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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第2章 ~堕天の雫編~
14/203

13.工業都市・ダストリン

 都外へと至ってから僅か数分後の出来事だった。ダルビーは突然にして車を急停止させる。

 凄まじい衝撃をなんとかこらえた玲奈は、何事かと前方の様子を確認する。そこへ広がっていたのは、思いも寄らない光景だった。

 前方の道から大きく外れて横転しているのは、つい先程まで玲奈たちの前方を走っていたはずの魔力駆動車。そしてその荒技をやってのけたものこそ、巨大な魔獣であった。

 その獅子のような魔獣は次の獲物を欲さんばかりに、こちらへと視線を向ける。紛れない緊急事態に、玲奈はすかさずフェイバルへと声を掛けた。

 「フ、フェイバルさん!! 魔獣ですっ!」

男から応答はない。男はこの緊急時にもかかわらず、至って静かに寝息を鳴らしていた。

 「ちょっとぉぉ! それで起きないって、もうほぼ気絶じゃないですか!!」

玲奈は体を揺すってフェイバルを起こすべく、彼の方へ手を伸ばす。しかし彼女の横に座ったヴァレンは、どこか楽観的にそれを制止した。

 「まあまあ。ここは私とダイちゃんがやるから、任せておいて」

そして束の間、ヴァレンの表情はやや神妙なものへと変化する。

 「それとレーナさんは、絶対に車から出ちゃ駄目よ」

玲奈は少しばかり気押されてか、小さな声で応答した。

 「わ、分かりました……?」

ヴァレンは視線を玲奈からダイトへと移す。言葉を交わさずとも、二人は示し合わせたように車から飛び降りた。

 車内から地上へ降り立った二人は、そこでようやく意思疎通を図る。目の前の魔獣は依然としてこちらを凝視するが、彼らは至って平静に会話を始める。

 「私があの魔獣を仕留めるから、ダイちゃんは倒れてる人をお願い出来る?」

 「了解しました、ヴァレンさん」

ヴァレンはふと指を鳴らす。その動作に呼応して二人の足元へ展開されたものは、白き魔法陣。すかさずその展開が終了したとき、二人の体には淡い光が纏わりついた。そしてその一連の現象は、更にもう一周繰り返される。

 車内から二人の様子を伺っていた玲奈はその魔法陣を見るなり、咄嗟にバッグから魔導書を取り出した。生で魔法を見たのならば、それを調べてみるほかない。

 「白い魔法陣……強化魔法! ヴァレンさんが、自身とダイト君に付与した感じかしら……」

 また玲奈が本から車両の外へ視線を移した丁度そのとき、二人は息を合わせて駆け出す。それは人間のものとは思えぬほどの、凄まじき速度。ヴァレンが行使した強化魔法・俊敏(アクセル)の効果である。

 ダイトが向かったのは、横転した車両の傍だった。彼は速やかに車内を覗き込み、そこで中に残された男の姿を目撃する。

 「……外傷は……大丈夫だね」

 ダイトは男を車内から引きずり出し、それを軽々と担ぎ上げた。ヴァレンが行使したもう一つの強化魔法・剛力(ストロングス)の効果は、人間の筋力を増大させる。

 そして魔獣と対峙したヴァレンは、慣れた手つきで腰から拳銃を取り出した。

 「ごめんなさいね」

 ヴァレンは軽々とその銃口を魔獣の額に向け、躊躇うこと無く引き金を引く。銃口から乾いた音が鳴ると、忽ちそこからは眩い弾丸が射出された。そして次の瞬間、魔獣は頭部の肉と骨を地面へばら撒きながら、ただ呆気なく崩れ落ちる。

 魔法銃、それは魔力をエネルギー弾へと変換し放出する魔法具。この世界では魔法剣と並んで、ごく一般的な武器として普及する、と玲奈は記憶している。

 ただヴァレンが取り出した魔法銃は、確かに拳銃の形状を成しながらも、相当な全長を誇った。重さや射撃の反動が女性にとって相当な負担であることは、ミリオタをかじってきた玲奈には分かる。しかし強化魔法・剛力(ストロングス)の効能は、女性による片腕での射撃すら可能にするのだ。

 



