其伍拾貳
(あら、割とあっさりやられたわね)
ミクズの予想に反して、ウタンの密偵達は蝦蟇男を難なく倒してしまった。
あの蝦蟇男を中心に形勢逆転、という彼女の目論見は早くも崩れ去る。
(蠱と融合した怪人なんてちょっとよいと思ったのに、……だめね。素材が悪かったのかしら?)
他の蠱術師と蠱でやってみればもっと強いのが出来るかもしれない。
ここから逃げ延びたらその線で実験してみよう、などと考えているミクズ。
蠱兵をあの二人に集中させた所為で、ウタンのいる辺りが活発になっている。
(何しているの? まあ、火じゃない。へえ、蛭だって気付いたのね)
これも思ったより早く気付かれた。
さあ、どうしよう。
先ずは逃げるのだった。
蝦蟇男を倒した男たちにあまりこだわっていると機会を逸する。
ミクズは自分を守らせる為に兵を呼び戻した。
「ナアハちゃん!」
膝の上のナアハに動きを感じたチトサ。
ナアハは、うぅ〜ん、と小さく呻いて目を開けた。
「私、死ななかったんだ……」
しばし、ぼ〜っと宙に視線を泳がせていたが、
「大丈夫?」
チトサに訊かれ、
「! ネズミちゃんは?!」
ムクリと起き上がって辺りを探す。
「あぁっ! ネズミちゃん!」
折りたたまれた布の上に横たわるちゅうを見つけ這い寄るナアハに、
「ナアハちゃん、動かしちゃ駄目よ。死んではいないけれど……」
危ない状態だとチトサが言う。
だが、ナアハの目覚めに呼応するように、
《我が主よ、無事で良かった》
ちゅうも意識を取り戻した。
が、目は閉じたままだ。
「ああ、私のせいで、ごめんなさい、ごめんなさい」
自分を救うために、ちゅうが身に余る大呪式、神降ろしを使ったせいで瀕死になってしまった。
その一部始終は闇が意識を包んでいても、何故かナアハには見えていた。
ちゅうを通して、神とつながる感覚もあった。
ナアハの血を触媒にして行われた術なのでナアハにも影響があったのかもしれない。
このときナアハは唐突に悟った。
(そうかナアハの血を飲んで蠱になったちゅうは、ナアハと魂の、波? うねり? そう言いう物を一つにして……共鳴しているのね。魂には、それぞれの、波がある。そう言うことだったの……。それを理解して利用する……これが蠱術。だからバアバはあれだけ私が嫌がったのに、造蠱をしろと勧めてきたのね、蠱術の真髄を体得するために……)
そんな境地に達したからといってナアハにちゅうの死が受け入れられるはずもなく、そんな代償を払うくらいなら蠱術師としての彼岸などに足を踏み入れたくはなかった。
目に映るちゅうの姿に生命の燦めきがない。
死相だ。
《我が主よ、気に病むな。言ったであろう。我は満足しているのだ》
ピクリとも動かずに念話を飛ばすのみのちゅうだが、
《それより、見ろ》
戦場へと意識を向けるように促してきた。
《あの女、何かおかしいと思っていたが、あれは、蠱だったぞ。我が主も、見えていたろう?》
ちゅうの言うあの女。
ミクズの事だ。
降ろした神が見た全てを、ちゅうも見ていた。
《バアバが昔、助けたという女だ。中に、バアバの狐蠱がいた》
「ええ、見えていたわ」
《開放してやろう》
「どうやって?」
《もう一度、我に、神を降ろすのだ》
「む、無理よ、もう一度なんて! 今度こそ死んじゃうわよ!」
《このまま何もせずとも、間もなく死ぬ。ならば最期に出来る事をやらせてくれ》
「そ、そんな……」
ナアハの肉声は聞こえているが、ちゅうの念話はナアハにしか届いていないので、二人が何を話しているのか分からないチトサとイサ。
だが、ナアハの様子からよい事でないとだけ分かる。
何を話しているのか訊きたくとも訊けず、顔を見合わせるチトサとイサにも、
《チトサ、イサ》
ネズミちゃんが語りかけてきた。
《あの女は、蠱だ。体の中の蠱と一体になっている》
念話なので言葉以上が伝わり、加えて蠱術の知識を持つ二人にはちゅうの言わんとする事が正しく理解できた。
そして、この事も……、
《神を降ろしたこの身はもう持たぬ。だが今少しならば動かせるのだ。最期にもう一度だけ役に立ちたい。二人からも我が主を説得してくれ》
言う通り、ネズミちゃんに残された時間はほとんど、ない。
だからネズミちゃんがそう望むのも分からなくはない。
だが、蠱の主として、ナアハがネズミちゃんに一秒でも長く生きていて欲しいと願うのもよく分かる。
お互いがお互いを思うあまり逆を望む。
こんな悲しい事があろうか。
どちらにどう言葉をかければよいのか全く分からない二人は窮して涙を流すばかりなのだが、
「二人を困らせては駄目よ」
ナアハは、ちゅうを優しく両手で包み込み、
「分かったわ、行きましょう」
と立ち上がった。
まだ子供であるナアハが苦しい決断をしたのに、大人として何も声をかけられない自分達を不甲斐なく思うチトサとイサ。
気丈にも二人に微笑んで見せたナアハは、ミクズの方へと一歩踏み出すのだった。




