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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第7章 ~革命の塔編②~
108/203

103.懸命の騎士 ***

 ――強面な第三部隊長と、無愛想な新人。二人の出会いは、三年前へと遡る。

 舞台は王都・ギノバス。騎士団本部・第三師団棟にて。季節は、各部隊に大規模な人員補充が行われる春の頃だった。

 「本日付けで王国騎士団第三師団第三部隊に配属となりました、ミオン=ディオニムと申します。訓練学校を修了したばかりの新人ではありますが、騎士としての誇りを胸に、全身全霊で職務を全うし、誠心誠意――」

そのあまりに堅い文言は、時期を同じくして昇進したばかりの第三部隊長を幾分か困惑させる。

 「わ、分かった。お前の熱意は伝わった。よろしく頼むぞ、ミオン」

 「必ずやお力になってみせます。私の命、騎士道の為に捧ぐと決めております故――」

セニオルさえも圧倒されるほどの、あまりに真っ直ぐな瞳。そんな新人騎士が、彼女であった。




 就任後間もなくして、彼女が参加する初めての作戦の日が訪れる。戦場は王都の外れに位置する、小さな貧困街。潜伏する王都マフィアの構成員を討ち取る為の、簡易的な作戦であった。

 小規模の作戦と判断されれば、そこに国選魔道師は起用されない。故に最前線へ立つのは、必然的に騎士となる。

 戦場へ向かう車両にて。セニオルはミオン含む同班の新人騎士たちへ語った。

 「とにもかくにも、俺には俺なりの教育方針がある。俺が第三部隊長である以上、これは第三部隊(ウチ)の慣例だ。いや、洗礼というべきか」

ミオンは真っ先に返答する。

 「……了解しました。初回の任務から隊長と同じ班に編成されるとは光栄です」

凜々しい顔を続ける彼女に対し、他の新人騎士二人の顔色は晴れない。それはセニオルの言う洗礼というものが、最前線の戦場を経験するということだからだ。

 セニオルはミオンを見ると、少しはにかんで応える。

 「さ、最後まで光栄だと思っていられるかね。最前線は一つの行動で生死が分かれる。無論、最も殉職率の高い場所だ」

 「良い経験をさせて頂きます」

その新人は、全く物怖じしなかった。愛想は無くとも、ひたすらに真剣な表情は決して崩れない。




 その作戦は想定より難航することとなる。ある廃れた高層の建物に立て籠もった構成員らは魔法銃を持ち寄り、激しい弾幕を展開した。

 凄まじい弾幕が整備の行き届いていない路地を穿ち、砂埃を巻き起こす。割れた窓は更に撃ち抜かれて、大きな音を立てた。最前線の騎士たちは次々と五感を奪われ始め、窮地へと陥る。

 「一〇時の方向! 魔法攻撃が来ます!!」

 それでもミオンだけは死角からの魔力をいち早く察知し、険しい声でセニオルへと報告した。彼はその真偽を確かめる間もなく、他の新人騎士二人へ指示を繰り出す。

 同班へ所属する他二名の新人騎士は、セニオルの指揮ですかさず先制射撃を行った。奇襲を仕掛けたはずのマフィア構成員は、訳も分からぬままに魔法弾へと貫かれる。

 そして一難去ったとき、セニオルと他二人の新人騎士は、目の前の凜々しい新人騎士の不思議な力に唖然とした。

 セニオルは作戦を忘れて、思わず尋ねる。

 「おいミオン、今のは何だ? どうして遮蔽に潜んだ敵を先読み出来た?」

 「……それは私が、魔眼の保有者だからです。私の瞳には、魔力の流れが映ります」

突然の告白。ひとときの沈黙が流れた後、彼はようやく次の言葉を発した。驚きのあまり、それは酷く陳腐だったが。

 「……は? 魔法属性と魔眼の有無は、訓練騎士団入隊前の身体検査で申告するはずだが……」

 「申告はしていません……どうしても隠し通したかったので」

 「隠すって……おいおい冗談だろ……」

 「幸い私の瞳に浮かぶ魔法陣は色素が薄いので、間近で凝視されない限り見抜かれることはありません」

 「またどうしてそんなことを。魔眼なんて恵まれた力を持っていれば、あっと言う間に訓練騎士を修了出来ただろうに――」

 「そのアドバンテージが無くても、一人前と認められる騎士になる為です。魔眼に全てを頼ることはしたくありません。恵まれた魔眼の持ち主としてもてはやされるのではなく、一人の騎士として強くありたいのです」




