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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第8章 ~魔道四天門編~
142/203

137.黒の進撃 **

 王都・ギノバスはあいにくの曇り空。ただ陰鬱な空模様であろうとも、魔導師の祭典は続く。魔道四天門・二日目の朝。

 肌寒さを感じる季節になってしばらく経つが、その日は一層に増して冷え込みが激しい。玲奈はいつもより厚着をして、ギルド・ギノバスへ足を運んだ。初日は偶然にしてその会場へ踏み入ったはずだったが、一日目にあれだけのものを見せられてしまえば、やはり二日目以降もそこに広がる光景へ気が惹かれてしまうものである。

 昨日と同じ席には、また同じ面々が揃っていた。玲奈はふらりとそこへ近づき、空いている席に腰掛ける。

 トファイルはにこやかな笑みで玲奈へ声を掛けた。

 「おはよう。いやはや、やっぱり来てくれたね」

 「あ、おはようございます。ヴァレンちゃんとダイト君も」

二人はその挨拶に応じる。束の間、玲奈は寒さで腕を擦りながら呟いた。

 「……さてさて、今日はついにドニーさんの出番ですか」

 朝の肌寒さか、それとも緊張か。知人がこれほどの大舞台に立つのは、見ているだけで浮ついた気持ちに襲われる。そしてそれは、同じ師を持つダイトとヴァレンも同じようだった。

 「なんででしょうかね……見るだけなのに心が落ち着きませんよ……」

 「ド兄にはカッコいいとこ見せてもらわなきゃ」

ただトファイルだけは、いつもと変わらぬ様子でどっしりと腰を据える。

 「ドニー君、今日はカッコいいとこ見せるのに持ってこいの環境だねぇ。昨晩の雨で地面が泥濘んでる。彼の潜伏(ダイヴ)には好都合だ」




 同門の弟子が緊張を催しているというのに、戦場に佇むドニーに緊張感は見られなかった。ただその一方で、男はどこか困り果てた様子で眼前の敵を見つめる。

 「……うーん」

 ドニーの目の前に立ちはだかったのは、丸眼鏡の目立つ小柄な女性。ゆったりとした服で誤魔化しているようだが、体格差は歴然だった。これから容赦なく魔法を行使して戦うには、どこか罪悪感を覚えてしまう。

 女はドニーの抱いた悩ましい感情を明瞭に理解していた。そして彼女は、不本意そうに呟く。

 「……あの、なんか憐れんでますよね。私のことを」

 「……い、いや?」

 「その、私だって一応選ばれてここに立ってる訳ですから。お構いなく……です」

ドニーはその言葉に応じず、背を向けて歩み出す。頭を掻きながらも、ふと独り言を露わにした。

 「なおさらやりずれー」

女もまた、定位置に着くべく歩を進めた。間もなく、模擬戦の幕が開かれる。




 「――マスター。ドニーさんのお相手の情報は?」

 玲奈はその席に集う皆が気になっていることを尋ねた。トファイルはすらすらと情報を露わにしてゆく。

 「彼女の名はイグ=ネクディース。ギルド・ダストリンの誇るトップ魔導師だね」

 ダストリン、それは魔導師・玲奈が初仕事を迎えた記念すべき土地。久しくしてその名を耳にすると、やはりどこか懐かしく感じる。

 トファイルの解説は続いた。

 「随分と小柄だが、年齢は二五歳。ダストリンでは、黒の進撃と呼ばれているようだ」

 「……あんな文学少女みたい人が?」




 そして昨日と同じ空砲は、ついに裏庭一帯へと響き渡る。模擬戦開幕の合図。

 その合図から刹那、イグは衣装を脱ぎ捨てる。露わになったのは両腕を覆う黒き装甲。装甲魔法具と呼ばれるそれは、魔法剣や魔法銃と肩を並べる魔法武具の一種であった。

 続けてイグは強化魔法を行使した。束の間、女は駆け出す。戦況は一気に近接戦へ。昨日の模擬戦を辿るような展開が繰り広げられた。

 強化魔法を持たぬドニーにとって、肉弾戦は忌避すべきもの。イグの接近は続くが、男の対策は万全だった。

 「――泥魔法・(ウォール)

 右の指先を跳ね上げるような動作から刹那、前方の地面には大きな魔法陣が展開された。そしてそこから天を目指して伸びるのは、分厚い泥の壁。イグの進路は真っ向から遮られた。

 可塑性の高い泥に殴打は無力。物理的な攻撃を主軸とする相手に効果的であることは一般論だった。ただそれは、相手が並みの魔導師であればの話である。

 次の瞬間、泥の壁は一発の魔法弾によって崩落した。遮蔽は途絶え、イグの進撃はたちまちにして再開される。

 ドニーは迫り来る敵を前にするも、依然として冷静に分析を続けた。男の並外れた動体視力は、高速で移動するイグの手元をも正確に視認する。

 「……魔法銃? あれが?」

 イグの掌を覆に備えられたものは、紛れもない魔法弾の発射口だった。それは拳を握れば隠れてしまうくらい浅く小さな銃口だが、泥の壁を打ち破るほどには威力抜群らしい。

 ドニーは遠距離戦をも想定された装甲魔法具の厄介さを悟った。ただそのことに勘付いたとき、そこは既に間合いの中。すなわち、肉弾戦という敵の土俵の中であった。

 イグの拳が飛ぶ。ドニーはすかさず回避するも、強化魔法には分が悪かった。戦況は防戦一方へと陥る。ただそれでも、男は持ち前の根性だけでそこにすがった。

 しかし強化魔法の差は埋まらない。ついに一撃の蹴りが、ドニーの脇腹を捉えた。男はそのまま側方へと吹き飛ぶ。

 痛みを覚えつつも、ドニーは更に敵の手の内を知った。そのきっかけは喰らった一撃からの違和感。重たい衝撃というよりも、しなった鞭を受けたような痛み。ただそれは鞭打の類いを扱う拳法などではない、彼女の秘めたもう一つの魔法だった。




 「……護謨(ごむ)魔法。発現魔法の一種だね」

 トファイルの呟きに、玲奈たちは先の魔法戦闘を思い返す。ギルド・ラブリンで邂逅したフィロル=バンドリアテなる男も、そういえば同様の魔法を扱っていた。

 ヴァレンは狼狽えるように呟く。

 「なんか妙に滑らかな腕の振りだなぁとは思いましたが……」

トファイルは感服した様子で語った。

 「見事な使い方だよ。恐らくは関節だろうか。局所的に護謨魔法・装甲(アーマー)を行使することで、腕の可動域に変化を与えている。人間の関節では不可能な打撃ができるし、敵はなかなかそのタネに気付けない。ありゃー考えたね」

同じく近接戦を主とするダイトもまた感心を示す。

 「なるほど。だからあの装甲魔法具、関節の部分が伸縮性のある素材で出来ているんですね」




 ドニーは次善の策として、泥魔法・潜伏(ダイヴ)を行使した。男はたちまち足元の地面へと沈み込み、肉弾戦から脱出する。そこから高速で地中を遊泳し、すぐさま地上へと帰還した。

 位置取りはセオリー通り、敵の背後。一撃を受けたからといって、そこで弱腰になる男ではない。

No.137 装甲魔法具


肉弾戦において、四肢や急所を保護することを目的とした装着型の魔法具。主に近接戦を得意とする魔導師が用いる。甲冑のように硬質で重量のあるものから、最低限の保護を備えて敏捷性を損なわないように設計されたものまで、様々な種類が存在する。また魔法弾を放つ機構のように、特殊な仕掛けが施されたものも存在している。

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