其卌柒
「神降ろし!」
まさか鼠蠱がそんな秘技を使ってみせるとは思いもしなかったミクズ。
鼠に降りた神は、腕の一振りだけで兵を無力化した。
「素晴らしいわ!」
あの力があれば無敵ではないか。
何としてでも手に入れたい。
が、あれには流石に勝てない。
しかし、
(あれだけの力、いつまでも続くはずもないわ。弱って消えかかったところを……)
そう考えニィッと笑ったミクズは歩き出す。
オオクニヌシは近付いてきたミクズへと振り返ると、
「ほう、お主はかなり力があるな。だが、その力は、悲しすぎる」
ずばり言い切った。
「! ……さすがに神様は……何でもお見通しなのね」
言葉では感心してみせるが、ミクズの顔には顰が見える。
(私を、悲しい、ですって? ……許せないわ)
殺してやりたいが力量差がありすぎる。
しかし、その力が急速に薄れつつあるのも感じられた。
「この世界にとどまっていられない癖して、そんなふうに偉そうにしてよいのかしら? せっかく助けたその少女は私がなぶり殺してあげるわ」
憐憫を一方的に侮辱と受け取ったミクズは、その精一杯の仕返しをしてみるが、オオクニヌシは表情を一切揺らしもせず、すっと片手を上げミクズを指差した。
それだけでミクズは動けなくなる。
少女を殺す、だのと余計な事を言って怒らせてしまったのかと思ったが、そうではなかった。
オオクニヌシは憐れむような目で、
「確かに我は、これで消えるがな……」
パシュッ
指先から何かが放たれ、ミクズの胸を貫いた。
(何?)
近付きながら気を練り上げ、防御力は最大にまで高めてある。
操気術が使える狐蠱を取り込み、その術を己の物としてから更に磨きをかけてきた。
如何に神であろうとも消える寸前の弱った力ではこれをどうにも出来ないと信じたいし、実際どこも痛くも痒くもない。
では今のは何であったのか?
それは分からないがミクズは胸の奥にゾワリとする何かを感じた。
だが、そんな事よりも、憐れみの視線を向けられた事がミクズには許せなかった。
ふざけるな、と怒鳴りつけてやりたかったが、やはり声も出せない。
「この少女と、その鼠蠱を、そして彼女らの力と縁を、あまり甘く見ない事だな」
それだけ言い残すと、オオクニヌシは天に還った。
「な、何よ、それ!」
神からの重圧がなくなり動けるようになったミクズは、自分がいつの間にか汗でぐっしょりと濡れ、地に膝を付いていた事に気付いた。
(私が、……恐れていたというの?)
「ふ、ふざけないでっ!」
言いたい事だけ一方的に言って、あんな目で私を見ておいて……
消えてしまった異国の神に激怒したミクズ。
八つ当たりでしかないが、それを降ろした少女と鼠をなぶり殺しにしてやろう、と立ち上がろうとした時、
ドオンッ!
大きな破壊音が響いた。
ドガァン! ダアンッ!
その音は四方でする。
それに続いてワーッという喚声が聞こえて来た。
「何事!?」
後から付いてきたシリガイ達もキョロキョロと見回している。
「なんて事! 壁が……」
ミクズには、この離宮の壁に仕掛けた造蠱咒式の咒力が大気へと散ってゆくのが見えていた。
まさかこんな事になるとは、としばし呆然と空を見上げる。
「ミクズよ……」
シリガイの呼びかけでハッと我に返ったミクズ。
せっかく苦労して仕掛けたものを……それもこれも、あいつらのせいだ、こうなった以上どうあっても奴らだけは潰してやろう、と見ると少女は既に仲間に担がれ遠くまで逃げており、外から傾れ込んできた兵と合流してしまった。
「な、何だ?! 反乱か? 戈をもてぇッ!」
闖入してきた兵を見てシリガイが武器を要求するが、朝から呑んでいるのだ。
足元は覚束ない。
付添う宦官にミクズが、
「陛下を安全なところへ、速く!」
と命じる。
「皇后様は……」
「私の心配が必要だと思うの?」
ジロリと見られて竦み上がった宦官達はシリガイを両脇から抱え、離宮の主屋へと逃げる様に引き下がってゆく。
「ミ、ミクズゥ〜ッ! 離さんか、予はミクズを守るぞ!」
宦官を振り解き戻ってくるシリガイを、
「陛下、私は後から行きますから。 言うとおりにしてくださいませ」
ミクズがそう言って頬を撫でると嘘のように大人しくなり、
「うむ、待っておるぞ」
今度こそ宦官達に運ばれていった。
その後ろ姿を、困った子ね、といった顔で見送ったミクズが、
(兵が必要ね)
両腕を下向きに広げると、袂や裾から何かがボタボタと落ちだした。
それらは地面でグリュグリュと何かを探すようにしたかと思うと、手近な死体や、気絶した者に向かって蠕動を始めるのだった。




