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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第7章 ~革命の塔編②~
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125.呪法 **

 街の時計塔付近で発生した毒液の海は、緩やかな坂を駆け下りる。決して高い水位ではなくとも、要塞の街とよばれる独自の構造は、毒液を地上の隅々まで巡らせることとなった。

 屋根を駆け抜ける人影が一つ。白髪を揺らす青年はダイト=アダマンスティア。彼は地下から救出した少女を背中に抱え、持ち前の身軽さで屋根へと避難した。

 「……な、なにが起こっているのですか?」

目隠しをしたままのその少女は事情を掴めないでいる。ダイトはありのままの光景を伝えてやった。

 「コード・瘴気(ミアズマ)の毒液が、街を下っている。見間違いだと思いたいけど、こんなの見間違えようもない」

少女はクレントをよく知っているからなのか、切羽詰まった様子で尋ねる。

 「そんな、街の人たちは……!?」

 「高所に避難している人は大丈夫だろうけど、検問に行って街から逃げようとした人は助からない。もう、どうしようもない」

ダイトは包み隠さず伝えた。視界の無い少女にとっては、かえってそれが最善の対応だと思ったから。

 少女はそれ以上うろたえなかった。むしろ彼女は、ふと問いを投げかける。

 「あの……どうして私を、地下に残さなかったのですか? 私は、あなたの敵のはずです」

ダイトは冷ややかに返答した。間違ってでも、それが温情などではないと知らせるために。

 「君が証人だからだ。君には全てを語る義務がある。騎士の前で、ありのままを全て」

 言葉にしようと、決して心境は晴れない。少女もまた逆らえぬ境遇で操られた被害者であるという論理を理解しつつも、その魔法が途方も無いほどの犠牲が生んだという事実は変わりないのだから。

 事実、ラブリンの悪夢は詰所前での使徒による襲撃が契機だった。騎士も魔導師も多くが死に、民衆は逃げ惑う。そして放たれた毒の海は、これからまた更なる犠牲を生むのだろう。

 かつてフェイバルが洗脳魔導師を感情のまま殺そうとした事実に、ダイトは嫌というほど共感できてしまった。洗脳魔法の最も悍ましい点は、きっとこれだろう。




 玲奈とヴァレンはついに時計塔へと辿り着いた。あたりを包む静寂から交戦は終結したように思われるが、いまだに微かな熱気を感じる。フェイバルの魔法の残り香だろう。

 土地の高いこの辺りは、幸いにも毒液が引き始めていた。とりあえずの安全を確認した二人は、ついに道へと降り立つ。

 玲奈は思わずうろたえた。

 「ねぇ……フェイバルさんの居場所に見当は付いてるの……?」

そのときヴァレンは、既に通信魔法具を起動していた。作戦用の通信魔法具に位置情報を受発信する機能が備えられていることは、彼女の知るところである。

 ヴァレンは作戦本部へ通信を繋ぐ。

 「こちらヴァレン。とにかく時間が無い。何も聞かずに、恒帝の位置情報を共有して」

その要請も束の間、指輪にはすぐに液晶魔法陣が浮かんだ。点滅した光はある一点を示す。そしてそれは意外なことに、二人の位置からほんの少し坂を下ったすぐそこだった。




 現場は幸いにも近場だったが、そこを目にすれば、やはり凄惨という言葉が最も似合う。横たわる赤毛の男はフェイバルだった。そしてそのすぐそばには、例のコード・瘴気(ミアズマ)なる男の亡骸。開かれたままの瞳がまだ潤いを持っているのは、男がまだ逝って間もないことを示す。魔導師と天導師の最後の意地は、前者に軍配が上がった。

 二人は迷わずフェイバルへ駆け寄る。これほど弱ったフェイバルを初めて目にしたもので、玲奈は思わず大声で呼び掛けた。

 「フェイバルさん……!!」

 応答は無かった。それでもヴァレンは粛々とやるべきことをこなしてゆく。強化魔法をまとった彼女は、軽々とフェイバルを背負って撤退へと動いた。男の体は装甲(アーマー)を維持する魔力も尽きたどころか、もはや生気を感じられないほどに冷え切っている。

 ただ、フェイバルはまだ果てていなかった。彼は今にも消えてしまいそうな声でヴァレンに囁く。

 「治癒魔法を……使え……」

ヴァレンは応急処置を失念していたことに気づく。治癒魔法を行使すべく、フェイバルをもう一度肩から離そうとした。

 「す、すいません。すぐに――」

しかしフェイバルはヴァレンを制止する。

 「違う……おまえとレーナに……だ」

男の細い声は続いた。

 「ここから……逃げろ……すぐに……!!」

 玲奈は男の発言からすぐに真意を理解した。瘴気ミアズマ、それは毒素を持った液体というよりも、粒子のような空気中の物質を指す言葉としてふさわしい。クレントは毒の粘液を戦闘の手法としたが、それだけでは彼がコード・瘴気(ミアズマ)として恐れられるには足りないだろう。

 フェイバルが最後まで説明できなくとも、玲奈はその堪が正しいことを直感する。今この空気中には、見えずとも何らかの毒素が蔓延している。

 玲奈は声を荒げた。

 「ヴァレンちゃん、早く魔法を!」

 「え、ええ……!」

ヴァレンはその場の三人へ治癒魔法を行使する。それ自体に解毒の効能は無くとも、多少の時間稼ぎにはなるはずだった。

 一刻を争うことを理解した玲奈は、続けざまに次の行動を示す。

 「とにかくここを離れましょう! できれば風上に!!」

玲奈の先導のもと、三人はその場から退避した。




 皮肉なことに、玲奈の堪は正しかった。三人の記憶は、風上の方角の坂を駆け上がったところで途絶える。目に見えぬ毒は、一瞬にして猛威を振るったのだ。




 呪法。それは魔導師の死後に強い意志をもって作動する、いわば最期の魔法。フェイバルとの交戦においては機会に恵まれなかったものの、クレントは気体型の毒魔法をも保有していた。切り札とも言えるその魔法は、こうして呪法となって発現したのだ。

No.125 呪法


術者の死後、強力な意志をもって発動する魔法。死亡時点において蓄積した容量を全て使い果たす魔法である為、極めて大きな威力を持つ。

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