110.頂点の魔法 ***
ツィーニアは魔法剣を抜くと、即座に強化魔法秘技・超剛力を行使する。その精巧な重複魔法陣を目にしたティタは、関心するように呟いた。
「ぅお……フィノンと同じ魔法だ」
そんな呑気な独り言を耳にする気概など、ツィーニアは持ち合せていない。彼女は強力な踏み込みを起爆剤に、ティタの懐を目指して進撃を開始した。
ティタはそのただならぬ殺気を感知し、眼差しは殺しを厭わぬ人間のそれへ豹変する。軽率な雰囲気を一変させれば、女は臆することなく対抗した。
「……諜報魔法・不可視」
ツィーニアがティタの間合いへ踏み込むその直前、女は忽然と姿を消す。ツィーニアは寸前で斬撃を中断すると、隙無く速やかに周囲を警戒した。国選魔道師ともなれば、敵の魔法のタネくらい察しがつく。
「諜報魔法か……小賢しい」
次の瞬間、ツィーニアの後方では鋭い閃光が走った。彼女はそれを間一髪のところで察知すると、直ちに側方へ身を捻り、牽制の魔法刃を放つ。戦闘経験から培った最善の理論は、回避と攻撃を両立した。
ただそれでもなお、身を捻ったはずのツィーニアの肩の衣服は、忽ちにして焼け焦げる。致命には至らずとも斬撃を受けた彼女は、敵が並の魔導師でないことを知らされた。
しかしながら傷を負ったのは、ツィーニアの背後に立つ女も同じこと。彼女の魔法刃は、透明の女の頬を微かに捉えた。
不可視を解除したティタは、頬を抑えながら愚痴を零し始める。
「あーいった……最悪……」
女はそれとなく治癒魔法を行使し、おもむろに頬の傷を癒やす。
ツィーニアは自然と言葉を紡いだ。そこで彼女が言及したのは、ティタの繰り出した魔法について。ただしそれは諜報魔法でも治癒魔法でもなく、たった今女が攻撃に用いた魔法のことであった。
「あんたの魔法……」
ティタは言葉を被せるように返答する。そこには揺るぎない自信が明瞭に表れた。
「ええ、そうそう。もっと恐れおののきなさい。私の魔法は雷魔法。発現魔法の最強格と謳われる、雷魔法なの」
そしてティタは見下すように笑う。対してツィーニアが露わにした感情は、恐れでも怯えでもない。彼女はただ、純然たる苛立ちを見せた。
「雷魔法……」
「ふふ。あんたはどう足掻いても、諜報魔法に治癒魔法と雷魔法を備えた私に勝つことなんて――」
ツィーニアは仕返しのように、ティタの言葉を遮って口を開く。
「そう。安心したわ。心の底から」
そしてツィーニアは、あえて不敵に口角をつり上げる。ティタはその余裕綽々な態度に対し、怒りを露わにした。
「……どういう意味よ? クソ魔導師」
「分かんないかしら。どうもこうも、あんたは私の敵じゃないってことよ」
ツィーニアは女の差し置き、話を続ける。
「雷魔導師は魔法に頼る。私の恩人は、かつてそう言った」
「はぁ? なに適当言ってんのよ?」
「仲間殺しの禁忌を犯し、ギルド魔導師としての誇りを踏みにじったあんたが、私の恩人の魔法を使う。それがとにかく気に入らない。相応の報いを受けてもらうわ」
「……その恩人が誰か知らないけど、お前の次はそいつを殺しに行ってあげるから――!」
ティタは魔法陣を展開する。忽ちそれは静電気を帯び始め、ついに電力が装填された。
ツィーニアはそれを目にしながら、おもむろに右の剣を鞘へとしまう。涼しげな顔のまま片手で大剣を抱えると、剣先を真っ直ぐと敵へ向けた。
まるで余裕を見せつけるかのような彼女の挙動に、ティタは激昂する。
「舐めるやがって……雷魔法・放射――!!」
その刹那、ツィーニアの剣先には急速に魔力が収束し始めた。そしてそれは、強烈な光と共に魔法の波動となって放たれる。眩い波動は、迫り来る雷撃と衝突して激しく爆発した。
