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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第8章 ~魔道四天門編~
146/203

141.終わりを告げる雨 **

 ナミアスは魔法陣を展開する。行使した魔法は風魔法・斬撃(ブレード)。不可視の刃は束となり、ドニーの命を目指した。

 風魔法・斬撃(ブレード)は、先の局面で泥魔法・触手(テンタクル)を攻略した。よってドニーが選んだ手段は、防御魔法陣。大きく展開された茶の魔法陣が、鋭い刃と衝突した。

 攻撃が止んで即座に魔法陣を閉じたドニーは、続けざまに泥魔法・弾丸(バレット)を放つ。触手(テンタクル)を封じられた今、これが遠距離戦の現状に残された唯一の選択肢だった。

 ナミアスは華麗に泥の弾を回避する。そして男は、再び銃を抜いた。束の間、仕掛けられるのは魔法弾による速射攻撃。風に乗った数発の弾は、回避困難な凶弾へと変貌する。

 ドニーは目に捉えられずとも、本能的に身を(よじ)った。それでも颶風(ぐふう)の射手は巧妙で、ドニーは完全な回避に至らない。弾丸は男の左肩を僅かに削り、そして左の腿を掠った。

 ただ、もし泥魔法・潜伏(ダイヴ)で肉体を変質して回避いれば、ドニーには十分に弾丸を回避出来ていただろう。しかし彼は、あえてそれを受け入れた。破天荒なこの男には、こういった大胆不敵な判断が容易い。泥中の変態は、大局を見据えているのだから。

 観客の視線は、ふと天空へと吸い上げられた。白熱していた会場は、あまりにも唐突ながら、曇天に覆われた。先程までの晴れ模様は虚空に消え、鉛色に機嫌を損ねる。そして次第にそれは雫を垂らし、忽ち雨に見舞われた。

 この天候の変化がドニーの仕業であることを察知するまで、ナミアスはそう時間を要しなかった。彼は知っている。目の前の敵は、泡沫(うたかた)へ導く者から生まれたのだから。

 ただ理解しながらも、それはあまりに受け入れがたい。ナミアスは思わずして口にした。

 「……天候魔法。お前さん、そんなものを」

口調を取り繕おうとも、ナミアスは僅かに動揺する。それは必然だった。魔法属性を限らず天候を制御する類いの魔法は総じて天候魔法と呼称されるが、それは紛れもない秘技魔法の一種なのである。

 ドニーは二本の指を掲げて雄弁に語る。

 「二月(ふたつき)。俺が水魔法を初めて実戦で使って、水魔法秘技・(レイン)を習得するまでの時間だ。つまるところ俺は、天才なわけ」




 「……は?」

 もはや唖然となって呟くのは、その怪物を産み落とした張本人たる、アンヤ=マファドニアス。ひっそりと会場へ足を運んでいた彼女だったが、彼女はすぐ側方に佇むフェルマよりも食い入るように模擬戦へ見入ってしまっていた。

 そしてフェルマもまた、その怪物に恐れ入って呟く。

 「……おいおい、お前のガキはどうかしてるぞ」

 「……いや、知らん。さすがに……訳分からん」

 「……ナミアスを殺さんでくれよ」




 ドニーは掲げたままの二本の指を胸の前で払い、すかさず詠唱する。

 「――水魔法・弾丸(バレッド)

 唱えた文言に倣い、降り注ぐ雨は忽ち速度を得て凶器と化す。裏庭にかかった雲は、その下に生きる全てを穿つ雨へ。それは風魔法・飛行(フライ)があろうとも、決して逃れられない。

 ナミアスの体は、水の弾丸に撃ち抜かれ続ける。その悲劇へと至る寸前のところで、暗い空は一閃によって破れ散った。そしてまた空が青に輝いたとき、会場の者たちはようやくその意味を知る。それは国選魔導師・ツィーニアによる、模擬戦の終結宣言だった。

 ツィーニアは空を裂いた大剣を地面へと突き刺し、平静に呟く。

 「……おしまい。あんたの勝ちよ、恒帝の弟子」




 トファイルは笑みを零す。

 「……いやはや、恐れ入ったよ。ドニー君はいつの間にあんな魔法を」

秘技魔法にまだ実感の無い玲奈は疎い反応だったが、ダイトの反応は明らかだった。

 「噂に聞いた天候魔法……まさかあんな近い人が使ってみせるとは」

ヴァレンは興奮のままに会話へ飛び入る。

 「だってド(にい)って、あくまで泥魔法が主軸でしょ!? なのになんで水の秘技魔法を行使しちゃうわけ!?」

ダイトは真面目な顔で冷静に分析した。

 「変態だから……でしょうか?」

トファイルは得意気に人差し指を振る。

 「いーや。彼は変わったんだ。もはや彼にとって、泥魔法と水魔法は大小関係じゃない。彼は二つの魔法を平行して操る魔導師を選んだんだ。それこそ、光魔法と熱魔法を操る彼の師匠のようにね」




 負傷無く模擬戦を終えたナミアスは、神妙な面持ちでドニーへと歩み寄る。胡座をかいて座り込んだドニーは、男の接近を見て顔を上げた。

 ナミアスは溜め息をついて言い零す。

 「……まったく、完敗だわよ」

 「おう。残念だったな」

 「肩と足への被弾を選びながら、その僅かな間に空へ重複魔法陣を展開。(レイン)を起動し、水魔法・弾丸(バレッド)に応用してゲームセット、か」

 「ああ。ずっと空に居られちゃ困るし、あれが一番早くで確実だ。んまぁ隠しときたい切り札ではあったんだけどな」

 「敵わんなぁ。音魔法を使う瞬間すら無く終わっちまった」

 「(レイン)を使ったのは、音魔法を抑止するって目論みもあった。雨音があれば、お前の爆音も多少はマシになる」

 「そうかい。泥中の狩人と泡沫(うたかた)へ導く者の子ってのは、末恐ろしいもんだ」

 「音怪(おんかい)・フェルマの息子も大概だったぜ」

ナミアスは右腕を差し出した。ドニーはそれに応じる。天と地には、確かな友情が芽生えた。

No.141 環境系魔法


環境系魔法とは、戦闘において継続的に優位を確保したり、他の魔法と連携して相乗効果を生むことを目的とする発現魔法を概括的に指し示す。最も一般的な魔法は、地面を氷へと変換させる氷魔法・独壇場フィールド。天候魔法は秘技魔法であり、状態系魔法の中でも最高難度を誇る。

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