 一難が去って、二人の魔導師はまた車内へと戻った。ダイトは救出した青年へ声を掛ける。

 「お怪我はありませんか?」

 「か、かすり傷程度です……ありがとう……本当に助かりました……」

ヴァレンはまた悪い癖を露わにした。彼女は青年にぐっと近づくと、吐息混じりの声で囁きを始める。

 「お兄さん……ほんとー大丈夫? 痛いとこ、隠してなぁい?」

 「は、……はいぃ……」

玲奈はマズい予感がしたので、さりげなくヴァレンを遮った。咄嗟の判断ながらも、玲奈はその青年へ尋ねる。

 「お、お兄さんはどちらまで?」

 「王都から工業都市・ダストリンへ、ある資材を運ぶところでした。でも、もう詰み荷が駄目になってしまったので――」

 「わ、私たちもダストリンに行く予定なんです。さすがに資材を回収することは出来ませんけど、このままダストリンへ向かってもよろしいでしょうか?」

 「も、勿論です……! これ以上は、あなた方にご迷惑をお掛けしません!」

 「ありがとうございます」

玲奈は席でくつろぐダルビーの方へと声を飛ばす。

 「ダルビーさん! 一人増えますけど、このままダストリンへお願いします!」

 「おうよ! なら早速出すぜ」

魔力が充填され始めた車両は、再び震え始めた。そして一行は、また目的地を目指す。 




 そこからに暫し車両を走らせたところで、ついに彼らの前方には高い塀が表れた。圧巻のそれは王都・ギノバスと同じ魔獣防護壁であるが、その塀より更に高くでは、絶え間なく煙を吹き出す煙突が僅かに顔を出す。玲奈であっても一目見て分かった、ここが工業都市・ダストリンであると。

 街に近づけば近づくほど、次第に道路の整備状態は良くなる。そして車両の揺れが落ち着いたことに安堵しているのも束の間、一行はダストリンの検問に至った。そこでようやく目を覚ましたフェイバルは、目を擦りながら胸のブローチを検問の騎士へと提示する。

 騎士は敬礼と共に魔導師らをねぎらう。

 「恒帝殿とそのご一行様。本日はご苦労様です」

フェイバルはそこへ気さくに応じる。

 「おうよ。そちらさんもご苦労だな」




 難なく検問を抜ければ、車両は都内の整備が行き届いた幹線道路を進む。そこから次第に広がるのは、煉瓦調の住宅街。王都の住宅街とそれほど遜色ない町並みだが、ときおり強固な鉄筋造りの建築が見受けられるのは、この街の重工業の隆盛さをそれとなく表している。

 街の構造も王都と類似しており、車両が中心部へ向かうその過程では、繁華街が顔を出し始めた。そこには小売店や食堂が連なっており、人の往来も相当に激しい。そんな賑やかしい景観の中で、やや落ち着いた鉄筋造りの建造物を前にして、ダルビーは愛車を停めた。その建物こそ、ダストリン駐在騎士団の拠点である騎士詰所。門の前に剣を差した男が立っているのは、まさにその建物の警備の為である。

 ダルビーはハンドルから手を離す。

 「さー着いたぜ。降りた降りた。切符切られちまったら、それも経費だかんな」

 フェイバルはまだ眠そうに呟いた。

 「んな直ぐに切られねーよ」

生真面目なダイトは真っ先に座席から立ち上がる。

 「とりあえず、いつも通りに現地の騎士と作戦会議からですね。行きましょうフェイバルさん」

 「おう、分かってる。分かってるんだけどな、ところでこのボウズは誰なんだ?」

フェイバルの視線の先には、(くだん)の青年の姿があった。

 玲奈はその青年を紹介する。

 「彼は道なりで魔獣に襲われていた方です」

 「あーあーなるほど。俺が寝てる間にダイトとヴァレンが救助した訳ね。まったく、魔導師も連れずに都外へ出るなんて命知らずな奴だ」

フェイバルは間髪入れずその青年へ命じた。

 「急だが、ここで俺たちとはお別れだ。ギルド依頼といえど、多少の守秘義務はあるんでな」

青年はその事情を理解して温和に応じる。

 「勿論でございます。恒帝殿に拾われた命ですから、仰せの通りに、でございますよ」

そのあまりにへりくだった物言いに、玲奈はまたしても思い出す。フェイバル=リートハイトという男は、大陸有数の魔導師なのだということを。

 そうして青年は、今後都外へ赴く際に魔導師を雇うことを約束し、玲奈たちへ別れを告げたのだった。




 出発当初の面々になったところで、彼らはようやく車両から降り立つ。四人の魔導師の向かう先は、直ぐ目の前に佇む騎士詰所。フェイバルのブローチが証となって、四人は速やかに騎士詰所内へと入った。  

 詰所という閉鎖的な印象を抱く言葉とは相反(あいはん)し、所内は意外にも開放的な空間が広がる。まず玲奈の目に付いたのは、複数設けられた窓口だった。

 駐在騎士団の職務は、主に警察業務と治安維持。その一貫として、彼らは魔導師の依頼に関する情報提供を行う。特に罪人の捕縛がギルド依頼として発布されることはしばしばであり、その際には騎士らの捜査記録が活用されることとなる。よって所内窓口は、ときに魔導師らで賑わう。

