127.そして塔は崩れはじめる **
翌日。玲奈はセイカの指示通りにフェイバル宅へと戻った。しかし当然ながら、その親しんだ家にフェイバルの姿は映らない。広い居間に独りぼっちというのは、なかなかに慣れないものだ。
弱っているフェイバルの寝顔を見る気にもなれず、玲奈あえて彼を見舞わずに病院を出た。どうせまたこの家に帰ってきて、ソファーで昼まで横になる彼が見れるのだ。根拠は無いが、それを疑うことは止めにした。
玲奈はいつもの独占客が居ないソファーへと腰掛ける。ふと手にしたのは、王都で発刊されているギノバス新聞の号外。作戦から二日が経過し、一連の情報が見えてくる頃だ。
――革命の塔掃討作戦においては、三都市に所在する敵勢力への同時攻撃が決行された。各都市での作戦は完遂されたものの、都市機能及び人名への被害は甚大。うち要塞都市・ラブリンでは、敵勢力による大規模な無差別攻撃が発生し、死傷者は都市人口の約二割に及ぶ。街の象徴たる時計塔は崩落。市街地中央部では敵勢力によって散布された毒物による汚染が続き、立ち入り制限が行われている。花の都・ホルトにおいても多数の死傷者が発生。医療施設の逼迫が懸念される。
――王国騎士団のタクティス総督は声明を発表。『作戦に携わった全ての者へ敬意を表する。各部門と連携し、各都市の復旧を一刻も早く実現させる』
覚悟はしていたが、やはり事態は深刻だった。街は復旧されても、命が復旧されることは決してない。
国選魔導師に仕える一魔導師として、最善を尽くしたことに変わりないだろう。それでも玲奈は酷く弱った。正義を執行するということは、これほどにも苦しい。
同刻。コード・バベルが真の意味での結末を迎えるべく、数台の魔力駆動車が都外を走り抜ける。乗組員は王国騎士団第一師団の数部隊。師団長・ライズ=ウィングチューンの姿さえあった。
ライズは呟く。
「……エンジ村は間もなくだな」
「はい。前方の森に入れば、すぐに廃れた集落が見えてくるかと」
「抜かるなよ。奴らはもはや捨て身だ。どんな手でも使ってくる」
「……承知しております」
第一師団の任務、それは革命の塔で塔主と呼ばれた指導者の確保。騎士からすれば、その男を捕えずに作戦の終結など語れたものではない。
玲奈は新聞をテーブルに置いた。現実逃避などという軽い言葉で済ませるつもりはないが、これ以上は精神衛生に差し支える。溜め息をついても、それを不幸が飛んで行くからと咎めてくれる者さえ居なかった。
孤独に溺れそうなとき、それはまるで狙い澄ましたかのような時機で、玄関から扉を叩く音が鳴る。主人の居ないときに来客を迎えることへ不安を覚えながらも、玲奈は孤独からの解放を求め玄関へと向かった。
来客者に何者かも尋ねずに、颯爽と扉を開ける。そこに居たのは、作戦後休暇中のロベリア=モンドハンガン。そして彼女の傍には、もう一人の珍客の姿があった。
ロベリアは安心した様子で語り出す。
「よかった。レーナちゃんなら、もう居ると思ってたの」
「あれ。ロベリアさん? もうお体は大丈夫なんです?」
「ええ。私は魔力負荷で作戦から離脱しただけだったし、命に関わるような傷は無かったの。不甲斐ないばかりにね」
「いえ、そんなことは決して……」
ロベリアは玲奈の気遣いに笑みを零しながらも、簡潔にここへ来た理由を示した。
「ありがとう。それでね、今日は伝言があってお訪ねしたの。聞いてくれるかしら?」
「と言いますと、フェイバルさんへの伝て言ってことでしょうか?」
「まあ、そんなとこ。ただその言葉の主は、私じゃなくて彼女なんだけど」
そう言ってロベリアが話を振った先に佇むのは、一人の若い女性。両目とも包帯に覆われており、病的な体の細さも相まってか、かなり虚弱に見える。
ロベリアは横に立つ女性の正体を明かした。
「彼女はエル。ラブリン支部から保護された洗脳魔導師よ。たしか革命の塔では、天使って呼ばれ方をしていたかしら」
「ええっ!! そ、そ、そんな人連れてきて大丈夫なんです!?」
「大丈夫なの。なぜなら、王国騎士団第三師団長が付いてるから」
エルは玲奈へ語り掛けた。
「あなたが、フェイバルさんの付き人、ということでしょうか?」
「え、ええ。そうですけど」
「そうですか。なら、もう彼から聞きましたでしょうか?」
玲奈は心当たりが無いので問い返す。
「ええっと、それは一体……?」
「――彼のことを父と慕う、フィーナという少女についてです」
No.127 王都新聞
王都・ギノバスで発刊される新聞。ギノバス広報局が刊行する新聞であり、その歴史は長い。