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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第2章 ~堕天の雫編~
16/203

15.命の天秤

 ダイトは懐中時計を取り出す。

 「二二時まで、残り一〇秒です」

それはまさに、作戦直前の刻限。フェイバルはヴァレンへ指示をした。

 「よしヴァレン、全員に暗視(ヴィジョン)を」

 「はーい」

そのとき四人の足元には、白い魔法陣が灯る。そしてそれが消滅したとき、彼らの暗い視界は瞬く間に澄み渡る。

 いまだかつて覚えの無い感覚は、玲奈へ感動を巻き起こす。思わず声でそれを露わにしそうだったが、場を弁えて控えておいた。

 定刻となったとき、フェイバルは平静に呟く。

 「それじゃ、算段どおり行くぜ」

そして男はヴァレンを連れ、廃工場の敷地内へと足を踏み入れた。その落ち着きぶりは、もはや戦場に向かう者のそれではない。

 ぬるりと作戦が開始されたせいもあってか、玲奈はあまり実感が沸かず、ただ呆然とその小さくなる二人の影を見つめた。そんなとき、ダイトは彼女へと囁く。

 「レーナさん。僕たちは路地まで離れて、そこで待機しておきましょう。出発は一五分後です」

 「え……ええ」




 フェイバルとヴァレンは音を殺して歩みを進め、瞬く間にして工場建屋にまで至る。建屋の壁へ忍び寄ると、そこ背中を預けて息を潜めた。

 フェイバルは壁から顔を少しばかり出し、遠方の様子を窺いながら呟く。

 「……想定通りだな」

彼が見た建屋の入り口には、二名の見張り番らしき影。光源の一つも存在しない廃工場は、完全な闇に包まれているが、ヴァレンの強化魔法・暗視(ヴィジョン)はそれをもろともしない視界を確保する。

 そしてフェイバルは、おもむろに石ころを拾いあげる。ヴァレンに一度目を合わせて意図を読ませると、彼はそれをすぐ近くのドラム缶に放り投げた。暗闇の中には、鈍い金属音が鳴り響く。

 見張り番の男たちは当然それに注意を惹かれた。

 「――何だ?」

 「……一応見てくるか。待ってろ」

そのとき一方の見張り番は、少しばかり声を荒げた。

 「おいおい、ここは誰も居ない廃工場っていうテイでやってんだ。巡回は、上の許可を取ってからだろ……!」

対してもう一方の見張り番は、楽観的に応答する。

 「なーに、すぐ戻る」

 そしてその男は護身用の機関銃型魔法銃を構えつつ、会話通りにフェイバルらの元へ接近を開始した。死角に潜む二人はまだ視認こそされていないものの、着実に距離が詰まり始める。それでも二人は息を殺し、限界まで見張り番の男を引きつけた。

 そしてその男は、ついに二人の潜む建屋の壁へと迫る。男はそこでふと壁の傍へ視線を移し、覚えの無い二人の魔導師を視界へ捉える、はずだった。壁の傍に視線を向けようとも、男の目にフェイバルらの姿は映らない。

 男は何の異常も無いことを確認し、また持ち場へ戻ろうと試みた。特に警戒もせず背後へ振り返り、来た道を引き返す。その刹那になってから、ようやく男の瞳は異変を映し出した。

 男が目撃したのは、たった一人で佇む金髪の美女。あまりに突然の出来事で一時は混乱しつつも、男は真っ直ぐと彼女へ銃を突きつけた。その容赦無く銃口を向ける挙動は、見張り番として確かに適切なものであったが、一時の混乱で生まれた隙は大きく、先手はヴァレンによって仕掛けられる。

 「――お兄さん……ちょっと質問しても……いいかしら?」

 ヴァレンは吐息混じりの声で男に囁く。彼女の瞳の中に灯る桃色の魔法陣を目にした男は、伝染するかの如く、己の瞳にもその魔法陣宿してしまった。そしてそれこそ、彼女の魔法が有効に発動した合図。

 誘惑魔法。希少種であるこの魔法は、虜にした人間を意のままに操ることの出来る、破格の性能を誇る。しかしながら、術者自身よりも大きな魔器(まき)を持つ生物に対しては無効化される為、行使しうる対象は必然的に格下の魔導師や一般人へ限定されることとなる。

