其卌肆
「貴方様は!?」
引き合わされた男にセタは仰天した。
しかも、
「初めまして、ではなかったな。以前、会った事がある」
「お、覚えておいでですか?!」
男がセタを覚えていた事に更に驚いた。
自分のような一介の行商人、たまたま商取引上の都合でほんの少し言葉を交わしただけの相手なのに覚えているとは信じられなかった。
「うむ。で、セタ殿は、なんでも略印の主を探しているとか」
「は、はい」
セタは思い出したように産着を取り出して見せる。
「これは?」
男に問われ、バアバから聞いていた経緯を話すと、
「そうであったか……」
男はしばし瞑目し、そして目を開けるとセタを真っ直ぐ見て、
「これをここまで持ってきてくれた事に心からの礼を言わせてほしい。ありがとう。確かにこの略印は我が家の物だ。 ……話しの殺された貴族の女とは、我が亡き妻、そして赤子は我が娘であろう」
そうはっきりと言った。
行方の分からなくなった妻と娘をだいぶ探したが、殺しの現場の形跡を里術師達が綺麗に隠してしまっていたので見つけられなかったらしい。
十年という間の男の苦悩はありありと窺えたが、それを表に出すまいとしている事が却って痛ましかった。
だが男は、自分の事よりセタがさぞ不審に思っているだろうと、なぜセタをこうも都合よく救出できたのかの訳を説明した。
「あそこの飯店は、私の息のかかった者達が運営するものでな、都の動向を探る拠点となっていたのだよ。だから店の者も我が家の略印を見知っていたのだ」
「そういう事だったのですか……」
セタは自分の幸運に感謝した。
男が更に、何故ナアハの母についてをセタに話そうとした時、扉が敲かれる。
「入れ」
「失礼します」
入ってきたのは一見どこにでもいる街の者のような出で立ちだったが、かなりの訓練を受けているとセタは見て取った。
おそらく間者働きをする者なのだろう。
「どうした?」
「報せが上がりました。離宮です」
セタには何を話しているのか分からないが、聞き逃せない言葉が出たので、
「離宮?」
と思わず繰り返すと、
「そういえば、セタ殿も離宮に向かおうとして襲撃されたのだったな?」
男に問われ、
「そうです。今、ナアハは離宮にいるはずなのです」
「そうであったか……。これもめぐり合わせというものなのかもしれぬ。私には決行せねばならぬ理由がもう一つ出来た」
そう言って男は、
「すぐに手はず通りに」
短く指示を出した。
そしてセタには、
「これからやる事は命懸けになる。だが国家の命運を分ける大事でもある。どうだ、一緒に参るか?」
と尋ねるので、
「お供いたします」
セタは即答した。
危険であるか等どうでもいい。
この方に付き従い、この方の言う国家の大事のために自分が何か出来るのであれば、セタに否はなかった。
「あっ、馬鹿野郎! なんて事してくれたんだ!」
フカオは大いに慌てた。
猿蠱の主を捕まえて解毒法を聞き出そうと思ったのに、ネネオが殺してしまった。
フカオに怒鳴りつけられたネネオは、
「オデは、バカじゃないぃ!」
潰された顔で仁王立ちになっている。
彼も咒に囚われ、わけも分からず混乱して暴力的になっているようだが、無駄に争っている時間などない。
「おい、お前の知り合いが向こうで倒れているじゃないか。放っておいていいのか?」
あの女はもう死んでいて何をしても無駄なのは分かっているフカオだが、ネネオをこの場から追い払うためにそう言ってみると、
「あ、ぞ、ぞうだった」
ドタドタとチェナカの遺体へと走っていった。
蝦蟇蠱も潰れた体でずるずると付き従う。
他の蠱術師は蝦蟇蠱に止めを刺す絶好の機会だがネネオの不可解な強靭さに恐れを成して近寄れないでいる。
フカオは大将に、自分達に近寄ろうとする蠱も術師も容赦なくやってしまえ、と命じておいて、急いで猿蠱の術師の持ち物を拾い、チトサとイサのところへ持って戻る。
「どうだ? 何か使える物があるか?」
二人は渡された物を確認するが、イサが無言で首を振った。
「クソッ、どうする? このままじゃ……」
死んでしまうのではないか、とフカオが言いかけた時、
カプッ
「おい、ネズミちゃん! 何してんだよ?!」
ちゅうがナアハの投げ出されている左手首に噛み付いた。




