132.王都は次なる魔法に包まれて **
王都を震撼させた二つの暗殺事件から数日。玲奈はいまだ家主の帰らぬ居間にて、またも憂鬱な内容の新聞を目にした。
「――都外にて、横転した中型魔力駆動車が発見された。乗車していた男女二名と子供六名全員が死亡……」
「……何なの。物騒で嫌になっちゃうわまったく。なんか頭痛くなってきた気がする」
新聞に刻まれたそれが、エンジ村の孤児院から脱出したホーブルとカルノたちであることを知る由も無く、玲奈はそれをテーブルへ置いた。ニットリア=トラジェディトを名乗る者の魔の手は、これほどの遠方にまで届いていたのだ。
居間はまた静まり返る。魔法という存在への畏怖だろうか、ここ最近はギルド書庫で知見を深める気にもなれない。今はただ、心の安息を欲していた。
間もなく昼を迎えるというのに、部屋はどこか薄暗く感じる。庭から日差しが差し込んではいるものの、温かみは感じない。
とにかく現実に思考を裂くのは辞めにしようと思い、玲奈はソファーに寝そべった。普段は何も考えていないであろう男に倣ってみるのも、今となっては悪くないのかもしれない。
そんな中、突如として平穏は崩れ去った。ふと目を瞑った玲奈には、どこか聞き覚えのある声が差し込む。
「……あれ? 師匠じゃねーのかよ。あの人、まだ病院で寝てんのか?」
突拍子も無く現れた男の名は、ドニー=マファドニアス。彼は泥中の狩人事件における魔法戦闘で深傷を負い、療養に専念していたはずだった。
「おいレーナ! 師匠はいつになったらここに戻ってくる!?」
玲奈にはそこへ威勢良くツッコむ気にもなれない。故に彼女は、静かに男の常識の欠落を指摘した。
「……その前にさ、家に入る為には扉を開けないといけないってこと、覚えて貰えます?」
「だってあんた、扉に鍵閉めるだろ。煩わしいんだよ、そういうの」
「パーソナルスベースって言葉、知らないのかしら」
「知らねっ。それとまた潜伏で家に入っちまったからさ、床直しておいてくれや。俺が普通に師匠から怒られちゃう」
玲奈はこれ以上この男に常識を植え付けようと試みることが無駄であると悟り、そそくさと質問に答えることにした。
「あなたの師匠さんはあれからまだ帰ってきてません。何か急な用事でも?」
「なんだよ知らねーの。俺は明日から始まる魔道四天門に選出されてんのよ」
「ん。なにそれ」
「次世代の国選魔導師の推薦に関わる模擬戦闘大会。一応師匠に試合見てもらって、事後にアドバイスの一つでもって思ってたんだけど」
「はえー。そんな催しが……この大陸が大変なときに、自粛されることも無く開催とはいかに……」
「そりゃそうだろ。次の国選魔導師が誰になるかなんて、大陸の治安に直結する話題だ。騎士としても敢行したいわけ」
「……そういうもんですか」
むやみやたらな配慮というものは、日本人ゆえの風潮だろうか。ここは郷に従うことにしておこう。
王都南検問に定期便の客車が到着した。魔道四天門の開催を間近に控えたこの日、王都には各地から多くの観戦目的の魔導師が集う。そしてそんな有象無象で賑わう客車からは、一人ばかりの例外が降りた。
「――王都に来るの久しぶりってもんだ」
玲奈の言葉で言うところのポニーテールをこしらえたその男は、降車した途端にぐっと背伸びする。男に同行する初老の男は、腕を組んだまま語った。
「楽しみだねえ。お前の魔法に、王都中の魔導師が震え上がるんだからな」
初老の男の名はフェルマ=オペロット。数年に渡りギルド・ウィザーデンのマスターを務める偉大な魔導師であり、ドニーの母であるアンヤとも親交を持つ。
そしてそんな彼を血を継いだ者こそが、魔道四天門の選抜者の一人。音の都・ウィザーデンの誇る新進気鋭のギルド魔導師の名は、ナミアス=オペロット。
「まったく親父は気が早いな。俺はそこまで慢心してないってのに」
フェルマは腕を崩して渋く笑った。
「いやはや、息子ってのは強く見えるもんなのよ」
「可愛く見える以外にも、そういう補正あんのね」
結局ドニーはふらふらとフェイバル宅を後にした。玲奈はまた一人ソファーへと取り残される。
「……|魔道四天門、ねぇ」
横になったったまま、ふとテーブルのほうへ向き直った。そのときふと視界に映り込んだのは、そこへ置かれた小さな額縁に収められた一枚の写真。
魔導師パーティ・煌めきの理想郷の面々だった。そういえばじっくりと見るのは、今日が初めてかもしれない。
「……うーわ。ホントに私じゃんこれ。似すぎてて気味悪い……かも」
玲奈の目を奪ったのは、やはり自身と瓜二つの女性・クアナ=ロビッツの姿。茶髪、そしてお気に入りのボブヘアー。愛嬌は写真の人物の方へ軍配が上がるかもしれないが、やはり多くの点で酷似している。
「そういえばクアナさんは、革命の塔の事件に巻き込まれて……」
これ以上は言葉にしなかった。それでも玲奈は、僭越ながらその写真の中の彼女へ報告しておく。
「フェイバルさんは、大丈夫ですよ。彼はきっとすぐ、ここへ帰ってきますから」
No.132 魔道四天門
次世代の国選魔導師の推薦に関わる模擬戦闘大会。大陸各地から四名の実力者が選抜され、総当たり戦で模擬戦を行う。