99.襲名型国選魔導師 ***
要塞都市・ラブリン。そしてその都市の中心にそびえる建造物こそ、大要塞・ラブラ。かつてラブリンが一国の名であった頃、そこは都市防衛の中枢として兵士の拠点となりながら、ラブリン王族の住まいでもあった。しかし国としての体裁を失った現在、そこは都市の行政を担うだけの施設へと化す。そしてその要塞の屋根上に、都市を絶望へと誘う厄災が腰を下ろしていることなど、まだ誰の知る由も無い。
「――私の手はず通りに動くんだ。私を信じろ。全て上手くいく」
「――ええ。あなたの導きを疑ったことは一度たりとも無い。まさに盲信しておりますとも」
通信魔法具を片手に、神父と慕われる男に応じる低い声の主は、第一天導師・クレント=ズニア。男は天導師として、革命の塔ラブリン支部拠点を統べる。
神父と慕われる男は、終始穏やかに言葉を並べた。
「そう、それでいい。君の潜伏する要塞都市・ラブリンは、王都から最も距離の近い支部。騎士と魔導師がここへ大きな戦力が裂かれるのは、もはや必然だ。だが恐れるな。私の言うままに戦いを進めれば、全て円滑に事が進む」
「……仰せの通りに」
そこで通信は途絶える。クレント=ズニアは、決戦の時を待った。
王都・ギノバス、騎士団本部にて。第二師団のうち数班によって編成された通信指令室は、明日の作戦開始に備えて万全の準備を終えていた。場を取り仕切るのは、第二師団副長のフルワ=エリオス。小さな背丈と白くふわふわな髪が幼さを印象付けるが、副長の座を賜った実力者である。
通信テストを終えた騎士はフルワへと報告する。
「各部隊への通信テスト問題ありません!」
「り、了解しましたっ。それじゃ、今一度作戦を再確認します!」
少女のように可憐な見た目でも、騎士たちからの信頼は厚い。フルワの一言は、その場の騎士全員の視線を募った。
「作戦時刻は明日の日の出の刻。派遣された騎士及び魔導師が、同時刻から現地の支部を各個撃破してゆきましゅ!」
(噛んだ……)
(今絶対『しゅ』って言った……)
(かわいい……)
騎士たちの注意は僅かに逸れたが、フルワは気にも留めず話を続ける。
「と、とにかく! 各軍はそれぞれ独立した通信網で作戦を実行しますから、こちらの通信室は作戦の完遂報告を待つのみです! とはいえ、何か重大な問題が生じれば、作戦全体の舵を握ることになるので、油断は禁物! 各軍からの定時報告にも気を抜かぬようにっ!!」
「了解――!」
騎士らはその檄に大きな返事で応じた。
要塞都市・ラブリンを目指す第三師団の車両にて。隊列の中央に位置する車両には、魔導師一行が乗車した。
車列は都外をのんびりと進んでいく。今回の車両警護は騎士の管轄なのも相まって、玲奈はどこかそわそわしながら呟く。
「……うーん。なんだか落ち着かないですね。職業病ってやつかしら」
ダイトが朗らかに返す。
「まあ、確かにそうかもです。ギルド魔導師は、いつも車両を警護する側ですからね」
「そうそう。いいのかしら、こんな好待遇で運んでもらっちゃって」
寝起きのフェイバルがふと会話へ割り込む。
「いいんだ。どうせ向こうに着けば、俺らは最前線で命を張っての大仕事だ。これくらいはしてもらわねーと」
フェイバルが都外の移動中に目を覚ましていることは珍しいので、玲奈とダイトの話題は思いがけず脱線した。
「あれ、起きてましたか」
「おう。それでダイト、一つ聞きたいことがある」
「はい、なんでしょうか?」
「ヴァレンは一体何があった? どうも口数が少ない。前はもっとやかましかった気がするんだけど――」
その言葉を聞いたヴァレンは、分かりやすく動揺しながら応えた。
「え、え? ぜ、全然普通ですとも!」
「……」
フェイバルは妙に鋭かった。男は不自然な彼女をただじっと見つめる。玲奈はヴァレンの異変に心当たりしかなかったが、どうも口出ししずらかった。
