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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第7章 ~革命の塔編②~
127/203

122.信じて、信じられて。 **

 戦況を動かしたのは天導師・クレントであった。男は低い体勢からフェイバルの接近を試みる。

 クレントは己が肉弾戦において無類の強さを誇ることを理解していた。生まれ持った致死性の毒魔法は、いわば接触さえすれば一撃必殺の術。数ある魔法の中でも、比類無き凶悪さが窺える。

 そしてフェイバルもまた、その覆しようのない事実を充分に理解していた。ゆえに彼は、敵を遠ざける方針を選ぶ。

 再び行使される光熱魔法・恒球(ステラ)。光の玉は、数発の群れを成して放たれた。

 「……それは先程見たぞ、恒帝よ」

 クレントはそれを防ぐことなく回避する。目眩ましの手段としてはもう通用しない。

 フェイバルはうろたえることなく男の接近を待ち受けた。それは決して、ただやむを得ない接近戦ではない。あくまで勝算があっての選択だった。

 二人の距離は互いの拳が間合いとなるところまで迫る。再び毒魔法・装甲(アーマー)で拳を覆ったクレントは、その凶器を容赦なく振るった。間近での一撃は、強化魔法・俊敏(アクセル)なくして完全回避が可能な代物ではない。フェイバルは咄嗟に身を捻ったが、また微かに毒液へと接触する。

 拳による物理攻撃には至らずとも、毒の追撃はその侵攻を早める。また戦況は、クレントへ優位に傾いた。しかしそんな些細な慢心こそ、クレントを窮地に追いつめる。フェイバルは毒液に満ちた男の腕を掴み、更に身を捻ることでその男を後方へと投げ飛ばした。

 クレントはいくら踏ん張ろうとも、その低い体勢から仕掛けられた投げ技に為す術は無い。男の体は宙を舞った。そしてその体が向かう先は、壁に備え付けられた巨大な窓。

 窓は衝撃で砕け散った。クレントはそのまま時計塔の頂上付近から放り出される。

 しかし彼もまた、第一の天導師を冠した実力者。男は瞬時の判断で毒魔法・触手(テンタクル)を行使し、窓枠へとそれを伸ばす。

 その復帰手段はフェイバルの想定の範疇。伸びた触手が窓枠に触れる寸前、光熱魔法・烈線(レーザー)は即座に触手を両断した。クレントは魔法を再び行使する間も無く、ただ重力のままに沈む。

 フェイバルは窓から顔を出すと、そこで更に落ちゆくクレントを捉える。すかさず光熱魔法・烈線(レーザー)で追撃を加えたが、それは防御魔法陣によって阻まれた。 

 そのときフェイバルの口からは、どろりとした血液が零れ出る。どれだけ効果を遅らせようとも、毒は着実に彼の体を蝕んた。猶予は迫る。

 「……長期戦はマズい。放り投げたのは失策だったか」

 己の選択を悔いた。しかしそんなフィードバックすら悠長なほど、戦況は目まぐるしく変化する。

 フェイバルは、突如として激しい振動と轟音に苛まれた。すぐに感覚で事態を理解する。建物が崩落する時のそれだ。

 推測に迷いは無い。フェイバルは瞬時の判断で熱魔法・装甲(アーマー)を再起動し、まだ足場が堅牢なうちに窓から大空へ飛び出した。

 「よかったぜ。長期戦が嫌なのは、向こうも同じらしい――!」

 フェイバルは時計塔の向かいにそびえる建物への着地を目指す。転落死という呆気ない結末を防ぐ為、光魔法秘技・神速(ライトニング)を行使した。

 秘技魔法による魔力消費を余儀なくされたのは手痛い。それでも彼はその発動時間を極限まで縮め、魔力消費を最小限に留める。

 決死のダイブは実り、なんとか着地に成功した。ふとそこから時計塔を見上げれば、時計塔の異変について答え合わせが行われる。過不足なく正解だった。時計塔を構築したあらゆる建材が毒液へと変換され、まるで滝のようにどろどろと溶け始めている。

 無論、地上にはその毒液が流れ落ちて溜まり、そこには落ちた者の命を奪う悍ましき湖が生まれた。クレントの姿は視認できないが、きっと時計塔のすぐそばに居るのだろう。




 街でよく目立つ時計塔が崩落した瞬間を目撃した者は多く、行動を共にしていた玲奈とヴァレンも、それに漏れぬ者たちだった。

 二人は詰所への一時帰還を目指していたが、その異様な光景に足を止める。時計塔を飲み込むような紫色の粘液に嫌な予感がした。

 「ヴァレンちゃん……あれって」

 「……ええ。きっとさっきの紫の雲の魔導師ね」

そこからしばしの沈黙が訪れる。奇しくも二人は、同じ不安に駆られていたようだった。

 ヴァレンはそれを話すべきか、迷った様子で呟く。

 「……レーナさん。私、嫌な予感がするの」

 「……ヴァレンちゃん。あそこに居るのはフェイバルさん。あの人の強さは、私たちが一番分かってる、はずでしょ?」

そのときヴァレンの語気は少し強まる。

 「フェイバルさんは、魔力を使いすぎてる」

 「……え?」

 「フェイバルさんは秘技魔法を不利な状況で相殺した。そこから間もなくしての接敵なんて、きっと想定外なはず。それに相手は秘技魔法の使い手。実力は国選魔導師に近い領域まで到達しているはず」

 「で、でも」

 「レーナさん。私はフェイバルさんを信じている。だけど信じるって言葉はさ、闇雲に頼るって意味とは違うと思うの。一方通行な信じるなんて、あったらいけないと思う!」

 玲奈の脳裏にある言葉がよぎった。それは咄嗟ではあったものの、確かに過去の自身が選んだ言葉。


 「きっとフェイバルさんは、敵を推し量って私たちを三人にしたんです! だから今は行きましょう!! 私たちの師匠を信じて――!!」


 玲奈は、ヴァレンの発言がかつての自身に対する反論であると解釈した。もちろんかつての自身は深く考えたうえで言葉を選んだわけではなかったのだが、玲奈はヴァレンの主張がすっと腑に落ちる。だから彼女は、ヴァレンの言いたいことが容易に予測できた。

 「分かった。つまり、あそこに向かうってことよね。私たちがフェイバルさんを信じているように、あの人も私たちを信じているのだから」

 「うん。治癒魔法の使い手として、ここは逃げられない」

 「そっか、ヴァレンちゃんには治癒魔法が……!」

 「……でも治癒魔法は、あくまで外傷を癒やすことしかできない。根本的な解毒には秘技魔法が必要だけど、それまでの延命処置くらいはできるはず」

 「なるほど。ならヴァレンちゃんは、フェイバルさんに着いてあげなきゃね。さすがに毒を一度も貰わずに撃破できるような相手ではないみたいだし」

玲奈は両手で自身の頬をはたいて気合いを入れる。

 「さ、行こう! おかげさまで傷もだいぶ楽になったことだし!」

二人は踵を帰した。目指すは、信じ合う師匠のもとへ。

No.122 属性の違いにおける変質系魔法の難易度


水魔法や砂魔法など、実体のある属性の変質系魔法は比較的難易度が低い。一方で光魔法など、実体の無い変質系魔法は難易度が高く、秘技魔法として扱われる。



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