121.天魔の闘い **
ダイトは送信された位置情報をもとに、革命の塔・ラブリン支部へと辿り着いた。
そこ一帯は比較的裕福な者が暮らす住宅街。支部と思しき家屋もまた、まわりの景観と違わぬ重厚な造りをしていた。そんな豪勢な立地ながら、ここらに住まう人々は皆が大要塞・ホルトのある高所へと避難を済ませているようで、辺りは異様な静けさを帯びる。
ダイトは不気味な静寂に臆さず、ラブリン支部へ対峙した。鉄魔法・創造で剣を創り出し、流れるようにそれを構えると、立ちはだかる重厚な扉を容易く両断する。
洗脳魔法への備えを怠ることはできず、ダイトは瞼を閉じた。視界が無いままでの潜入は危険を伴う。それでも彼は、剣一本だけを頼りに建物内へ足を踏み入れた。
ダイトはその暗がりへ大声を飛ばす。
「すでに騎士がここへ向かっている! 投降しろ!」
それは虚構ながらも、視界を放棄せざるを得ない彼にとって最善の選択だった。不利な戦闘を避けることこそ、今の最優先事項である。しかしその偽りの声に応答は無い。ダイトは建物内への更なる侵入を余儀なくされた。
肝の据わった彼は、その道を恐れること無く進み始める。壁に手を添えつつ、剣を振って周囲を捜索した。また時折に虚構の文言を口にして、反応を伺い続ける。
一回の広間へ立ち入ってすぐ、彼の鋭敏は耳は微かな物音を感じ取った。屋内へ足を踏み込んで僅かの出来事に意表を突かれつつも、もはやそれしか手がかりのない彼は、素直に音の方向を目指す。巧みに鉄剣を使い、足元の障害物を探りながら慎重に進んだ。
そのときふと床を撫でていた剣は空を切る。周辺をさらに剣で捜索してみれば、その一段下がった床は地下への階段の一歩目であると想像ができた。
フェイバルの指先に展開された魔法陣へ眩い光の玉が宿る。そして彼のひと薙ぎと共に、それはクレントへ直進した。
光熱魔法・恒球は、恒星の如き球体を放つ放射魔法。同系統である光熱魔法・烈線に速度で劣りながらも、威力で勝る。
クレントは右手で防御魔法陣を展開しそれを防いだ。光の玉は弾け散るが、それは男のすぐ前で眩い光を散らし、ほんの僅かながらも視界を奪う。
そしてそれこそ、フェイバルがこの魔法を選択した狙い。そのときすでに光熱魔法・烈線は、視界の狭まったクレントの左の足先を貫いていた。
フェイバルは威圧的な低い声で呟く。
「あんま余裕ねーんだ。さっさと逝ってもらうぞ」
クレントは動じること無く、ただ煽り返してみせる。
「鼠に足を噛まれたようだ」
そしてその男は怯まず動き出した。徐々に足捌きを早め、加速しながらフェイバルのもとへ直進する。
続けて行使されるのは毒魔法・装甲。両腕が毒液と化した男は、それを大きく振り上げた。絶え間なく噴出する毒液は、まるで翼の如く腕に纏わり付いて膨張してゆく。
(毒液が腕から垂れ落ちないてことは、粘度もそれなりに操作できるのか)
フェイバルは瞬時に男の魔法の危険性を理解した。すかさず防御魔法陣を展開すれば、その照準をクレントに合わせて勢いよく押し返す。接近される以前での対処こそ、最良と判断した。
しかしクレントの毒魔法は、周到に練られていた。男は瞬間的に毒魔法・偶像を行使する。防御魔法陣に衝突した毒の体は一旦水のように弾けながらも、その障害を乗り越えた先で難なく復元された。
クレントの接近は続く。対するフェイバルのすぐ後方は、煉瓦の壁。もはや回避する猶予は無い。
ついにクレントの両腕がフェイバルへ伸びた。フェイバルは毒液への接触を避けるべく、瞬時にその間へ新規の防御魔法陣を滑り込ませる。しかし粘度が再操作された毒液は、水の如きしなやかさを手に入れ、数滴の毒が防御魔法陣を乗り越えた。
フェイバルの咄嗟の選択は、熱魔法・装甲。普段より高出力で起動させられたその魔法は忽ち強力な熱気を放ち、すぐさまクレントを数歩撤退させた。
再び両者に距離が開く。クレントは両腕に熱傷を負ったものの、一連の間合いで大きく削られたのはフェイバルだった。致死性の毒を受けた彼に、リミットが迫り出す。
「……さらばだ恒帝。すぐ毒は回る。僅か一度の接触で勝敗が決まるとは、理不尽な魔法だろう」
「あーそうだな。でも魔法戦闘ってのは、元来そーいうもんだ」
そのときフェイバルは笑っていた。クレントはその不可解な様子に眉をひそめる。
「魔法ってのは、相性があるから面白い。さっきお前の秘技魔法をぶっ壊してみて、分かったことがあってだな。残念ながらお前の毒は、そこまで熱に強くない」
フェイバルは熱魔法・装甲を持続していた。たった今彼の体を侵し始める毒素は、強力な熱によって遅効化されている。
クレントは取り乱すこと無く呟いた。
「そうか。ならば、もう少し体内に毒を取り込んでもらうこととしよう」
「熱に耐性の無いお前が、俺に触れられるかね?」
二人は剣幕をぶつけ合う。戦闘は再び接近戦へ持ち込まれようとしていた。
王都・ギノバスの騎士団本部にて。一室に設営された作戦本部は、ホルトでの作戦を終えたツィーニアからの一報を受けた。
一連の事情確認が終わったとき、騎士は速やかに連絡を終えようとする。しかしそのときツィーニアは、彼らにとって思わぬ事を告げた。
「今、私の横に洗脳魔導師がいる。彼女は知っているわ。革命の塔の、もっと深いところを」
No.121 発現魔法における粘性操作術
一部の発現魔法は、発現した対象物の粘性を操作することができる。粘性操作の可動域は術者の技量に左右される。