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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第7章 ~革命の塔編②~
129/203

124.戦場に笑う男 **

 フェイバルは熱魔法・感熱(サーマル)を頼りに、いまだ姿を現さぬクレントを追った。毒魔法・潜伏(ダイヴ)で自らが生み出した毒の泉に身を隠す男は、そのまま密かに真っ直ぐとフェイバルを目指す。しかし変質魔法をもってしても隠せない体温は、フェイバルへその目論みを微かに漏らした。

 「……さあ、どっから来るかね」

 フェイバルは思考を巡らす。足場を奪いに来るか。はたまた、背後からの奇襲か。歴戦の堪が、枝分かれした世界線へ彼を誘った。

 しかしながら、そんな思案は無用だった。クレントが選んだのは正面決戦。男は毒液に変質させた体のまま、建物の壁を這うようにして屋根の上まで上昇し、突如としてフェイバルの目前に飛び出した。

 身を捻った勢いで、クレントからは少量の毒液が撒き散らされる。フェイバルはそれを許容した。それはこれから来るであろう、敵の本命の一撃の為の必要な犠牲。

 クレントは毒液に満ちた右腕を振り下ろした。フェイバルは瞬時に後方へ跳ね、それを容易く回避する。男の先行投資は生きた。

 距離をとったところでフェイバルは呟く。

 「奇遇だな。お前も短期決戦がお望みだったか」

クレントは変質魔法を解除すると、フェイバルの呟きに応じた。

 「長引くことはない。お前に毒が回れ切れば、それで終わりなのだから」

 「お前の腹から血が抜け切っても、そんで終わりだな」

 「構わん。先に死ぬのは貴様だ」

クレントは至って平静のまま語った。フェイバルは口角を上げる。

 「そらそうだな。お前は今から逃げ回ってればいい。俺は仕事柄お前を討つまで退けないし、助けも呼べなそうだ」

フェイバルは挑発のつもりだった。しかしクレントは、それに対しただ純粋に返答する。

 「悪いがそれは趣味じゃ無い」

 そしてクレントは魔法陣を展開した。眩い光を纏ったそれは重複魔法陣。男にはまだ、秘技魔法の余力があった。

 フェイバルは本能的に一歩退く。警戒すべきは、時計塔を崩壊させた大規模な変換術。今また足元を崩されてしまえば、そこに待ち受けるは毒の沼。そこへ落ちれば生きて帰ることなど不可能だろう。

 最悪の想定をもとに、フェイバルはあらゆる可能性を考慮した。しかしその思考も、またフェイバルの独りよがりに終わる。

 クレントの肉体は、粘性の高い毒液に包まれて肥大化を始めた。より肉厚な毒液をまとい、悍ましい外観へと変貌してゆく。そしてそこに完成された生き物が何を模しているのか、魔導師であれば誰もが解答できるだろう。紛れもない、魔獣であった。

 それはフェイバルにも見慣れぬ魔法。ふと呟くが、それは一つの仮説に過ぎない。

 「装甲(アーマー)の系譜を引き継いだ秘技魔法……ってところか」

 秘技魔法・半魔之契(サターナ)。それはいわば、クレントの切り札。名の通り魔獣に違わぬ様相を持った男は、近接戦における無類の強さを手にした。

 しかしそんな怪物を前にしてもなお、フェイバルはただ口角を上げる。クレントにはそれが奇異に映った。

 「……ついに情緒が狂ったか、恒帝よ」

 「なーに。安心してんだ。結局のところ、真っ向勝負が俺の性に合ってる」

 そしてフェイバルは両腕を突き出す。熱魔法秘技・強装(フルアム)。彼が選んだ魔法は半魔之契(サターナ)と同じく、装甲(アーマー)をルーツに持つ秘技魔法。そしてその選択は、魔法戦闘という仁義無き殺し合いに広がる無限の戦術の中で、あえて肉弾戦という土俵を選んだことを意味する。

 クレントは少しばかり動揺した様子で零した。

 「まったく、一体どこからそんな魔力が噴き出てくるのだ」

 「温存してただけだ。こういうときの為に」

 その言葉が火蓋であった。フェイバルは全身に赫々たる高熱を帯び猛進する。それはまるで、意志ある流星の如く。

 クレントは勝負に乗った。敵の不意を突くことこそ定石ともいえる魔法戦闘において、類いまれに見る正面衝突。男らの心は震えた。

 互いの正義を担いだ拳が相剋する。もはやそれは、ただ二人の拳ではない。各々が信じたものを貫くべく、目の前の障壁を打ち破る為の決死の一撃。両者に強化魔法は無くとも、生じた魔力の衝撃は周囲の大気を激震させた。