魔法と魔法が衝突したとき、その勝敗を決するのは魔力の出力量。差は歴然だった。波動は雷撃を押しのけ、ティタへと直進する。剣を振らぬ一撃に、もはやその女は困惑することしかできない。
ティタを捉えたその波動は、爆風と共に消失した。立ちこめる煙が晴れる。ツィーニアは決着を予感した。
「……あら、意外とタフなのね」
しかしながら、それは空論に潰える。ツィーニアの視界に残ったのは、仁王立ちで持ち堪えたティタの姿。女は強烈な一撃は浴びたことで右肩を抉られ、更には右目を吹き飛ばされたものの、確かにそこで耐え忍んでいた。
ツィーニアは冷ややかに口走る。少しばかりの嘲笑を含んで。
「雷魔法は発現魔法の最強種。一撃の速度は凄まじく、火力も比類無い。それゆえ攻撃手段は豊富。ただそのぶん術者が感情的になれば、ついつい大技を使いたがってしまう。大技なんて隙だらけなんだから、魔力が完全に装填される前に一撃喰らわせれば、守れもしない」
女は途切れ途切れの声で反抗した。
「……ふざけんじゃ……ないわよ。剣を振らずに……魔法刃を……!」
振らぬ魔剣技。それは魔法剣への精密な魔力供給により、予備動作無しで魔法刃を放出する技術。斬撃を伴う魔法刃に飛距離が劣るものの、不意を突くほどの魔力を同火力で繰り出すことが出来る異色の魔剣技である。
「な、なんとかやりましたか……」
要塞都市・ラブリンにて。玲奈とフェイバルの弟子たちは、接敵した数名の魔導師をどうにか戦闘不能へと追いやった。
ダイトは上がった息を整えながら話す。
「……ただ生憎、休んでいる暇は無さそうです。すぐ目的地へ向かいましょう……」
玲奈はふと空を仰ぐ。少しずつ濃くなる紫の雲への不安は、隠すことなど出来ない。
「レーナちゃん! ほら早く!」
ヴァレンはそんな玲奈の手を引いた。目指すは、ギルド・ラブリン。
一撃で鎮めることのできる敵であると、高を括っていたわけではない。それでもツィーニアの面持ちには緊張が走った。それは彼女が、目の前の女の魔力の質について、ただならぬ変化を感じ取ったから。
ツィーニアは剣を構え直す。
「……なるほど。一筋縄でいくわけもないと」
ティタは先程の興奮した様子からはみちがえるほど穏やかに呟いた。
「……久しぶりの感覚……これなら、私だってお前に勝てる」
ツィーニアはそこで初めて顔をしかめる。それはティタの成した技が、いかに脅威的であるかを理解していたから。
「……そう。久しく見たわ、精神超越。さっきまでの生意気だけだった女とは、まるっきり人が変わったみたい」
ティタの全身に眩い電気がほとばしる。それは鮮やかな黄色に輝いた。
「雷魔法・装甲――!」
電気を纏ったその肉体は接触した者へ感電をもたらすだけでなく、自身の神経に作用することで敏捷性を急激に上昇させる。そしてその速度は、強化魔法秘技・超俊敏を宿すツィーニアと同じ領域にまで達した。
ツィーニアの大剣は、真っ直ぐと接近を試みるティタを遮るようにして振り下ろされる。しかし超越的な力を纏うティタは即座に後退することで、その鋭い斬撃を的確に回避した。そして後退も束の間、ティタは懐から抜いた小型のナイフを突き立て更に突進を試みる。
防げども防げども、凶刃は方向を変えながらツィーニアを襲い続けた。その縦横無尽の連撃は、大剣から通常の剣へ持ち替える隙を一瞬たりとも与えてはくれない。
いくら強化魔法があろうとも、その鈍重な武器で小回りの効く斬撃を全てを防ぐことは困難を極めた。そして遂に、ツィーニアは防ぎきれぬ斬撃を生身で浴び始める。致命傷には至らなくとも、戦況は一気に傾き始めた。
No.110 雷魔法
電気を生み出す発現魔法の一種。強化魔法無しでは対応不可能な攻撃速度と凄まじい破壊力から、発現魔法の最強種として知られる。魔法陣の色は黄色。




