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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第8章 ~魔道四天門編~
149/203

144.天性の付加術師 **

 ドニーは両腕を前方へと差し出す。右には茶色、そして左には青色の魔法陣。男が繰り出したのは、二属性の魔法陣の同時展開だった。

 ロコの元には、またも泥の触手が放たれる。左腕を封じられた彼女は無数の触手からの防御に不安を覚え、回避を選択した。しかしドニーの左手が担った魔法は、水魔法・弾丸(バレッド)。触手より速度をもって襲い来るそれは、ロコの回避方向を先読みして着弾した。

 ロコはまだ動かせる右腕で防御魔法陣を展開し、何とかそれへ対応する。しかし手数の多さは補えず、ついには被弾を余儀なくされた。

 この状況が続けば、いずれは致命の一撃を貰うことになる。その推察から次の決断は早かった。

 ロコは大胆にも、自らの防御魔法陣だけを盾にしてドニーへの直進を決行した。彼女は顔を歪めながらも、男の懐を目指す。襲い来る水の弾丸を盾で受けつつ、迫り来る触手の薙ぎ払いは回避する。それが彼女の描いた航路であったが、それでも柔軟な攻撃を繰り出す触手は容易に(かわ)せる代物ではなく、触手は非情に彼女の左腕を浅く穿った。依然として無事な右腕を守り抜きはしたものの、束の間にして左腕には激烈な痛みが走る。ただし、彼女は止まらない。鬼気迫る表情は、男へ並々ならぬ覚悟を示した。

 ロコの左腕は触手の直撃を受け、千切れ落ちる直前でなんとか堪える。制止役のツィーニアはすかさず模擬戦の集結を宣言しそうになるが、それは直前で取り止められた。なぜならロコ=チェニアの瞳は、まだ敗北を受け入れてはいなかったから。

 ロコは吠える。そして展開されたのは、重複魔法陣。

 「変化魔法秘技・還元(キャンセル)――!!」

咆哮から僅か先、ドニーの操る触手と弾丸は、信じがたくとも彼の意図に反して消滅した。ロコ=チェニアの持つ莫大な魔法の出力が、ドニーの魔法の制御を塗り替えた。

 生まれ持った天性の瞬間的魔法出力量は、ときに敵の発現させた実体にさえ影響を与える。天性の付加術師と名高いその女は、いわば発現魔導師の天敵であった。

 されどその秘技魔法で要する魔力は膨大であり、魔力負荷による出血がロコを襲う。血涙が滴るものの、彼女の瞳はまだ目の前の敵を向いた。

 ドニーは想定外の事態に驚愕しながら、同時にまだ危難が去っていないことを理解する。そして目の前の女の覚悟から、次の一手が全てを決すると悟った。魔法戦闘を幾度と経験すれば、もはやその勘は外れない。

 最後の一手、それすなわち、残存した魔力の全てを賭けた一度限りの大魔法の衝突。こういう境遇に立ったとき何の魔法を選ぶべきか、男には答えが決まっている。




 「……水魔法秘技・破濤(ナーヴェ)




 それは紛れもない、泡沫へ導く者・アンヤ=マファドニアスの再現。決して意図せずとも、土壇場に賭ける魔法は一致した。

 ドニーを中心に広がる重複魔法陣は、忽ち滝壺と化して激流を生む。全てを穿つ大波は、瞬く間にロコを飲み込んだ。クレーターはまたしても、一瞬にしてプールへと変貌する。




 「――いかん! 街が水没する!!」

 トファイルは血相を変えて立ち上がった。裏庭が騒然とする中、彼はクレーターの方へと駆ける。それを止める手段に覚えは無いが、玲奈らもそこへと続いた。

 クレーターの反対側に立つツィーニアもまた、それを制止する手段を見失っていた。本日の模擬戦を観戦者であった第三師団長・ロベリアは通信魔法具を行使する。

 「――こちらギルド・ギノバス裏庭。すぐにギノバス駐在騎士団長を寄越して! あの人の魔法が必要なの!」




 思わぬ形で巻き起こる王都の危機。誰もが目の前の光景から災難を予見した。しかしそれは、また更なる想定外によって塗り替えられる。

 次の瞬間、クレーターの中央から溢れんばかりに膨らむ水の塊は、突如としてその姿を消した。人間を超越した存在がその災いを元から無かったことにしたかのように、景色は何の変哲も無い大穴へと姿を戻す。場に居合わせた魔導師も、騎士も。その皆が、この刹那だけは目を奪われた。

 ツィーニアは穴へ駆け寄る。そこに立っていたのは、ロコ=チェニア。息を絶え絶えにしながらも、彼女は確かに両脚でそこに佇んだ。そしてツィーニアは理解する。天性の付加術師は、男の繰り出した水の秘技魔法までもを制御下に陥れ、それを相殺したのだ。

 ドニーは魔力負荷に耐えかねて地に伏した。ロコの攻撃による大きな決め手は無くとも、ここで勝負は決する。勝者は、ロコ=チェニア。




 アンヤ=マファドニアスとフェルマ=オペロットは、共にその模擬戦を見届けた。フェルマがどこか苦い表情を浮かべる中、アンヤはふと呟く。

 「……まったく、良いもんと嫌なもん一緒に見せられたよ」

 「……なんだそりゃ?」

 「あの秘技魔法。あれはかつての私の切り札だ」

 「ほーう」 

 「身籠もっていたとき、騎士に扮した得体の知れない奴の襲撃に遭った。そのとき、あいつを守る為に使った魔法。そしてあいつから、視力を奪った魔法があれだ」

 「……そういえばその話、聞きそびれていたな。まあ無理に話さなくてもいーんだが」

アンヤはひっそりと微笑んだ。そして彼女は、どこか幸せそうに語る。

 「あの魔法を教えたことも、魔導書に書き起こしたことも無い。なのにどうして、辿り着くのかね」

 「……立派なもんだな、泥中の変態も」

物思いに耽っていたはずのアンヤは、そのフェルマの言葉でふと我に返った。

 「……いや、やっぱおかしいよな。息子が変態呼ばわりされてたら、さすがのあたしも少し考える」

 「いいじゃねぇの。水の秘技魔法を使う泥の魔導師。十分に変態だ」

 「……それ、本気で思ってるのか?」

No.144 発現魔法の制御力


発現魔法で生み出した実体は、質量が大きいほどその制御力が弱まる。制御状態の強弱は、同時に制御の奪われにくさにも関係し、制御状態の弱いものほど、ロコの持つ変化魔法は容易にその制御を奪うことが出来る。

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