 肉弾戦の中でも、絶えず分泌される毒液は着実にフェイバルを蝕む。しかし装甲(アーマー)の完全上位互換たる強装(フルアム)を行使した彼に、もはや弱熱性の毒などただの粘液にすぎない。フェイバルは臆すること無く拳を放った。

 一方にして分厚い毒の粘液は、凄まじい効率で熱を遮断する。クレントの肉体に熱傷は届かない。今まさに繰り広げられるのは、互いの魔法の性質が相殺された純然たる接近戦だった。

 そのときクレントの背からは、新たに触手が生成される。突如として伸びた六本のそれは、距離の近いフェイバルに突撃を加えた。

 フェイバルの体は側方へ吹き飛ばされる。そして無慈悲にも、クレントの触手はさらなる追撃を試みた。柔軟にしなる触手は、大きな運動エネルギーを擁して男へまた突き進む。

 それでも国選魔導師という生き物は容易くない。歴戦の男にとって、同じ手段での攻撃を防ぐにはもう充分すぎる刹那が流れていた。追撃すべく直進した触手は、放たれた熱魔法・恒球(ステラ)によって軌道を逸らされる。

 飛ばされた体を受け止めるように魔法陣を展開して体勢を立て直したフェイバルは、間髪を入れずにクレントの元を目指す。その男の瞳はまるで狩りをする獣のようで、もはやどちらが魔獣が分かったものではない。

 クレントは臆しない。すぐに触手の制御を取り戻すと、再びそれで連撃を繰り出そうと目論んだ。

 しかしいかなる最善策をとろうとも、絶対的な差は埋まらない。フェイバルは瞬間的に光魔法秘技・神速(ライトニング)を行使する。瞬間的ながらも、二つの秘技魔法が同時発動された。

 フェイバルは瞬く間にして、クレントの触手が脅威となる中距離を脱し、近距離戦へと迫った。互いの拳が届くその距離感では、もはや触手は障害。その弱みを看破していたフェイバルは、極限の状況下で迷わず秘技魔法を行使したのだった。

 そしてその大胆な戦略は功を奏する。高熱を宿したフェイバルの拳は、クレントの腹を穿った。

 その一撃は反応の遅れたクレントに命中したものの、分厚い毒の粘液はやはり致命傷を防ぐ。それでも完全に威力を殺すには至らず、クレントの体勢は揺らいだ。ついに屋根から足が離れると、男はそのまま毒の海が揺蕩う街へと墜落する。

 フェイバルは落ちゆく男へ続いた。それはこの局面で留めを刺すことこそ、唯一の勝機であると判断したから。度重なる秘技魔法の連発は、国選魔導師であろうとも耐えがたい。魔力の限界を感じつつあったフェイバルは、男と共に毒の海へと飛び込んだ。

 毒飛沫(しぶき)が舞う。フェイバルはそれをもろともせず、片腕でクレントの首を抑えつけそこへまたがった。ここでまた変質魔法を行使して逃げられてしまったなら、もう戦況を立て直す術はない。あらゆる隙を奪うべく、フェイバルは残った片腕を使い殴打を繰り返す。

 熱を帯びた拳は顔面を執拗に狙い撃った。次第に毒の粘液は弱まり始める。しかしそんな状況であろうとも、クレントは笑った。

 「いいだろう……根比べといこうではないか――!」

クレントの触手はまた動き出すと、フェイバルの腕と体に巻き付いて自由を奪った。そして言うまでもなく、広がるのは毒の海。フェイバルの下半身は完全に毒へ浸り、その状態で触手に固定された。

 そこが極限状態でもやはりフェイバルは笑う。

 「いいじゃねーの。テメェを先にトばしてやんよ――!」

 拳撃はさらに激しさを増す。強引に腕を振り下ろし、巻き付いた触手を弾いてもう一度男の顔を襲った。しかしその借りを返すように、残った触手はフェイバルへ更なる毒液を注入する。展開されたのは、互いが防御を捨てた決死の猛攻の応酬。信念だけが彼らを突き動かした。

No.124 クレント=ズニア


 後ろで黒髪を結んだ大柄な男。革命の塔・第一天導師の地位を冠し、また大陸有害魔導師便覧・ウィザディリアに危険人物として名が刻まれている。毒魔法を行使し、その技術は秘技魔法の領域にも達する。フィノン=ズニアとは義理の兄妹であり、本名はクレント=ロキシアーナ。

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