101.天導師へ仕える者 ***
要塞都市・ラブリンにて。フェイバル一行は、ラブリン駐在騎士団の詰所へと到着した。魔導師たちとロベリア率いる第一部隊、マディー率いる第二部隊は、第三部隊を車両警備に残したうえで、その詰所へと足を踏み入れる。
車両警護を担う第三部隊の騎士たちは素早く散開すると、手はず通り警備体制に入った。人の流れに乗って詰所入口に向かう玲奈は、背後から聞こえる騎士の慌ただしい足音の数に改めて驚く。
「車の数でなんとなく分かってはいたけど、ほんと凄い人数で動いてきたのね……」
ロベリアはその声に応答した。
「あら。これでもラブリンに動員されたのは、第三師団の誇る全一九部隊のうち、たった三部隊なのよ」
一九という歯切れの悪い数字。フェイバルはふと思い出す。男は傍を歩くロベリアへ声を零した。
「そうか。お前らにっとても、この作戦は弔い合戦なんだったな」
「ええ。本来なら、作戦騎士団は一師団二〇部隊の編成。だけど第三師団は、革命の塔事件で第一一部隊所属一二名の命を奪われた。だから現在稼働出来るのは十九部隊だけなの」
少し淀んだ空気の中、ロベリアは続けた。
「彼らが安らかに眠る為にも、この作戦に失敗は許されない。だから力を貸してね、フェイバル」
「力は貸すもんじゃねえよ。返す必要ねぇし」
ぶっきら棒に呟くフェイバルを見て、ロベリアは安堵するように微笑む。男の不器用な優しさは、昔からだった。
詰所内に立ち入れば、聞き慣れぬ声の主が挨拶へと訪れる。
「ラブリン攻略軍の皆様、お待ちしておりました」
そこへ現れたのは、ラブリン駐在騎士団を束ねる団長の男。物腰柔らかな男は、直ぐに本題を持ち込む。
「早速ではありますが、事前調査の詳細をお伝えさせていただきます」
詰所外にて。魔力駆動車の行き交う大通りの路肩には、第三師団の車両が並ぶ。その警護にあたるのは、部隊長セニオルを初めとした第三部隊の騎士たち。
「おいおいミオン。なんでお前は車両の上に仁王立ちしてんだよ……」
セニオルは呆れた表情で車の上を見上げた。視線に気付いたミオンは、表情一つ崩さず至って真面目に応答する。
「高い所に立てば、より広い範囲を見渡せるので。つまるところ、私の魔眼がより迅速に、敵からの魔力反応を捉えることが出来ます」
「……そうかいそうかい。お前の魔眼にはウィザーデンでも救われたが、視界に映る人間にも警戒を怠るなよ」
「了解しました」
「――ラブリンの中央部には、いわばこの都市の行政機関にあたる施設があります。かつてはラブリン王の居城であり、名は大要塞・ラブラ。そしてこのラブラから少し外れた地点に、革命の塔が拠点としている廃教会が位置しています」
詰所内の広間では、ラブリン駐在騎士団の団長を務める男が、地図を用いたうえで敵の全容を語る。ロベリアは苦い表情で零した。
「……なるほど。面倒な立地に陣取られたものね」
「特にラブラ周辺の道は狭く入り組んでおり、車両が立ち入ればかえって攻撃の的になってしまいます。徒歩での進軍が賢明でしょう」
玲奈は思わず呟く。
「ええ……お役所がそんな不便なところにあるの……」
「元はと言えば、誰も立ち入れぬ王の居城でしたからね。そちらのが都合が良かったのです」
ロベリアは話の軌道を戻す。
「それで、敵勢力の予測は?」
「まず前提に、支部を取り仕切る者が一人。そしてその者とは別の人影が二つ、廃教会へ往来している様子が確認されています」
「なるほど。それに加え、洗脳魔法を施された魔導師が居るかも……ってところかしら」
ロベリアは振り返ると、玲奈たちと第一師団の面々へ結論を伝える。
「分かりました。それでは変更なく、従来通りの作戦で動きます。第二部隊は通信を担当。指揮権はマディへ。第一部隊は、民間人保護のため敵拠点の包囲。拠点への突撃は、フェイバルを中心とした魔導師へ任せます。包囲班は、いつでも増援に回れるように準備を!」
騎士たちの威勢良い返事が飛んだ。玲奈はそれに気押されぬよう、ひっそりと腹を括る。
大通りを挟んだ、詰所と向かい側の建造物。屋上には、第三部隊を見下ろす人影が一つ。その女は分厚い手袋を装着した腕をゆっくりと掲げ、車両の上に立つミオンと重なったところでそれを止めた。一呼吸置けば、誰にも聞こえぬ小さな声で唱える。
「革命の塔よ、天を穿ち世を導け」
――それはあまりに突然だった。魔眼を持つシオンですらも、僅かに反応が遅れる。第三部隊へ突如として降り注ぐのは、きらきらと輝く小さな金色の破片。作戦前日に巻き起こった、波乱の幕開けだった。
シオンは怯むこと無く、部隊の中で真っ先に行動を開始する。彼女の突き出した両手からは、車両の隊列を全て庇うほどの、大きな防御魔法陣が展開された。
「総員、防御魔法陣を展開せよ――!!」
一呼吸遅れながらも、部隊長・セニオルの指示が飛ぶ。その声を聞いた騎士たちは、シオンの防御魔法陣を補強するべく、魔法陣を重ねて展開し始めた。
轟音が響き渡る中、シオンは小さな金属音に釣られてふと足元へ視線を落とす。そしてそこで、ようやく攻撃の正体を知ることとなった。
「これは……コイン?」
遂に弾幕が止んだとき、周囲には防御魔法陣に弾かれたコインが一面に転がった。その見慣れないコインを拾い上げた騎士は首をかしげる。
「……なんだコレ? 何の刻印も無い金貨なんて、一体どこの通貨だよ」
気を緩める騎士とは対照的に、天を指差したのは新人騎士・ウォルト。彼の瞳は、いち早く襲撃者を捉えていた。
「あそこだ!! 前方の白い建物の屋上です――!」
けたたましい声を合図に、騎士たちの視線は屋上の人影へ集中する。分厚い手袋と黒い髪で隠れた右目が特徴的なその人影は、第一天導師へ仕える者・フィノン=ズニア。その女は顔色一つ変えることなく、再び金色の魔法陣を展開した。騎士たちへ向けていた腕を少し下げると、小さな声で呟く。
「作戦騎士というのは、噂に違わぬくらいには厄介らしい。ならば、こちらを狙えばよいだけのこと……」
そこは白昼の都内。まだ周囲には、逃げ惑う民衆の姿があった。
No.101 ミオン=ディオニム
内向きにカールした栗毛の髪が特徴的な、王国騎士団第三師団第三部隊所属の騎士。23歳。あまりにも表情が乏しく、それでもって真面目な性格なため、親しい者は部隊内にもごく僅か。魔眼を保有している。