14.繁華街にて
玲奈たちは詰所の一室にてひとときの休息を取る。落ち着いた時間が流れるな中、おもむろに立ち上がったヴァレンは、ふとして浮ついた言葉を発した。
「フェイバルさーん。まだ時間あるし、ちょっと繁華街回ってきてもいーい?」
気が気でない玲奈はそのラフな振る舞いに仰天するが、フェイバルは寛容に応じた。
「いーけど、あんま遅くなんなよ」
「分かってますよー」
そしてヴァレンの視線は、フェイバルから玲奈へと移る。彼女は、同性の魔導師との出会いを喜ばしく思っていたのだろう。
「ねえねえ、レーナさんも一緒に行きません?」
あまりに突然のお誘い。それでもギルド依頼という未知への恐怖を紛らわす気休めには、丁度良いのかもしれない。玲奈はやや動揺しつつも、それを了承した。
「え? ぜ、是非!」
待ち望んでいた返答に、ヴァレンは微笑む。そして彼女は玲奈の腕を引いた。
そして一室には、フェイバルとダイトが取り残される。しかしここでダイトもまた何かを思い立ち、その腰を上げた。
「自分は食べ物でも買ってきますね。作戦開始の夜まで時間あるんで、きっとお腹空くでしょうし」
フェイバルは少し考え込むと、彼も流れに身を任せ重い腰を上げた。
「……よし、なら俺も……と思ったが、俺が外に出たら流石にマズいか」
「そうですね。今回は奇襲作戦なので、昼間から街に国選魔導師が居るなんて敵に知られると厄介です。もし自分が相手方だったら、それはもう死に物狂いで逃げ出しますよ」
「んじゃ、買い出しは頼んだわ。こんな所で一人孤独に監禁されんの発狂するくらい暇だから、早く戻れよ」
「はいはい、分かりましたよ。欲しいもの、あります?」
「酒」
「駄目に決まってるでしょ」
工業都市・ダストリンの中心繁華街は、王都のそれに負けず劣らずの盛況ぶりだった。人と車の往来は目まぐるしく、立ち並ぶ店の看板も鮮やかに街を彩る。ただ王都と少しの違いを挙げるなら、こちらでは並んだ店の多くが工業製品を取り扱っているという点だろう。
玲奈とヴァレンは人混みを掻き分けて大通りを歩む。ただ玲奈は特に行きたい店も無いので、彼女の目的は自然と街の景観を楽しむだけになった。緊張を紛らわしたいだけの彼女としては、その目的で十分だったのだが、ヴァレンの一つの質問が、風向きを大きく変えることとなる。
「――ねえねえ、レーナさんは魔法銃持たないの?」
「うーんなんというか、そーいう物騒なモノを持つのは抵抗が……」
「物騒? どこが?? だって魔法銃は、いうなれば私たちの命を守る武器なのよ?」
玲奈は自身とかけ離れた価値観をひっそりと痛感する。かつてはミリオタをかじった彼女でも、流石に手に取った経験があるのはガス銃までなので、きっとヴァレンとは分かり合えないだろう。
玲奈が返答に困っていると、ヴァレンは突拍子も無く提案した。
「なら、見に行きましょうよ! ね!」
「……へ?」
会話の整合性を見向きもせず、ヴァレンは玲奈の手を引いた。向かう先は魔法銃の専門店。工業都市・ダストリンともなれば、勿論のこと魔法銃の生産も盛んである。
お目当ての店は間もなくして見つかった。店の直ぐ前まで辿り着けば、ヴァレンは躊躇わずに店の扉へ手を掛ける。一方で物騒な店に立ち入る勇気の無い玲奈は、さりげなくヴァレンの背中へと隠れた。
ヴァレンは背中に潜む玲奈を気にも掛けず、勢いよく扉を開く。備え付けられた小さな鐘が揺れて音が鳴れば、店の奥からは威勢の良い声が届いた。
「――らっっしゃい!! あら、お嬢さん方がお客様かい! ゆっくり見てきな!」
