126.拾われた命と拾われなかった苦悩 **
玲奈が目を覚ましたとき、そこはギノバス王立病院だった。どうやら要塞都市・ラブリンで意識を失った後、第三師団の騎士たちによって救助されたらしい。王都への搬送まで考慮すると、随分と長い間眠っていたことになる。
白を基調とした清潔感ある室内。こちらの世界で病院へお世話になるのは初めてだったが、部屋の雰囲気でなんとなくそこが療養の為の場所であると理解できた。窓際の花瓶なんてものは、どの世界の病院でも共通のオブジェなのかもしれない。
どうやら相部屋なようで、横のベッドには既に意識を取り戻したヴァレンが居た。彼女は黙々と愛銃の整備を進めるだけで、玲奈が目覚めても大きな反応は無い。一度は意識を失ったものの、命に関わるような事態では無かったらしい。
「ヴァレンちゃん……ここって」
「あら、おはようレーナさん。ここはギノバス王立病院。意外と早いお目覚めで安心してるわ」
外を見たところ、時間はちょうど昼下がりといったところだろうか。あまりに穏やかな天気は、これ以上無いくらい平和というものを実感させられる。
玲奈は窓から視線を戻してヴァレンへ返答した。
「……ありがとう。私が生きてるの、多分ヴァレンちゃんの治癒魔法のおかげ」
「あんなのただの気休めよ。どーってことないわ」
そのとき玲奈は、何よりも聞かねばならないことを思い出した。記憶が途絶えたとき、そこにはもう一人居たはずだ。
「あ、あの……フェイバルさんは……!?」
ヴァレンの手が止まる。一呼吸置いた後、重たい声色で返答がなされた。
「……今は集中治療中よ」
「……そう、ですか」
会話は途絶える。無理に繋げる気にもなれないので、二人はただ沈黙を噛みしめた。
そのとき病室の扉は、重苦しい空気を穿つように開かれる。
「いやはや、君らはもう大丈夫っぽいね。今日の夜までには、おうちへ帰ってもらうよ」
現れたのは、眉の上で白髪が整列した幼げな顔つきの女性。玲奈には見覚えが無い。
「……あの、あなたは?」
「……まったく失礼しちゃうなぁ。ボクはここの治癒魔導師で、なんなら君が吸い込んだ致死毒も全部分解してあげた。君たちをラブリンからギノバスまで適切な処置で運んだ騎士と、同じくらい恩人なんだけど?」
ギノバス王立病院顧問治癒魔導師・セイカ。治癒魔法秘技・解毒を初めとしたあらゆる治癒魔法に精通し、見た目に違えて院内では最高峰の実力者である。かつてはダイトとも接触し、現在まで彼の母の治癒にあたっている。そんな彼女の新たな患者となったのが、ラブリンから運ばれた三人の魔導師だったというわけだ。
玲奈はいろいろ驚きつつも、とりあえず詫びておくことにした。
「し、失礼しました……?」
セイカはおもむろに歩みだすと、玲奈が横になるベッドへ無遠慮に腰を下ろす。そのままじっとりとした視線で玲奈を突き刺した。
「お……怒ってます……?」
「……いーや、別に」
セイカはふと視線を逸らし玲奈へ尋ね返す。
「聞かないのかなって思って。フェイバルのこと。あいつのこと治療したのも、ボクなんだけど」
「よ……呼び捨て……じゃなくて、聞きます。聞かせてください」
セイカはまた玲奈のほうを向き直る。ヴァレンも彼の容態を耳にしようと、こちらへ注意を向けた。
「とりあえず彼の解毒は順調に進んでるよ。今できることは、全部やった」
二人は安堵する。しかしセイカは治癒魔導師として、隠すこと無く全てを語らなければならない。
「それでも彼は毒を浴びすぎていて、意識を取り戻す約束はできない。あとは彼次第、ってとこ」
セイカは深刻な話をしたつもりだった。しかし、玲奈とヴァレンが黙り込むことはない。彼女らは目を合わせると、同じ感情であることを理解して笑った。
セイカにはそれが奇妙に映る。
「……なにニヤけてるの? フェイバル嫌いなの?」
玲奈はセイカの若干軽蔑するような目を見て弁明した。
「いえいえ、安心したんです。フェイバルさんは必ず戻ってきますから。あの人は、そういう人なんです。ね、ヴァレンちゃん」
「ええ。よく分かってるじゃないの、レーナさん」
セイカは腑に落ちていない様子で立ち上がる。
「うーん、君たちが何言ってるのかよく分かんないや」
そして彼女は、捨て台詞のように呟きながら扉に手を掛けた。
「とにかくフェイバルは絶対安静だけど、君たちはさっさと病院出るんだよ。そこ空けてもらわないと、救える人も救えなくなっちゃう」
同刻。騎士団本部にて。
要塞都市・ラブリンからダイトによって救出された少女に続き、花の都・ホルトから送還された重要参考人・エルは、騎士からの尋問に応じていた。
彼女は、ベールに包まれた革命の塔に関する情報を余すこと無く提供する。ついには、革命の塔の黒幕の居所も明かされた。
塔主なるものの正体は、エンジ村という質素な地で孤児院を営む神父。彼はその孤児から魔力の高い者を選別し、次なる洗脳魔導師、すなわち天使の育成を図った。魔法による殺生を否定しないジェディト教を信仰し、さらにはそこへ幼少期の虐げられ続けた経験が作用することで、大陸の革命を志すようになったという。
しかし依然として、洗脳魔法そのものについての情報には恵まれない。まるで祓えぬ闇が、それを包み込みこんでいるかのように。
「――私は、いえ私たちは、あのとき孤児院で飢えて死ぬべきだったのかもしれません。これは彼だけの罪では無いのです。彼も、私も。天導師たちも。皆が誤った道に進んでいることへ気付けなかった。いや、気付いていても、引き返すことを恐れてしまった」
エルの嘆きに、尋問官の騎士は返答する。それは尋問とは関係ないのだが、聞き返さずにはいられなかった。
「……君は、恨んでいないのか? 塔主という男が、君から光を奪ったのだろう。そしてその見返りとして、洗脳魔法を授けた。いや、押し付けられたと言うべきか」
「……そうですね。彼らに僅かながら反抗を続けた結果、私の辿り着いた先は、言うなれば実験台でした。突然瞳を抉られ、洗脳魔法の付加術を試された。鋭い錐がすぐ目の前まで接近してくる景色は、まだ鮮明に焼き付いています。耐え難いものでした」
「ただそれでも、私は彼の狂気を恐れてしまった。生き延びるが為に、他者の不幸を見て見ぬふりをしたのです。彼が村の人間を襲い尽くして数年、その猶予が彼の狂気を育んでしまった。私にも多大な責任があります」
「……そうか。すまない。関係の無いことを聞いてしまった」
No.126 エル=フィトロ
革命の塔の初期メンバーにながら、塔主へ最後まで反抗した結果、視力を奪われ洗脳魔法を付与された。グリッド教を信仰し、その教義に忠実であろうとする真摯な女性。