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蠱術師ナアハと鼠蠱の"ちゅう"  作者: 岩佐茂一郎
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其卌捌

「今だ! 逃げるぞ」


囁くように、だが鋭くチトサとイサを促すフカオ。


ミクズと何やら話していたオオクニヌシが消えてしまったかと思うと、林の向こうで何かが壊れる大きな音。


皇后がその破壊音に気をとられこちらに背を向けている隙に、フカオはナアハを担ぎ、チトサにネズミちゃんを拾わせて走る。


さらに、


ドガァン! ダアンッ!


破壊音が別の場所からあがった。


何? と驚くチトサとイサだが、


「助かった!」


フカオは狂喜している。


わーっ、という声とともに林から兵が(なだ)れ込んできた。


「フカオ! 無事だったか!?」


「ああ。でも、もっと早く来てくれよ。危なかったぜ!」


突入してきた兵達とフカオが、親し気に言葉を交わすのを見て、


「ど、どういう事なの? フカオの旦那、一体何が起きているの?」


チトサが尋ねると、兵の一人が、


「何だ? フカオ、美人に囲まれていい御身分じゃねえか」


すかさず茶化す。


それには、へッ、ほざいてろ、と返しておいて、


「俺はな、あるお方の下で、皇帝、皇后が軍隊から離れたのを知らせる為に潜入していたんだ」


とチトサに応えた。


「ああ、あのときの……」


林の中で打ち上げていたあれがその報せだったのか、と思い出す。


「じゃあ、旦那は蠱術師じゃないの?」


俄仕込(にわかじこみ)だよ。けど、ちゃんと師匠について三年も修行したんだぜ」


三年で大蜈蚣を造蠱出来るのなら寧ろ才能がある。


「あるお方って……」


更にチトサが尋ねた時、


「ナアハ!」


フカオがもう安全だろうと下ろし、今はチトサの膝枕で寝かされているナアハに駆け寄る者がいた。


「わ、私はセタと言う。この子の育て親から頼まれているのだ。何があった? ああっ、ネズミちゃんまで! し、死んでいるのか?!」


チトサの掌で血塗れのまま、未だ動かぬちゅうを見つけ顔を青くしている。


そのセタの様子に本当に心配していると感じ取った三人は、何が起きたのか説明しようとするが、更に、


「セタ殿、その子がナアハか?」


後ろから声がかかる。


「あ、ウタン様!」


その声の主にフカオもセタも(かしこ)まった。


「ウタン様?」


チトサやイサももちろん知っている名だ。


国士ウタン。


その人が立っていた。


そのウタンが、


「フカオよ。ご苦労だった。お前の報せで絶好の時機を得たぞ。今頃、宮廷にも兵が踏み込んで奸臣共を一掃しているだろう」


先ずフカオを労う。


戦上手のシリガイに一定規模以上の軍隊を指揮されては、敵うものなどいない。


しかし、この離宮を使った造蠱はミクズの秘密計画であったため、集めた蠱術師を制するのに必要な最低限の兵以外、大した護衛も付けずお忍びでやってきていたシリガイとミクズ。


ウタン達は、こうした機会をずっと狙っていたのだった。


だが、自分の働きなどよりも、フカオに湧いた疑問、


「ウタン様、さっきナアハちゃんの名を……」


何故ウタンがナアハを知っているのか?


それにはウタンではなくセタが、


「ナアハは、ウタン様のお子だ」


そう小さく知らせると、


「「「 ええッ!? 」」」


フカオ達は顎が外れるほどになるが、ウタンは、


「よい、それは私的な事だ。今は為すべき事がある」


そう言って離宮の主屋の方を見遣る。


「まだ、あれだけいたか」


いつの間にか兵がゾロリと立ちふさがっていた。


私的だ、と言ったもののやはり気になるらしく、ウタンはナアハの横で屈むと、


「命に別状はないのだな?」


チトサにそう尋ねる。


は、はい、とチトサが頷いたので、ウタンはナアハの頬を軽く撫で、


「この子を頼む」


そうチトサに言い置いて、立ち上がり、


「皆のもの、油断するな! 懸かるのだ!」


自ら先頭に立って進んだ。




(ウタンだったのね。本当にあの男は……)


ミクズの目に、押し入ってきた軍隊を指揮するウタンが留まった。


彼は兵を引き連れこちらに向かってくる。


別の方角からも兵が迫ってきた。


(いつもいつも、邪魔ばかり)


切れ者、知恵者、賢人、等々、ウタンを形容する尊称の数が、彼がどんな人物であるのかを物語っている。


だからミクズは蠱との融合を果たした後、ウタンをまず味方に付けようと画策した。


しかし、当然ながらウタン程の人物を咒で縛る事は叶わなかった。


そればかりか、かえって警戒させる事になってしまう。


ミクズは仕方なしにウタンの身内に分身を植え付け操ろうと妻子の拉致を命じたが、任せた宦官の采配が悪く失敗に終わった。


尤も、ミクズはどう失敗したのか正確には把握できていなかった。


ただ、ウタンの奥方と生まれて間もない娘の行方はいかに探しても知れず、(さら)ってくる事は出来なかった、と報告を受けただけだった。


真相は宦官の手配した破落戸(ならずもの)が奥方を殺してしまい、彼らもバアバと里術師たちによって始末され、その痕跡は綺麗に消されてしまったというものなのだが、ウタンの事だからこちらが分からない所へ身内を隠してしまったのだとミクズは思い込んでいた。


失敗した宦官を処刑した後はこの方法を諦め、これらの事は忘れてしまったミクズ。


だが、この拉致計画の為にウタンの娘ナアハが田舎の蠱術師に育てられる事になり、教え込まれた蠱術で造蠱した鼠蠱が神をその身に降ろしてミクズを追い詰める事になるという皮肉を、勿論その時のミクズは知る由もなかった。


その後もウタンを味方に引き入れようと色々とやってはみたが(ことごと)く失敗した。


ならば消せるかというとそれも出来ずにいたが、ウタン自ら地方行きを願い出たので、よい厄介払いができた、と思っていたところだった。


(でも、あの用心深い男がこんな直接的な行動に出るなんて……)


よほどの下準備が為されているのだろう。


という事は今頃、


(宮廷も攻め込まれているわね)


自分等に取り入って地位を確かな物にしたつもりになっている宦官等が今までの報いを受けて殺されているだろう。


普段なら蜂起に備えて近隣に配置されている軍も、主力は南下侵攻作戦の為、すぐに戻れる場所にいない事を調べ上げた上での決行に違いない。


もしかすると、その中枢はウタンの側に寝返っているのかもしれない、いや、おそらくそうであろう。


だが、そんな事はミクズにとってどうでもよかった。


(それにしても……)


これだけの兵をどう集めていたのだろう?


(……そうか。辺境の封地におとなしく引き下がったのはこのためだったのね。厄介払をしたつもりが、力を蓄える手助けをしてしまうなんて)


と気づいたが、もう遅い。


だがこれで、この国は滅びて新しくなるのだ。


自分の目的が果たせるのならそれでよい、が、ただ殺されるのも面白くはない。


(新しい為政者としての力を示してみなさいよ。私を倒せぬくらいならその資格はないわよ)


ミクズは広げた扇子をバッと前へ振った。


それに合わせ、彼女の前に並んでいた兵が、向かってくるウタン達へとのそのそと歩き出した。

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