 ヴァレンは男に続けて囁く。 

 「バレちゃ嫌だから、小さな声でね……」

 「わ、分かりました……」

そしてこのタイミングを見計らい、別の場所へ身を隠していたフェイバルも姿を現した。

 ヴァレンは会話が面倒になったのか、突然淡泊に話し始める。

 「んーと、じゃあ質問ね。あんたの上司はどこに居るの?」

 「そ……倉庫です……」

 「……倉庫建屋か。なら、ここにいる仲間は何人? あと、その内訳は?」

 「ぜ……全員で二八人です。戦闘要員二〇名、研究員七名、そしてファミリーの幹部が、ここを取り仕切っています……」

フェイバルはあるワードに反応した。

 「ファミリー……そりゃ王都マフィアの使う呼び名だな。やっぱりそこ絡みだったか」

ヴァレンは続けて質問を行う。

 「見張りは今何人いるの?」

 「今は一〇人です……」

 「その一〇人は、みんなあんたみたいな魔法銃握りたてのゴロツキであってる?」

 「……はい。そうです……俺たちはゴロツキで、あるいはウジ虫で、どうしようもないただの豚肉です……」

 「別に、そこまで言ってないけどね。まぁ、幹部格の実力者は他に居ないってことか」

ヴァレンはフェイバルに目配せた。彼はこれ以上尋ねることもないだろうと頷いたので、彼女はその虜に対して最後の指示を下す。

 「ありがと。じゃあこのまま、他の見張りに会わないルートで廃工場を出てね。そしたら騎士のお兄さん方が居るはずから、そこで彼らと合流すること。知ってることぜーんぶ話して、気持ち良くなろーね」

 「はい……」

 そして男は抗うことなく、小さな歩幅で廃工場の外へと歩み出す。ヴァレンは小さく手を振りながら笑顔でそれを見送った。

 「……相変わらずエグい魔法だな」

国選魔導師・フェイバルであろうとも、生で見る誘惑魔法のグロさには中々慣れない。




 廃工場外、路地にて。玲奈の指輪には、ふとして魔法陣が灯る。それはすなわち、フェイバルからの連絡であった。

 「はい、もしもし――」

男は食い気味で要件を告げる。

 「敵主力の潜伏先が倉庫建屋で確定したから、俺とヴァレンはそっちへ向かう。お前たちが対応する見張りは一〇人……いや二人減ったから、八だな」

 「り、了解!」

 「傍で聞いてるならそれでいいんだが、ダイトにも伝えろ。本作戦において、接触する敵は確実に抹殺すること」

突然として呟かれたのは、他人を殺めるという酷な指令。もはや本能的に、玲奈は異を唱えた。

 「ええっ!? 何も殺すまで……!」

男はまた食い気味で反論する。

 「奴らが万が一にも例の薬を飲んじまえば、人間由来の魔獣を相手にすることになる。それは俺ら全員の危険因子だ。こういう仕事が初めてのお前に殺しを強いるのは心苦しいが、乗り越えてくれ。ギルド魔導師なら、いつか通らなきゃならねえ道だ」

玲奈は硬直した。暫しの沈黙が流れる中、フェイバルは補足するように伝える。

 「別に俺だって無碍(むげ)に人を殺したいんじゃない。むしろ必要無いなら、避けたいところだ。それでも今回は危惧すべき事情がある。理解してくれ」

そしてフェイバルとの通信は、玲奈の反応を待たずして終えられる。ダイトは戸惑う玲奈を気遣ってか、顔を近づけ真っ直ぐな瞳で声をかけた。

 「大丈夫ですよ。レーナさん、行きましょう」




 建物の入り口の見張り番は、ついに相方が戻らないことへ異変を覚え始める。次第に焦りを覚えてか、男はすかさず通信魔法具で連絡を繋ぐ。

 「こちら工場建屋入り口。物音がした場所の確認に向かった相方が、持ち場に戻りません。巡回の許可を」

 「よかろう。隠密行動に務めろ。部外者が居たならば、速やかに始末するように。あとこれはついだが、その相方って奴も見つけ次第殺せ。規律違反だ」

 「り……了解」

通信は簡潔に終えらえる。見張り番の男は、直ぐにその場から立ち上がった。

 ここから直進し、先に巡回へ出発した見張り番の進路を辿る。そんな想定をしているうち、その男の巡回は、直ぐに終わりを告げることとなる。なぜなら男の背後には、既にヴァレンが佇むのだから。

 [――き、貴様は……!?]