「どうもー。お邪魔させてもらいますねぇ」
ヴァレンは朗らかにそれへ応じる。玲奈は縮こまったまま、かるい会釈だけしておいた。
ふと見渡せば、店内には個性豊かな銃が並ぶ。大小様々である拳銃型の魔法銃に、仰々しい機関銃型の魔法銃。更には、長い銃身が映える狙撃銃型の魔法銃。また本体のみならずアタッチメントも様々で、消音器から照準器まで、数多くの商品が所狭しと陳列する。用途に合わせて柔軟にカスタムできる利便性は、玲奈が生きた地球の銃と近い水準にまであるようだ。
ヴァレンは壁に掛けられた拳銃型の魔法銃を目にしながら、妙に艶めかしい声で呟く。
「やっぱり女の子は、ハンドガンよねぇ。でもこっちは、ちーっと大きいかな」
まるで春先の洋服に悩むかの如く、ヴァレンは銃の店を堪能する。玲奈には到底理解し難い感性だが、きっとこれも一種のオタクという生き物なのだろうと、やや強引に解釈した。
ふとしてヴァレンは、我に返って玲奈へと尋ねる。
「ところでさ、レーナさんの魔法適性は?」
「えっと、氷だけですね」
「ふむふむ、強化魔法が使えないなら、きっとこのへんの小さい銃がいいですよ! 反動も小さいから、扱いやすい!」
「いやーでも私、銃なんて触ったことすらないんで……てかそもそも買うなんて一言も言ってない……」
なぜか魔法銃を買う前提で話が進められる中、それを聞き逃さなかった店主の男は、自然に二人のもとへ駆け寄った。
「金髪の嬢ちゃん、お目が高いねぇ。ちなみにそいつのスペックは全長は一五・五センチメートル。重量五二三・七グラム。とにかく軽さが売りだな!」
ヴァレンは店主の言葉へ付け足すように褒めちぎる。
「そしてなにより性能だけでなく、この見た目ッ! ハンサムすぎるっ……欲しいっ……!! 私が買おうかな!?」
「お! 嬢ちゃんにも分かるか! こいつの良さが!」
「ええ分かりますとも! この造形美ッ!!」
玲奈を差し置いて二人が共鳴してしまった。これは地球の言葉でいうところの、オタクという人種で間違いない。分野は違くとも、その界隈に漏れぬ玲奈には分かる。こういうのは、暫く収まらない。
ダイトもまた、軽食を買い込むべく中心繁華街へと至った。有能な彼は手っ取り早く買い物を終え、既に騎士詰所への帰路へと就く。両手で紙袋を抱えてながら、人混みを掻き分けて引き返しているところだった。そしてそんな最中、騒々しい場所であるにも関わらず、ある青年がダイトへと声を掛ける。
「――ダイト……? ダイトだよな!?」
妙に汚れた作業着に身を包むその青年は、驚きと嬉しさが混ざり合った表情でこちらを窺う。ダイトは一目見て直ぐに、それが誰であるかを理解した。
「お前は……ウォンか?」
ダイトはその青年に釣られて微笑む。ウォンとはダイトの旧友であった。いやそれよりも、悪友という表現が適切かもしれない。
ウォンは喜々として言葉を紡ぐ。
「久しぶりじゃねえか! なんでダイトがこんなとこに居やがる!?」
「仕事で丁度さっき来たとこなんだ。にしてもウォン、王都を出たのは知ってたけど、ダストリンに来ていたのか」
「へへ。あんま頭使わずに体張って働けるのはここかなって思ってよ……なあ、良かったら少し話さねーか?」
「ああ、時間あるしいいぜっ」
遠方の地での久しい再会。そのかけがえない喜びに身を委ね、二人は手頃なカフェテリアへと入店する。ダイトもまた、こうして目的から脱線していった。
店主とヴァレンの熱烈な談義が一段落すると、その男は玲奈へ話をもちかける。
「ところで、嬢ちゃんもギルド魔導師なのか?」
