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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第7章 ~革命の塔編②~
109/203

104.塔に立つ軍師 ***

 「……なるほど。先手打たれたってわけね」

 舞台は花の都・ホルト。ツィーニアの声色は悔恨を帯びていた。ムゾウは目前の地獄に、ただ言葉を失う。

 「……これは、本当に人の暮らす街ですか」

それでもツィーニアは落ち着いて呟いた。

 「検問に誰も居ないんだもの。おかしいはずよ」

 二人の前に並んだのは、傀儡のように成り果てた人々の姿。そこには魔導師も騎士も、民間人すらも分別ない。彼らはただ虚ろな瞳を灯したまま、何かを待つように佇んでいた。現時点にて何かを襲うことはなくとも、そのあまりに異質な様は、既に検問周辺を混乱に陥れる。

 ムゾウは正直に思ったままを告げた。

 「師匠……これでは物量が違いすぎます。お、応援を呼ぶべきかと存じます……」

 「無理ね。だってここは、花の都・ホルト。王都からの応援なんて、今からじゃ時間が掛かり過ぎる」

そしてツィーニアは、魔法大剣・ヘルボルグの刀身に巻き付けられた包帯を外し始めた。

 「ムゾウ。あんたのやるべきは、出来る限りこいつらを止めること。あんたの魔力が尽きるまでに、私がこの支部に居る標的を殺害する。洗脳魔法の術者を殺せば、きっとこいつらの行動も停止するはずよ」

 「承知……しました。これだけの頭数となれば、自分もどれだけもつかは分かりませんが……」

 「魔力は慎重に使うこと。可能であれば、雑魚は魔法を使わずに制圧するべきね」

 「ええ。分かっています」

ムゾウは大きく一息つくと、鞘に優しく手を添えた。ツィーニアは彼を思ってか、念押しに言い残す。

 「躊躇わず殺しなさい。じゃなきゃあんたが殺される」

 「……それも、分かっています」

作戦の遂行の為には犠牲を厭わない。それは民を救うべきとする騎士道に逆行しようとも、彼女の信じた道。彼女はその己の道へ、愛する弟子を導いた。

 そしてツィーニアは強化魔法・剛力(ストロングス)を行使すると、近くの花壇に足を掛けて高く飛び上がる。強化された剛脚であっと言う間に近くの屋根へ着地してみせると、操られた様子の人々を落ち着いて俯瞰した。

 (……ゆっくりと検問へ流れ出るように移動する傀儡は、あくまで盾の役割。いや、捨て駒。なら傀儡の動きに逆行するのが近道かしら)

 ホルト攻略班は、本来なら詰所にて支部の詳細な情報を受け取ったうえで作戦に踏み出す予定であった。しかし駐在騎士までもが既に機能を喪失したこの街で、もうそれは望めない。ツィーニアは己の推理だけを頼みに駆け出した。

 傀儡の成した波は、遂にムゾウへと襲いかかる。彼はその大群を寸前まで引き付けると、滑らかな動きで抜刀する。そこで生じた魔法刃は忽ち大きく広がり、その波を纏めて切断した。

 騎士でも魔導師でもない、罪無き民をも巻き込むその一太刀。場数を踏んだムゾウであろうとも、耐えがたい苦痛がこみ上げる。ただ一方で、それを憂う余裕など無いのもまた事実であった。

 ムゾウは襲い来る傀儡の第一波を乗り越える。ただそれでも数多く残る傀儡は、立て続けに彼へと襲いかかった。幸いその人数は、第一波に及ばない。ゆえに彼は愛剣を中段に構え、魔力を使うことなくその刀身だけで敵を捌いた。




 「――ラブリン支部とホルト支部は、それぞれ先制行動が成功したようです」

 教会の裏庭にて。カルノ=メードルは、神父と慕われる男へ各地の戦況を伝えた。革命の塔の指導者であるその男は、彼女の言葉を受けて安堵することもなく、想定通りと言わんばかりに笑みを浮かべる。

 「……だろうね。私の戦略は狂わないのだから」

 「しかしオラトリア支部ですが……」

カルノは自然と暗い声色で口を開く。それと対照的に、男は依然として朗らかな声で遮った。

 「ああ。そっちは気にしなくていい。残念だけど、もうどうしようもないからね」

裏庭の芝を刈り終えたホーブルは、そこへずかずかと割り込んで口を挟む。

 「なんだなんだ。オラトリア支部が、どうしたってんだ??」

 「やあホーブル、庭の手入れご苦労様。オラトリア支部は残念だが、もう詰みだ。何せあそこには、魔天楼が来ている」

神父と慕われる男は続ける。

 「魔天楼の前に、戦略など意味を成さない。奴はそういう生き物だ。オラトリア支部の勢力をどう扱おうと、大陸最強の魔導師には敵わない」

 「では……」

 「ああ、オラトリアは全滅だ。あそこにはもう何の命令を下すこともないし、これ以上の通信は結構だよ」




 舞台は地下街・オラトリアへと移る。見捨てられたオラトリア支部の前には、一つの人影が歩み寄った。

 「……ふぅん。三人しか居ないのか」

熱魔法・感熱(サーマル)を行使したオルパスは、目標の建物内に潜む体温を検知すると、分かりやすく落ち込む。ただその独り言だけは流暢に続けられた。

 「まあそうだよね。王都から随分と離れてるし、人材不足も無理もないよ」

 そしてオルパスは、おもむろに腕を前へ突き出す。次の瞬間、男の背後からある人影が勢い良く飛び出した。その正体は、先程オルパスへ喧嘩を売った酔っ払いの男。男はマリオネットの如く、関節を知らぬ挙動で歩みを進めた。

 誘惑魔法によってオルパスの傀儡となったその男は、目標の建物へ危険を顧みず突入する。窓に突進して室内に踏み入れば、そのまま最も近くに居た人間へ馬乗りになった。室内に居合わせた他の二人が突然の出来事に混乱する中、傀儡の男はガラス片を拾い上げ、跨がった者の喉へそれを突き刺す。傀儡の奇襲は、あまりにも容易く成功した。

 「――クソ!!」

 すかさず室内に居合わせた男は魔法銃を取り出し、それでオルパスの傀儡を撃ち抜いた。傀儡の脳天へ風穴が通れば、男の瞳の魔法陣は消失し、そのまま崩れ落ちるようにして絶命した。

 「スコア、一点。んまあ、一人殺れたんなら上出来かな。やっぱ誘惑魔法で雑魚を戦闘させるのは難しいね」

フィードバックをしながら音も無く室内へ侵入するオルパスは、残された男を見るなり屈託の無い笑顔で会釈した。その男は、すかさずオルパスへ魔法銃を向ける。

 向けられた銃口に一片の恐れも露わにせず、オルパスは飄々と話し掛けた。

 「ねえねえ、ここに居るのかい? 洗脳魔法の使い手はさ」

 「こ、答える義理はねぇ!」

威勢と共に、魔法弾が放たれた。それでもオルパスは、放たれた弾丸をふわりと回避する。

 「私は非常に気になってるんだよ。洗脳魔法という、謎に満ちた存在がね」

彼はにこやかな目元を変えずとも、ゆっくりと前進する。そこから行われたのは、言葉の通り一方的な殲滅だった。

No.104 オルパス=ディプラヴィート


国選魔道師・魔天楼を襲名したディプラヴィート家の当主。三二歳。くるくるとした癖のある茶色の髪と、角張った眼鏡が特徴的。自他共に認める最強の魔導師だが、極度の利己主義は騎士を大いに振り回す。

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