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146.師匠の凱旋 **

 「――わりぃ。待たせたな」

 ある朝。玲奈の元には、遂に家主が帰還した。玄関に立つその男は、いつも通りにぶっきら棒な顔で立ち尽くす。

 「ちょっと、何で退院日教えてくれないんですか! みんなで迎えに行こうと思ってたのに!」

 「そーいう大袈裟なのが嫌だから言わなかったんだ」

フェイバルは玲奈の横を通り過ぎてそのまま居間へと歩を進める。玲奈は呆れながらも、渋々と彼へ続いた。




 以前より見違えて整頓された居間に驚くこともせず、フェイバルは慣れ親しんだソファで横になる。大きな欠伸(あくび)をすると、彼はそのまま見慣れた天井を眺めた。

 玲奈はとりあえず茶を準備しつつも、ふとして彼へ尋ねる。

 「それで、もう体は大丈夫なんです?」

ソファの向こう側からの声は、随分と気だるげだった。

 「まあぼちぼち。完全復活はもうちょい後だ」

 「……そーですか。なら暫くは、国選依頼もお預けですかね」

 「んまぁ、多分そうなる。刃天には悪いがな」

 「ツィーニアさん、大変そうでした。特に魔道四天門では」

 「あぁ、そういえばそんなイベントもございましたねぇ」

 「一応私から謝っときましたから。話し掛けるの怖かったけど」

 「そりゃどうも。んで、模擬戦の結果は?」

玲奈は男の軽薄な口調にまたも呆れた。ただ一方で、それが久しく帰ってきた日常の本質であることを思い出す。今日はそのささやかな幸せに免じて、大人しく問いに答えてあげよう。

 「ロコさんとドニーさんが、共に二勝一敗。ただ二人の直接対決ではロコさんに軍配が上がったので、ロコさんが有力視されているみたいです」

 「なるほど……ロコっていったら、確かギルド・ギノバスの奴だな」

 「ああそうそう、マスターが言っていましたよ。私の目には、ロコ君がプラヌという魔導師の再来に思える、って」

 プラヌ=コズミリア。それはトファイルの知る最強格の魔導師であり、同時にフェイバル=リートハイトの師匠だという。玲奈は興味本位から、フェイバルへふと探りを入れてみた。

 しかしながら、フェイバルは特に普段と変わらぬ様子で会話を続ける。

 「あの雷ジジイは、ほんとに何でも喋っちまうんだなぁ」

 「駄目なんです? 聞かれちゃ」

 「いや別にいい。けど特に話すことも無いぞ。もう死んでるし」

 「いやいや、亡くなってるのなら尚更気になりますよ。マスター曰く最強格の魔導師が、一体どうして亡くなったっていうんです?」

フェイバルはソファから半身を起こした。男は玲奈へ背を向けたまま窓の外を見つめるが、その背中はどこか哀愁が立ち込める。

 玲奈は触れていけないことを聞いてしまったと思った。彼女がその質問を撤回しようとしたとき、男は先手を打って回答する。

 「……それが分からねーんだわ」

 「……え?」

 「行方不明になった。依頼中に、忽然と。ただそれからもう何年経っても戻らねーから、死亡扱いってことになってる」

 「な、なら、他の街で生きてるかもしれないじゃないですか!?」

 「数ヶ月後には、都外で師匠の愛車が見つかった。死体は無かったが、その場所から乗り物無しに他の街へ辿り着く可能性は限りなく低い、らしい」

 「……そう、ですか」

 「ま、魔導師ってのはそういう仕事だ」

フェイバルは重い話題を払拭するように立ち上がった。背伸びを終えると、彼はふと唐突な提案を繰り出す。

 「さ、飯だ飯。ギルド行くぞ」

 「え?」

 「病院食ってのは味が薄くていけねぇ。普段の食事を取り戻すんだ」

そしてフェイバルはコートに腕を通す。普段は食に対して拘りを見せない彼だが、今日だけは譲れないらしい。

 玲奈には先程までソファで横になっていた男の、急な気変わりが不自然に見えた。しかし彼の不器用さを知る彼女だからこそ、直ぐにその思惑を察する。師匠を失う悲しみを経た彼だからこそ、その悲しみを弟子に与えてはならない。きっと彼は食事の為にギルドに行くのではなく、弟子へ会う為にギルドへ行くのだ。

 玲奈はフェイバルに並んでコートを手に取った。

 「んじゃ、ドニーさんたちも呼びますよ」

そのとき生じた一筋の沈黙こそ、彼の真意に触れた合図。

 「……勝手にしろ」




 「――というわけで、復活しやした」

 ギルド・ギノバスのあるテーブルには、玲奈の他にフェイバルと三人の弟子が出揃った。フェイバルの妙に改まった一言は、弟子たちの口元を綻ばせる。次第に彼らは、口々に思いを露わにした。

 「フェイバルさん、お待ちしてました」

 「あそこまで死にかけるの、もう無しですよ!」

 「おい師匠! なんで魔道四天門来てくれなかったんだよ!!」

無邪気に様子に、フェイバルもまた表情が緩む。

 「おいドニー。お前ロコとかいう魔導師に負けたそうじゃねーか。鍛え直しだ」

 「鍛え直しって、師匠ここのところ全然鍛錬に付き合ってくれてねーじゃんか!」

 「それはその……忙しかったから」

玲奈は迷い無く言葉にした。

 「いえ。少なくとも私が秘書になってからは、相当に時間を弄んでいましたよ。自宅のソファの上でね」

 「それは、その、えっとだな、ゆ、夢の中で鍛錬してたっていうか……その……」

いまだかつて無いほど動揺するフェイバルに、弟子たちは笑った。

 「フェイバルさんがそこまで口籠もってるの、初めて見ましたよ」

ダイトは笑い涙を拭う。ヴァレンは自信気に語った。

 「鍛錬無しでも私たち、フェイバルさんを窮地から救い出せるくらいには成長してますから。ね、レーナさん!」

フェイバルに思い浮かぶのは、コード・バベルでの一件。ヴァレンの機転が無ければ、きっとフェイバルはここに居なかったのだから。

 フェイバルは一転して呟く。

 「その節は……大変感謝しております」

そのときドニーは、珍しく気圧されているフェイバルの様子から好機を悟った。

 「師匠、ここは命の恩人のヴァレンに免じて、また鍛錬お願いしますぜ」

 「……お、おう」

ドニーは言質を獲得した。弟子たちは自信の更なる成長を思い描き、また笑顔を浮かべる。

 しかし玲奈の顔だけは浮かばれない。今の今まで忘れてしまっていたが、彼女には気掛かりなことがある。偶然ながらもそれを思い出す引き金を引いたのは、フェイバルが苦し紛れに放った、()という言葉。

 「……あ、あのフェイバルさん。本当に脈絡の無いことを、お話してもいいですかね?」

 「ん、何だ?」




 「――もしかしたら私……予知夢を見ているかもしれないんです」

No.146 師弟制度


国選魔導師は、国選依頼において補助魔導師を動向させることが度々であるため、ギルド魔導師から弟子を取ることが慣例となっている。弟子の人数や教育方針は国選魔導師によって千差万別であるが、襲名型国選魔導師の魔天楼は歴代として弟子を取らない。

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