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145.さようならとこんにちは **

 魔道四天門最終日から一週間が経過した頃。王都には寒波が押し寄せ、街には薄い雪が降り積もった。

 フェイバルが退院を迎えるこの日、彼はある病室を訪ねた。そこには、どうしても会わなければならない人がいた。彼を父と慕う白髪の少女・フィーナである。

 億劫という言葉が最も心境に近い。それでもそんな言葉では軽薄すぎると、己を非難した。革命の塔の一件が解決した今、フェイバルは彼女へ真実を伝える義務がある。




 通い慣れた病室に、また足を踏み入れる。疎ましいことを嫌う性分でも、ここへ来ることを辞めてはいけないと思った。ただしそれは、愛する娘へその愛を伝える為では無い。ただ他人行儀に、自らの罪を償う為。

 「――あ、お父さん!」

 明るい声が耳へと差し込む。あまりに眩しい。この光へ闇を当てることの罪深さは、いかほどだろうか。

 フェイバルはその眩い声に応じることはせず、ただフィーナが横になるベッドへと歩み寄った。横に備えられた椅子を横目に、両膝を床へ突く。

 少女はその男の行動が訳も分からず、ただ呆然となって眺めた。暫しの沈黙の後、フェイバルは語る。例えそれが、少女の心の平穏を脅かすことになろうとも。

 「……フィーナ。お前は覚えているか?」

 「覚えているって……なんのこと?」

 「お前がいつも見る、悪夢のことだ」

フェイバルは幾度となく耳にした。それは彼女が度々夢に見る、悍ましい記憶の再起のこと。

 「お前の悪夢は、いつも怪物に襲われて幕を下ろす。大きな拳を振りかざす、黒に染まった悪魔のような生き物に」

 「……うん」

少しばかり口籠もったが、ついに男は明かした。

 「……お前にその記憶を植え付けてしまったのは、俺だ。フェイバル=リートハイトは、かつてお前を殺そうとした。夢の中でお前を苦しめ続けるのは、紛れもない俺だ」

フェイバルは続ける。意図せず、彼女を名で呼ぶことを避けていた。

 「お前はかつて洗脳魔法を行使されたことで、長らく記憶が不安定な状態にあった。そんなとき、俺はお前に恐怖を植え付けてしまった。不安定な記憶の中に強烈な感情が差し込まれたことで、その記憶は今になってもお前を縛り続ける……俺が治癒魔導師から聞いた見解は、こうだ」

フィーナは俯く。

 「……違う」

 「違わない。俺はお前の悪魔であって、父親ではない」

 「――違う!!」

フェイバルはその激情に揺らいだ。ただそれでもなお、彼は冷たく突き放す。

 「俺のことを覚えている限り、お前は苦しみ続ける。俺に出来る償いは、父親の真似なんかじゃない。お前の前から、消えることだ」

 「違うの! そんなこと、どうだっていい!」

フィーナは涙ながらに吠えた。しかし彼女の記憶は正直に、目の前の男を拒絶する。呼吸は異常に速まり、視界が霞んだ。

 次第に少女は苦しみ出す。フェイバルは誰にも見せないようにしてきた情けない顔を慌てて隠し、直ぐに据え置かれた通信魔法具で看護師を呼んだ。

 そして最後に男は少女へ、どこか惜しむように呟く。

 「……俺にはこんなことしか出来ない。悪魔は、人間に戻れない。俺のどこか遠くで、幸せになってくれ」

 あまりにも身勝手なことは承知していた。それでも彼には、もはや餞別を送る資格すら無い。そう思い込んだ。




 舞台はギルド・ギノバスへと移る。その夜、ギルド酒場の一卓には強者たちが出揃った。

 「かんぱーーーーーい!!!!」

高らかに雄叫びを上げるのは、ドニー=マファドニアス。激戦から一週間が経過し、負傷は粗方完治した。

 「乾杯。というかあなた、先に飲んでたでしょ?」

ロコ=チェニアも同席する。利き手はまだ動かせないが、彼女は反対の手で不器用に樽ジョッキを掲げた。

 「か、かんぱい……です」

明らかに場慣れしていないのは、イグ=ネクディース。押しに弱い彼女は半ば強引に誘われ、嫌々にそこへ同席していた。

 「……かんぺー。あれ、なんかあそこ、ようせいがとんでるぜ? いやちがった……あれおばあちゃんだ。あぁ、たいようがまぶしいなぁ。ぼくはぼくであって、きみではないです。ごめいふくをおいのりしません……」

ナミアス=オペロットは早くも醜態を晒す。どうやら彼も先に飲んでいたらしい。

 奇行を続けるナミアスにイグは怯えた。

 「あの……この人は人間辞めちゃったんですか?」

ロコは串焼きを摘まみながら適当に応じた。

 「お酒ってそういうもんよ。人間辞めたいときに飲む麻酔なの。かくいう私も、腕の傷が痛すぎて麻酔飲みに来たんだし」

ドニーはそれが皮肉だと察するや否や、悪びれずに返答してみせる。

 「いやあー、まさか魔法をほぼ生身で受けるイカれた女がいたとはなぁ……恐れ入ったぜ」

 「街中でアホみたいな大規模魔法使うほうがよっぽどよ」

イグはその論争を聞き、ふと気になっていたことを思い出した。

 「あれ、そういえば裏庭の大穴はどうなったんです?」

ドニーは白目をむいて答える。

 「あれさぁ、なぜか俺が直さないかんらしい。ああいう土地は泥魔法と砂魔法で埋め立てるのが一般的な補修工事の方法らしくてよ」

 「あぁ、なるほど。つまりあなたがどこかしらから砂魔導師を呼んできて、その人の砂魔法とあなたの泥魔法で工事をしろと?」

ふとロコは小言を挟む。

 「自分の尻は自分で拭かないとね」

ドニーは突っ掛かった。

 「んなにぃ? お前も穴開けた仲間みてーなもんだろ? 一緒に工事すっか?」

 「パス。あいにく発現魔法には覚えが無いもので」

ナミアスが口を開くと、場は更にカオスへと陥る。

 「おれがこうじしてやるぞぉ。おとまほうでせかいをへいわにして、かぜまほうでもっかいへいわにする……」

ロコはナミアスの顎に掌底を飛ばして黙らせた。

 そんな突然の暴挙に気を取られず、ドニーはふと話題を変える。

 「そういえばイグは、まだしばらく王都に居んの?」

 「ええ。王都の町並みが少し気に入ったので、もうしばらくだけお邪魔しようかなと」

ロコはさりげなく呟いた。

 「あら。なら一時的にギルド・ギノバスへ籍を置いてもいいのよ。そうすれば仕事だって受けられるし」

 「いえ……私の装甲魔法具はダストリンにある魔法具工房の援助を受けて造られたものなので、例え短い時間でも、ダストリンから籍を外すわけにはいきません」

 「へー、そうだったの。確かにあまり見ない魔法具だとは思ってたけど、特注品だったとは」

ドニーは気前良く語った。

 「ま、こっちにいる間に一個くらい依頼行こうじゃねーの。ロコも、ナミアスも連れてな」

No.145 ギルド移籍


ギルド魔導師は同時に複数の街へ位置するギルドに籍を置くことは出来ないが、短期的に他のギルドへ移籍することが出来る。現状は、地方都市のギルドに属する者が、経験を積むべくして最も規模の大きいギルド・ギノバスへ短期移籍するケースが殆どである。

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