そしてフェイバルは、ふと言い放つ。
「戦闘が始まってからもそんな感じなら、お前は待機だ。今のお前より、まだレーナのが動ける」
ヴァレンはそれに反抗することもなく、ただ複雑な表情で俯く。ここで会話は途切れた。
第一師団師団長・ライズは通信魔法具の点灯に気が付くと、その指輪を顔の前へと運ぶ。音声は直ぐに届けられた。
「――やあ、私だよ」
「……どうしたのですか。あなたからかけてくるなんて珍しい」
指輪の向こう側は、魔天楼・オルパス=ディプラヴィート。その男は笑顔を滲ませながら、軽快に会話を弾ませる。
「ねえ、国選依頼あっただろ? 明日に決行するってやつだよ」
「ええ。革命の塔掃討作戦のことですね」
「あーそう。それだ」
「……それが何か?」
「その依頼ってさ、私が単騎でその革命の塔とやらの支部に押し入って、そこで軽く暴れてしまえばいいだけなんだよね?」
「殲滅するのならば、解釈に間違いは無いかと」
「ああ勿論みーんな殺すとも。安心してくれ」
そしてオルパスは、奇想天外な提案をもちかける。
「ところでその依頼、今日に早めたらまずかったりするかい?」
ライズは呆れながら返答した。
「当然です。困りますね。先に一つの支部が潰されれば、他の支部が襲撃を警戒して増援する可能性があります」
「なら他の支部へ情報が回される前に、全員纏めて殺せば関係ないってことだ」
「無駄なリスクの生じる行動は、お控え願いたい」
「いやーでもさ。今、わりかし人殺しがしたい気分なんだよ。あるだろそういうとき」
「そもそも本作戦において、私は作戦の指揮権を握っていませんので、そういった変更の権限は当然持ち合せません。指揮権を握るのは、第二師団のフルワ副長です」
「なら取り次いでくれ。私の持ってる通信魔法具は君への直通だから、私からその騎士には接触出来ないんだよ」
身勝手なオルパスに対し、ついにライズは苛立ちを覚え始めた。
「まったく、あなたは作戦という言葉をご存じないのか? 国選魔導師であるならば、もう少し節度を持って――」
「ああー始まった。ごめん、説教は要らないや。とにかくそのサクセンの大筋には沿ってやるから、詳しいことは私の好きにやらせてもらうよ」
ライズはついに檄を飛ばす。
「ならん! 作戦決行は、明日の早朝五時と決まっている!」
まるでそれへ呼応するように、オルパスの声色へは邪気が帯びた。
「……まったくお前ら騎士は、本当に都合の良い奴らだな。ディプラヴィート家の血を継いだ崇高な魔導師が、わざわざお前らに飼われてやっているというのに、更にそれを意のまま操れるとまで考えてしまうとは。私は他の非力な国選魔導師共と格が違う。少しの勝手くらいは約束してもらうよ」
そしてその男は、強引に通信を切断した。ライズにはふつふつと怒りがこみ上げる。それでも彼が、オルパスへ通信をか掛け直すことはなかった。それは王国騎士団にとって、唯一の襲名型国選魔導師である魔天楼を失うことは許されないから。最強の血を継ぎ続けるその魔導師を野放しにすれば、大陸の安泰を脅かす要因となる。その危険性は、この世界の誰だろうと容易に予想出来る。
怒り抑え込んで一度落ち着くライズは、溜め息の後に呟き始める。
「歴代最強の魔天楼襲名者でありながら、歴代最低の責任感。厄介だ」
そして男は渋々と通信魔法具を起動し、フルワへと連絡を繋いだ。
「こちら第一師団長・ライズ。革命の塔作戦について、オラトリア攻略軍の作戦の日時変更を願い出たい」
「ええっと。それは一体……」
「魔天楼の我儘だ。奴は本日中に支部の攻略を行うらしい。曰く、他の支部に情報が漏れる以前に殲滅するとのことだが……すまない。私が奴の起用を推したばかりに……」
No.99 革命の塔における「天導師」
天導師は、各地に所在した革命の塔支部拠点を管轄する実力者の呼称として用いられる。