 その夜。無事に作戦を終えた第三師団第三部隊は本部へと帰還した。後続の部隊が現場検証を終えて本部に帰還すれば、そこから第三師団は作戦報告書の作成業務に追われる。この時期は多くの議案が畳みかけており、他部隊も多忙を極めていた為に、第三部隊は作戦同日に自らで報告書を作成する事態に陥っていた。

 そんな激務を終えたのは、もう月が空を照らす頃。皆が逃げるようにして執務室を後にする中、セニオルはもう一度椅子へ腰を下ろして一息ついた。

 彼はただ天井を見上げながらも、いまだ席に腰を下ろす者の気配を感じ取る。疲労で頭が回らないのもあるが、セニオルは特に深く考えずに雑談を仕掛けてみた。

 「……まだ帰らないのか、ミオン」

 「いえ、今直ぐに帰ります。明日の任務に響きますので」

 「第三部隊(ウチ)は明日の検問、当番免除だ。作戦終了日から数日は休養が設けられるって、説明されただろ」

 「……そうでした」

 ひとときの沈黙が流れる。そのときセニオルは、ふと気になっていたことを尋ねた。

 「……お前はどうして騎士を志した? 魔眼があれば、ギルド魔導師として名声を挙げることも容易いはずだろうに」

 「ええ。私もそう思います」

 「自信満々か」

彼女が謙遜するもの思っていたセニオルは若干話のペースを乱されるが、それを直ぐ修正する。

 「んじゃ、どうして騎士に?」

 「それは私の命が、ある騎士によって救われたものだからです」

 「……ほう」

 「でもその騎士は、まだ新人のようでした。当時幼かった私はただそうとしか覚えておらず、その騎士が作戦騎士なのか駐在騎士なのか、それすら分かりません。生きているのか、もう死んでいるのかも知りません。それでも私は、その騎士に憧れたのです」

 「……憧れ、か」

 「そうです。その騎士は新人ながらも、幼い私を庇う為に背中で斬撃を受けました。名も知らぬただの子供を守る為に、です」

 「……そうか」




 時は現在に戻る。

 フィノンの攻撃により半壊した第三部隊は、部隊長・セニオル=ウェイサーを喪失した。生きながらえた彼らにできることは、虚しくも殉じた盟友の元へ駆け寄ることのみ。

 「――さん!! セニオルさん!!」

 ミオンはうつ伏せで死に瀕する部隊長・セニオルの元に至る。認めなくないが、もう明らかだった。セニオルの体を貫いた無数の弾痕は、留まること無く血を放ち続ける。もう彼は長くない。

 「……る……命じる」

 セニオルが絞り出す遺言に、彼の私情は無い。彼が口にしたのはあくまで部隊長としての、最期の命令だった。

 「ミオン……ディオニム。お前が……第三……部隊長……だ」

助からないと分かっていても、ミオンは口走ってしまう。

 「すぐに救護が来ます!! もう少しだけ……」

 「……命令……だ。息のある者……を……」

ミオンは思わず涙声で吐露した。

 「……どうして!? どうして私を庇うために……!!」

顔色の変えないミオンがようやく見せてくれた、初めての激情。それでもセニオルは穏やかに続けた。

 「お前が第三師団(ウチ)に必要……だからだ」

大粒の涙を流すミオンを視界の隅に映しながら、男はそれをどこか懐かしい様子で見て微笑む。そして独り言のように呟いた。

 「……二回目……だな」

 彼女の涙、それは上官の命と引き換えに救われてしまった自らへの不甲斐なさではない。激しい弾幕ではだけた男の大きな背中には、大きな斬撃の古傷。それは一〇数年前、新人騎士・セニオルが受けた初めての傷。ミオンは、憧れた者が最も身近にいたことを知った。

 男の顔はどこか穏やかだった。同じ部隊員として、戦場で守り守られてきた騎士・ミオンを最期に守ったこと。その充実感が、彼をきっとそうさせていた。

 男は一本の剣と強化魔法で戦場を駆ける、月並みながらも勇猛果敢な騎士。騎士道精神に富み、部下の為にも怯まず命を賭すその姿から、こう呼ばれた。

 ――懸命の騎士と。

No.103 伏魔のパンデム


王国騎士団第三師団第三部隊所属の騎士であるミオン=ディオニムが生まれ持った魔眼。その瞳は魔力を見通す。空気中に漂う魔力から人間が魔器に宿した魔力までも捕捉の対象であり、それを鋭敏に感知することで、敵の奇襲や空気中の魔力濃度を即座に把握することができる。

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