ミヤビが守り抜いた土地や文化に、外部から何か作用されることを極端に嫌った。勿論、お主らのような騎士の配備も、それはそれは難色を示しておった」
「その一方でわしは、ミヤビとギノバスが共存する道を夢見た。ミヤビはあくまで自治区。例えギノバスの介入があろうと、ミヤビの誇る土地も文化も決して廃れはしない。終戦間もないうちに結ばれた自治協定が、その夢を保障してくれるものと信じた」
リオは感情のまま話を続ける。
「……雅鳳組は結局のところ、血の気の多い武士の集い。彼らの持つミヤビへの深い忠義は、どうもアズマ側である前者の思考に適合してしまった。ギノバス人の許嫁を持ちながらも、彼らはギノバスによるミヤビの侵食を憂いていたのかもしれん」
騎士は僅かに同情して尋ねる。
「あなたの肌感で良い。組内において、保守派と協調派はどれくらいの勢力差だった?」
「……恐らくは協調派がごく僅か。確証が持てるのはわしとメイ。その他に五名ほど」
「なるほど。ならばアズマからすれば、組員の扇動はさほど難しいものでもないのか」
「……わしの責任じゃ。わしがもっと奴に対抗できていれば」
リオが悲観に陥るその最中、三人の魔導師は許可も無くその一室に押し入った。慌ただしく扉が開かれるれば、忽ちフェイバルがリオへ語り掛ける。
「責任取るって言うなら、いろいろと吐けるよな? 雅鳳組の抱える警戒すべき魔導師だとか……いや、魔導師じゃなくて武士か」
玲奈は慌ただしい様子で口を挟む。
「フェイバルさん、通路からもの凄い剣幕の騎士が追い掛けて来てるので、まず一緒に謝りましょう!! こうなることは分かってましたけど!!」
玲奈の言葉通り、三人は忽ち騎士へ包囲された。ある騎士は魔法剣の柄に手を掛け、鬼気迫る表情で訴えかける。
「恒帝殿……勝手な真似はお控えください!! 魔導師方は待機を命じられているはずです!! 尋問の対象者に接触など――」
尋問室に踏み入ったフェイバルは顔だけを通路に出して応えた。
「すんません。す、すぐ待機室に戻りやーす」
男には明らかに反省してる様子が無いので、玲奈は代わりに演技しておくことにした。元社畜の彼女にとって、真摯に見える謝罪はもはやお手の物である。
「申し訳ありません! 申し訳ありません!! 申し訳ありませんね!!! ほんとに!!!」
通路に玲奈の熱意ある謝罪が響く中、尋問室ではリオは問いに応じた。
「……組長・アズマ=サカフジこそ、最も警戒すべき男。それにもはや 雅鳳組は、武士などという高尚なものでない。もう武士とは呼ばなくて構わない」
フェイバルはまた顔を尋問室へ戻し、更に詳細を尋ねた。
「そいつの使う魔法は?」
「奴は慎重な男で、手の内は仲間にも明かさない。ただ強化魔法の他に、何かの発現魔法を使えると聞いた」
「双魔導師か、そりゃまた厄介な。んで他には?」
「……アズマの他に、五人の分隊長がおる。うち忍が二人」
「シノビ? 聞き慣れないな」
「忍はいわば隠密部隊。仮に組が全勢力で戦争に臨むのなら、奴らも参戦するはずだ」
フェイバルはそこでリオとの会話を切り上げ、話の先を尋問官の騎士へ移した。
「ちゅーことで、リオ=リュウゼンに敵意は無い。諜報員でもなんでもねーよ、きっと」
それでも尋問官の騎士の顔は浮かばれない。男は疑念を含んだまま呟いた。
「……だとしても理解し難い。いくら保守派が多い組織とは言いながら、なぜこの機にある種の博打を仕掛ける? 戦争に敗北したなら、ミヤビは間違いなくギノバスの強い統制下に置かれるだろう。私にはこの戦争が、アズマ=サカフジの独りよがりに見えてしまう」
リオは俯いた。その問いに答えは見つからない。
「……そりゃわしも思うところがある。わしがミヤビを離れているという理由だけでは、大戦争のきっかけとしてあまりに弱すぎる」
不穏な空気が漂う中、フェイバルはある仮説を掲げた。
「だとすれば、答えは一つだろう。アズマ=サカフジに、組そのものの戦力とは別で何かしらの切り札がある。それはギノバスの騎士と魔導師を全部相手取っても、勝算が見えるくらいには大きいやつだ」