其伍拾柒
ウタン達が重い足取りで戻ると、意識を取り戻しはしたが手に鼠蠱を包み込むようにして蹲るナアハと、それに声もかけられず、ただ背を擦るチトサやイサ、そして少し離れて項垂れるフカオとその大蜈蚣蠱がいた。
勝利の余韻はない。
ただ悲壮感だけがこの場を支配していた。
「その方らのおかげで、此度の大事は成った。このとおりだ。礼を言う」
ウタンは蠱術師達に頭を下げた。
そしてナアハの前に屈み、
「ナアハ。何を言っても慰めにもならぬ事は分かっている。だが、敢えて言わせてくれ」
優しくナアハの肩に手をのせ、
「お前の蠱は、真に救国の英雄だ。この蠱の為した事のおかげで、この先救われる命がどれだけある事かを考えてみてくれ」
そう言った。
「うん、分かっている」
真っ赤な目で父の顔を見上げるナアハ。
目を見合わせることで、色々な想いが通じ合った。
「そうか。お前は強い子なのだな。……育ててくれたお方に礼を言わねばならぬ」
そう言うウタンの目も涙で溢れる。
それを隠そうともせず、ウタンはこう続けた。
「亡くなった今、蠱の真名を明かしても構わぬであろう? 英雄の真の名を知りたい。聞かせてはくれぬか?」
皆が見守る中、ナアハがそれを告げようと口を開きかけたその時、
《いけない》
ナアハの頭の中で声が響いた。
ほんの一言だけではあるが、ついさっき、聞いたばかりのその声は……
《え、イナハ? ……イナハ、なの?》
《そう。イナハ》
《どこにいるの?》
《私、もう、いないの。戻る体、ない。神様の力で話せているだけ》
《そんな……バアバが悲しむわ》
《大丈夫。主様、分かってくれる。それより、時間ない。真名、教えちゃ、ダメ》
《どういう事?》
《蠱の真名、主様だけの物。ばれたら、私みたいに、乗っ取られる》
これは念話。
言葉に籠ったイナハの色々な想いまで伝わってきて、ナアハは胸が苦しくなった。
《だから、教えちゃ、ダメ》
そうイナハは言うが、
《でも……》
ちゅうはもう死んでいるのだ。
真名を教える事に何の障りがあるというのだろう?
しかし、
《まだ、死んで、ない。神様のくれた力、余ってる。返すわ》
イナハの声が消えると同時に、何かがナアハの掌へと集まった。
鼠蠱の真名を告げようとしたナアハが急に空を見上げたまま動かなくなった。
「……いかがいたした?」
ナアハに何が見えているのだろう、とウタンも辺りを見回しながら尋ねたその時。
ナアハの掌に何かが集まっていくのを、その場にいる全ての者が感じ取った。
それは、次第に強まり、光を帯びて……
「あ!」
ナアハの手の中で鼠蠱がモゾリと動いた。
「ネ、ネズミちゃん?!」
心の臓は止まっていたのに、とチトサが頓狂な声を上げた。
その声に、うるさいぞ、というように鼠蠱はナアハの手の上で座り直し、主を見上げて、
《我が主よ、ただいま》
と言った。
ナアハは言葉を返す代わりに、もう出ないと思っていた涙を流しながら掌のちゅうに頬ずりをする。
その激しい愛情表現に、ちゅうは、
《我が主よ、……やめてくれ。本当に死んでしまう》
嬉しそうに抗議の声を上げるのだった。
完
蠱術師ナアハと鼠蠱の"ちゅう"
完結いたしました。
今回は全て書き上げてから、推敲したものを投稿する方法を取りました。
十万文字を超えていたのでもっと話数があるかと思ったら全部で57話。
前作の十分の一にも満たないので当然といえば当然なのですが、結構苦労して書いたので、う〜ん、こんなもんにしかならんのか、と拍子抜けしております。
本来ならここまでを第一章として、その後の国の立て直しに絡め、ナアハとウタンの親子の物語、セタの出自の秘密、フカオ・チトサ・イサ、それぞれの話やバアバの大活躍、そして、ある場所に迷い込んだ"ちゅう"が……などなど話は続くのですが、そうなると今度は前作以上の莫大な分量になりそうなので、怖気づいてここでやめにしました。
プロットはだいたいできているので、他の作品をもう少し書いて腕が上がったら戻ってきたいと思います。
今作の様に書き貯める方法は、予定が変わったり矛盾が起きたら前に戻って直せるという利点があるのですが、毎日書かなくてはいけない、という強制力が働かずなかなか先に進まないという欠点も有りました。
それは私が怠けた所為で、毎日書けばいいだけの話なのですが……人の弱さを噛みしめる日々でした。
今作も登場人物(動物)に大いに助けられました。
みんなありがとう、ちゃんとこの先の話も(いつか)書くからひとまずゆっくり休んでね。
最後までお付き合いくださいました皆様もありがとうございました。
今作は、前作にも増して前半重々しくテンポが悪くなってしまい、後半は目まぐるしく視点がかわるので、大変読みにくかったと思います。
スンマセン。
精進します。
ご感想等、いただけましたら今後の創作活動の励みになりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。
では、また