「はい、ギルド・ダストリンで魔導師をしています」
心苦しいが、ここでは嘘をついておく。王都から国選魔導師の一団が訪れていることを、極力内密にしておく為だ。もっとも、この陽気な店主が敵の内通者であることは無さそうだが。
「そうか! 実はこう見えて、俺も昔はギルド・ダストリンの魔導師だった。嬢ちゃんの先輩にあたるわけだ。だーかーら分かる! 魔法銃は持っとくべきだ!」
男は百戦錬磨の商売人。その店主の圧に押し切られそうだったが、ここは上手く濁しておこう。
「ま、前向きに検討しますぅ……」
夕刻。繁華街へ出向いていた三人は無事に詰所へと戻る。彼らはそれぞれの事情でかなりの長旅をしてしまったので、長い時間を独りぼっちにされたフェイバルは少々不貞腐れていた。
「よおお前ら、すんげー遅かったな。楽しかったか? 楽しかっただろーな。お前たちの師匠が、たった一人で暇という名の苦痛に苛まれていたのに」
ヴァレンは屈託の無い笑顔でそれに応じた。
「はい! 楽しかったです!」
そこから四人は備え付けられた椅子に腰を下ろし、ダイトが買い込んだ軽食を口にして談話を始める。玲奈は話に乗りながらも、これから始まる命懸けの仕事を思わせない空気の緩さに、少しばかりギャップを感じていた。
ヴァレンは早々に魔法銃の話題を切り出す。
「フェイバルさーん、レーナさんに魔法銃買ってあげないんです? ヴァレン調べによると、女性魔導師の七割は魔法銃を保有しています!」
「魔法銃か……俺はそういうの無縁だし、分かんねえなぁ」
話が先に進みすぎているが、玲奈はまず初歩的なことを聞いてみた。
「そもそもなんで魔法銃なんです? 普通の銃じゃ駄目なんですか?」
ヴァレンは首を傾げる。
「普通の銃?」
「ええっと、鉄砲のことです。ほら、鉛玉を撃つやつ」
束の間、ヴァレンは遠慮無く大笑いした。気付けばダイトもまた、ひっそりと笑っている。そこで玲奈は、自分がどうやら恥ずかしい質問をしてしまったらしいということに気が付いた。
答え合わせは、ヴァレンの笑い声が混ざった返答からだった。
「レーナさんったらー、冗談よしてよ。そんなの、もう何百年も前の武器じゃないの。今どき魔装加工されてない武器なんて、使い物になりませんったら!」
「まそう……かこう?」
ヴァレンは人差し指をフェイバルに向けると解説を始めた。
「ええっとね、例えば今、私が鉄砲でフェイバルさんを撃ちます。さーどうなるでしょうか」
「えーっと……」
「はいブー。正解は、鉛の弾丸が体を貫く前に、フェイバルさんの熱魔法で弾丸を溶かされる、でした。それだけじゃない、私の握ってる鉄砲本体も、直ぐに熱で破壊されちゃうかも」
ヴァレンは饒舌に語り続ける。
「それでね、魔法銃が造られたわけ。魔法銃は魔力を集約させたエネルギーを魔法弾に変換して放つ。この魔法弾はただの鉛玉なんかよりもよっぽど威力あるし、なにより魔法は魔法でしか相殺出来ない。つまりですね、フェイバルさんが魔法弾を無傷で防ぐには、相応の魔力を使った防御が必要になるの」
「それに加えて魔装加工ってのは凄く優秀でね。まず魔装加工ってのはまあ、平たく言えば魔法による影響を受けにくくする加工技術のこと。例えば水魔導師が水魔法でこの銃身自体を水に変換しようとしても、魔装加工がそれをほぼ完璧に防いでくれる。ただし物理的に強くなってるわけじゃないから、強化魔法を付与した人に殴られたりしたら壊れるけどね」
「なるほど……」
「ちなみに魔装加工は他の魔法具にも標準装備されてるわよ。もちろん魔剣にもね」