 ただし今回玲奈たちが通されたのは、窓口を越えた更に奥の一室。彼女らが受諾したものも例に違わずギルド依頼であったはずなのに、どこか大袈裟な対応だった。

 一室に入れば、中年の騎士が四人を出迎えた。胸に垂らされた紋章は、男が団内でそこそこの地位にあることを表す。

 「――お待ちしておりました。早速ではございますが、これより連日の調査で得た情報を提供いたします」

 その騎士はダストリンの地図を広げた。そして手始めに、男は地図のある一点を指差す。

 「敵拠点は、ダストリン西区のこの場所。数年前から放棄された廃工場です。元々は薬品工場だったようですが、資金源であった貴族の不審死が原因となって廃業しました。設計図のままであれば、敷地内には工場建屋と倉庫の二つの建物があります。倉庫には、地下施設もあるとのことです」

フェイバルは慣れた様子で尋ねる。

 「ふむふむ。そんで、想定される敵戦力は?」

 「全員の人数は把出来ていません。しかし、夜間には数人が特定位置で警備を行っているようです。我々の見立てで、規模は一〇人程度。夜通しそこから動かず、敷地外から人気を察されることのないようにしているようです。また旧式ではありますが、魔法機関銃の装備を確認しています」

 「なるほど……まあそら武装してるわな」

 「そして彼らが生産しているとされる、未認可薬物ですが――」

騎士の男は地図の上に写真を重ねた。そこに刻まれたのは、鈍い黒を輝かせるカプセル錠。

 「ここ、ダストリンで数ヶ月前に発生した、人型魔獣による殺人現場で見つかったものです。堕天の雫、と名付けられています。ダストリン化学局が検査したところ、人体の魔力受容力を飛躍的に上昇させるマジケルという成分が、多量に含まれているとのことでした」

 「……まじ……ける?」

どうやらフェイバルといえども薬学には覚えが無いようで、男は妙に間抜けて同じ言葉を繰り返した。なんとなく察した騎士の男は、そこについて少しだけ詳しく説明を始める。

 「マジケルとは、かねてより化学局が厳しく規制を続ける指定化合物です。悍ましい効能から、これが世に出回ることは基本的にありません」

玲奈は先程のフェイバルの話を思い出し、ついに血の気が引き始める。

 「それって……」

 「んー。俺の推測は当たっちまったらしい」

騎士の男の話は、必然的にその答え合わせに繋がった。

 「ご存知でしょうが、魔力受容量が自然消費量を上回ったとき、体内には魔力が暴発し、あらゆる生物は魔獣へと変貌します。そしてかねてより魔法を行使出来る人間が魔獣となったとき、それは他の魔獣と比べものにならない高い凶暴性を持ち、特に人型魔獣と呼称される程です。何卒、お気を付けください」

フェイバルは頭を掻きながら応じた。

 「……ああ、分かってる。何とかするさ」

そして彼は一呼吸置くと、冷静に会議を続けた。

 「万が一の話だが、人型魔獣が敷地外へ脱出したときに備えて、あんたらは廃工場に包囲網を敷いてくれ。俺の手が回らない敷地の外にバケモン出す訳にはいかねーんだ」

 「承知しました。作戦決行の二二時までに、万全を期します」

ダイトはすかさずその騎士の男へ質問した。

 「ちなみに今回の標的と、王都マフィアの関連性は確認されていますか?」

 「……いまだ確証には至りません。ただし騎士としても、そのような線を強く疑っています。堕天の雫は、王都マフィアの一大ビジネスになりつつある、かもしれません」

 不穏な話題は、その場を静まり返らせた。しかしただ一人、フェイバルだけが楽観的に呟く。

 「んまぁ、それも明日の朝にははっきりするだろーよ。とにかく。打ち合わせはこれで十分だ。ご苦労だった」

まだ伝えていない子細を持ち合せていた騎士の男は、やや遅れて聞き返した。

 「よ、よろしいのですか? であれば、我々はこのあたりで失礼致しますが……」

 「ああ。構わねーとも。俺は別に頭良くねーから、頭に情報入れ過ぎても意味ねーんだわ」

そして気まぐれとも思える男の一言で、会議は終了した。

 玲奈はたまたま横に居たヴァレンへ、ふと耳打ちする。

 「作戦って言うもんだからもっと緻密な計画立てるのかと思ってたけど、これまた随分と魔導師側の融通が効くのね」

 「……まあ、結局のところ最前線に立つのは私たち魔導師ですし。それに何より、騎士からは厚く厚ーく信頼されてますからね。国選魔導師という称号は」 

No.13 強化魔法


筋力や俊敏性などの身体能力に作用する魔法。魔法陣は白色。

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