男は銃口をヴァレンに向けるが、それではもう遅い。ヴァレンは向けられた銃口に臆することなく、その男へ顔を近づけた。

 「……巡回ご苦労様でした。それじゃあお兄さぁん、あっちの門から外に出よっか……?」

男の目には、瞬く間にして桃色の魔法陣が灯る。

 「は、はい……」

 工場建屋と倉庫建屋は、幸いにも近い距離で隣接していた。ヴァレンは見張り番の男の背中に手を振る最中(さなか)で、フェイバルは倉庫の大きな扉をこじ開ける。放棄された廃工場であった為に、施錠は行われていなかった。

 巨大な扉を開けてみれば、そこには蜘蛛の巣が張りついた木箱と古びたドラム缶の山。廃棄されずに取り残された鉄くずやガラクタの海。工場に残されていて変なものは、何一つと存在しない。

 「ふーん。まあ常套手段だわな」

 経験則からか、フェイバルはこれが隠蔽工作であると直ぐに察する。地上に人っ子一人居ないのならば、残された場所はただ一つだった。

 「まあ地下だな」

 「ですね。誘惑魔法を行使された人間が嘘をつくことは出来ないし、本拠地がこの倉庫建屋であることは確かですから」

 そこでフェイバルは少し考え込む。地下への入り口が露わになっていれば話は早いのだが、現状はそう簡単にもいかなかった。こればかりは、彼の魔法であってもどうにもならない。

 「……とりあえず、地下への通路を探すか。怪しいガラクタやらを片っ端からどかせば、いずれ見つかる」




 同刻。玲奈とダイトは、ついに廃工場へと足を踏み入れた。フェイバルから告げられた指令もあり、気が気では無い玲奈は、ダイトの直ぐ後ろにくっついて闇夜を歩く。これだけでもなかなかのスリルなのだが、今はこちらの命を狙う敵がいるのだ。ヴァレンの魔法で視界良好ながらも、肝試しのような悠長な感覚でいられるはずもなく、玲奈の心臓は激しく脈打った。

 そのまま何も起こらなければ、これ以上に嬉しいことは無いだろう。ただ彼らは敵の拠点に乗り込んでいる身なのだから、そんな願望は叶わない。ふとしたときダイトは、大きなコンテナの傍で右手を横へと広げ、背後の玲奈を制止した。その仕草から、玲奈はなんとなく緊急事態を察する。

 彼は振り向くこと無く、そのまま玲奈に前方の情報を伝えた。

 「……敵は二人。事前の情報通り、魔法機関銃を所持しています。フェイバルさんの指示に従い、敵を抹殺します」

玲奈は返答に戸惑う。どんな反応をすべきか迷っていると、ダイトは続けた。

 「レーナさんはこういう現場、初めてでしたよね? 最初はなかなかショッキングかもしれませんが、ギルド魔導師なら目を逸らしちゃ駄目ですよ」

年下の青年にここまで言われては、嘘でも応じるしかない。玲奈は心意と裏腹のままに呟いた。

 「わ、分かった……」

 「コンテナの隙間から見ておいてください。これが、ギルド魔導師の仕事です」

玲奈はダイトの後ろからすぐ横へと移動し、彼の言った通りに隙間から敵を観察した。そしてその直後、ダイトはコンテナの陰から右手を出す。そこから展開されたのは、二つの小さな魔法陣。

 「鉄魔法・弾丸(バレット)……!」

 次の瞬間、銀色の魔法陣からは、鉄の弾丸が射出された。それは眠たそうに立ち尽くす二人の見張りの額を、寸分の狂い無く正確に撃ち抜く。風を切る音が鳴ったかと思えば、続けて遠くから微かに響く呻き声。そして束の間には、人間が力無く地面へと倒れ込む音。玲奈の瞳は、地面を血の海に変貌させて無残に転がる肉塊を明瞭に映し出した。

 意に反し、勝手に呼吸が荒くなる。それは単に、罪悪感や恐怖という感情では形容し尽くせない、いまだかつて体験したことの無い感覚。彼女の生まれた世界と異世界では、命の尊さも重さも違い過ぎた。

 世界に魔法という戦力が存在する以上、いずれ凄惨な場面と遭遇することは覚悟している、はずだった。それでも実際に目の当たりにした人間の死の生々しさというものは、覚悟云々で乗り越えられる代物ではなかった。

 玲奈は思わず膝を突いて、先の軽食を戻しかける。ダイトはその様子を見かね、直ぐに彼女へと駆け寄った。

 「レーナさん、大丈夫ですよ。大丈夫ですから」

ダイトは錯乱する玲奈の肩を持ち、コンテナにもたれ掛けさせるようにして、その場へと座らせた。

 それでももう、離れない。離れない離れない離れない。人が人でなくなる呻き声。赤黒い肉と、鮮やかな血。彼女の前で、今まさに人が人を殺した。

 「落ち着いて、レーナさん。レーナさん」

暗闇にはダイトの声だけが響く。それでもその声は、彼女の耳に届かない。

No.15 誘惑魔法


対象を意のままに操る希有な付加魔法。行使の方法はやや特殊であり、術者が自身の瞳に展開した誘惑魔法陣を対象へ視認させることで、発動が成立する。なお、術者よりも高い魔力を持つ者に対して行使した場合は完全無力化される。

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