玲奈はなんとなく分かってきた。
「普通の剣でフェイバルさんに斬りかかっても、刃が届く前に溶かされちゃいますもんね……」
「ちなみに人間にも、魔装加工と同じシステムがありますっ」
「それは、えっと……どゆこと?」
「人間はそれぞれ個体ごとに魔力の質が少しずつ違うの。だから原則、人間は他人の肉体やそこから程近い装備品などに干渉出来ない。水魔導師が、敵の肉体そのものを水に変換することは出来ないってこと。あくまで原則、だけどね」
ヴァレンは玲奈が理解したのを確認したところで、また話を戻す。
「てことでフェイバルさん、レーナさんに魔法銃を買ってあげてください! 絶対に必要です!!」
「おいおい、ただお前が銃使いの仲間を増やしたいだけじゃねーのか?」
「違います! 断じて!! ただレーナさんの身を思って!!!」
その妙な圧を前に、フェイバルは彼女の申し出を了承した。
「……お前がそこまで言うならしゃーない。王都戻ったら一緒に店行ってやってくれ」
「お! やったねレーナさん! 王都に帰ったら買おう! 絶対買おう!!」
健気に喜ぶヴァレンだったが、当然玲奈には不安が押し寄せる。
「私は銃欲しいなんて言ってないんだけど……私の意思はフル無視なのかなー?)
そんな賑やかしい会話の最中で、ダイトはどことなく上機嫌でひっそりと軽食を頬張っていた。ふとそれが目に付いたフェイバルは、思わず声を掛ける。
「そんでダイトは、何でちょっとにやにやしてんだ?」
「えへへ、実はさっき、たまたま旧友と会いましてね……」
フェイバルは少し考え込むと、何か思い当たる節があったのか、また尋ね返す。
「ああ。もしかしてあの時の奴らか?」
「そうです。あ、もう真面目に働いてるので安心してください!」
「――さて、そろそろ話しとかねーとな」
そして腹を満たした四人の話題はついに、本題へと突入する。緩んでいた皆の口元は、打って変わって引き締まった。
フェイバルは作戦の方針を告げる。
「今回の突入作戦は二部隊で決行する。まずは俺とヴァレンで目標区域へと潜入。見張りの敵数名の捕縛し、その場で奴らの親玉が潜伏してる場所を聞き出す算段だ。ちなみにこいつらは後々騎士の奴らに事情聴取される予定だから、生け捕りな。そんで俺たちはその後、引き続いて親玉の元を目指す。残ってる見張り番どもは、後発隊のお前らの仕事だ。ダイト、レーナ頼んだぞ」
困惑の渦中に居る玲奈に対し、ダイトは元気良く返事した。
「はい!」
「――ああそうそう。こいつも渡しとかねーと」
ふとしてフェイバルは、ダイトへ指輪のような何かを手渡す。男によれば、これは通信魔法具という代物らしい。そういえば彼の指先にも、以前から同様の指輪が身に付けられている。
フェイバルは軽くその装置の概要を語った。
「こいつに魔法陣を重ねると、直ぐに俺と通信が繋がる。魔法陣の展開ならレーナにも出来るだろうから、ダイトじゃなくてお前が持っときな」
「わ、分かりました!」
そうして玲奈はダイトから、指輪型通信魔法具を受け取った。
現在二〇時三〇分。作戦開始の刻は着々と近づく。弟子たちの感じている若干の緊張は、ついに玲奈の目にも見て取れる。作戦開始まで、あと一時間三〇分。
No.14 魔法銃
魔力を取り込むことでそれをエネルギー弾に変換し放出する魔法具。大陸では既に鉛玉を弾丸とする従来の銃器が廃れ、魔法銃が主流となっている。なおその種類は様々であり、拳銃型・機関銃型・狙撃銃型のほか、散弾や超大口径といった特殊な銃器まで開発されている。