其伍
蠱術師。
その闘いには明闘と暗闘とがある。
その違いは文字通り目に見えるか見えないか、だ。
己の使い魔である"蠱"同士を直接戦わせる目に見える戦いが明闘であるが、これが実際行われる事は滅多にない。
戦いは蠱術師の本分ではないからだ。
蠱術師の主な生業は、呪いを祓ったり病気や怪我を直したりする事なのだが、勿論呪いを祓うだけではなく、かける事もある。
呪いをかけるのも蠱術師、祓うのも蠱術師。
その際の常人には見えぬ闘いを暗闘という。
その機会の方が明闘よりもはるかに多い。
暗闘という理解できぬ物に対する人々の恐怖は、そのまま蠱術師への恐怖となる。
蠱術師に対する世間一般が抱くのは、蠱毒を以て人を殺める者、という負の印象である。
確かにそんな側面もあり、殺しを厭わない蠱術師もいるにはいる。
が、ほとんどの者はそのような凶事に関わってなどいない。
しかし悪い印象というのは先行しやすい。
それ故に蠱術師は必要とされながらも畏怖され、一般社会から距離を置かれている。
場合によっては忌み嫌われ迫害を受ける事すらある。
しかし蠱術師の方でもその誤解を敢えて解いたりしなかった。
恐怖心を持たせておいた方が、蠱術師の生活圏である薬草の自生地等に不用意に立ち入られずに済むからだ。
そんなふうに蠱術師と一般の者とが適度な距離を置いて暮らしているのはナアハの地域も例外ではなかった。
では蠱術師同士はどうなのかと言うと、それは地域によってまちまちだった。
口伝が基本の蠱術は、師から弟子、親から子へと伝えられるので、一派や家同士が商売敵となって争う事も少なくはない。
そんな争いに勝ち残ったりして地域に根を下ろし代々続いている蠱術師の一族は里術師と呼ばれている。
ナアハの住む地域は幸いな事に大きな里術師の家系があり、本家・分家などの違いによる上下関係はあるものの同族意識の下、諍いはなかった。
バアバとナアハはその血族に連なってはいないが、一目置かれているバアバへの敵対行為は御法度となっており、それはバアバの養子であるナアハに対してもそうだった。
尤も正確には"蚊帳の外"という表現が正しいとナアハ感じているが、その方がよい。
以前、何かの用事がありバアバに連れられてその一族を訪ねた事があった。
同年代の子も沢山いたが、彼らから向けられたのは好奇の目か、蔑みのにやつきだった。
あんな目で見られるくらいなら放っておかれる方が気楽だ。
少なくともバアバのおかげで不利益を被る事はないようだからナアハはそれでよかった。
だがナアハは何故バアバが里術師からそのような特別扱いを受けているのかは聞かされていない。
それだけではない。
ナアハはバアバの歳も、本当の名すら知らない。
一度訊いてみたことがあるが、
「バアバっていくつなの?」
「もう面倒になって数えておらん」
と、まともに取り合ってくれず、名を尋ねるても、
「名など、どうでもよかろう。そんな物ぁ人を識別するためのただの記号じゃ。バアバで事足りておるんじゃからそれでええ」
と返されそれ以上訊けなかった。
ではどのような関係なのか。
年の差からして明らかに母親ではない。
跡継ぎにするためにバアバがナアハを攫ってきて育てている、と噂している者がいる事も知っているがそれはないとナアハは思っている。
バアバがそんな事をするような人ではないとナアハには分かっていた。
分かっていても気にならないわけではないので、それも尋ねた事はあるが、
「そのうちに話す」
そう短く返ってきたのみで、これもそれ以上訊けなくなってしまった。
バアバはそんなだが、ナアハは今の状況に不満を持っているわけではない。
寧ろ幸せを感じていた。
ナアハは蠱術が好きだった。
色々な素材の配合で不思議な効能のある薬や毒が造れる不思議。
霊的な儀式だとかでそれらの効果を更に高められる神秘。
今ではそういった物に魅入られている。
バアバの指導は厳しく、小さな頃は怖くて仕方なかったし蠱術を学ぶのも嫌だった。
だが長ずるに連れ蠱術が如何に危険であるかを理解してからは、その厳しさは愛情の裏返しなのだと気づいた。
それからは叱責にも訳があると考えが至り、そうなると習得も早くなる。
習得が早くなれば、自ずと楽しくなってくる。
ある日バアバがナアハに言った。
「蠱術ちゅうもんはな、ナアハや、咒式さえ整えば成就するっちゅうもんじゃねえ。これを行うにゃあ、才能と修養が必要なのじゃ。何の素養もねえ者が咒式だけ真似たところで力は発揮されねえ。そこへいくとナアハ、お前には才能がある」
滅多に褒めないバアバからそんなふうに言われてナアハはキョトンとした。
褒められた事に一瞬気づかなかったのだ。
その顔を見てバアバが破顔した。
笑っているバアバに、
「ナアハに才能があるって、どんな?」
と尋ねると、
「才能にもいろいろなもんがあるでな。お前の一番の才能は飽きない、って事じゃな」
飽きない事? そんなのが才能なのだろうか。
褒められたのではあるがあまり嬉しいと思えずにいるナアハに、
「これ、ナアハや。飽きぬのは才覚の中でも最も大切なもんの一つじゃぞえ。どんなに敏捷い者でも飽きて途中で放りだしゃあ身に付かん。少しくらい鈍い者でも、倦まず弛まず続けられりゃあ、いつかは実になるってもんじゃよ」
ふうん、そう言うものか、と納得するナアハだが、よくよく考えると、
「バアバ! それってナアハが"鈍い者"だって事?!」
と、憤慨して、更にバアバを笑わせた。




