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蠱術師ナアハと鼠蠱の"ちゅう"  作者: 岩佐茂一郎
40/57

其卌

ベタンッ


跳び出したのは大蝦蟇の蠱。


「蝦蟇蠱かよ!」


今度はフカオが慌てる番だった。


蜈蚣蠱と蝦蟇蠱。


これも明闘で不利と言われる典型的な組み合わせだ。


もちろん不利なのは蜈蚣蠱。


蠱になって蝦蟇蠱が使えるようになる背から分泌される毒油が蜈蚣蠱の呼吸穴を塞ぐ為だ。


ネネオの蝦蟇蠱は主に似て、鈍重そうだがかなり大きく、その分、油の分泌量も多いはずだ。


これはいけない。


他の蠱術師と蠱も四人を囲む輪を縮め始めた。


これもいけない。


ノシノシと近づいてくる蝦蟇蠱には、フカオの蜈蚣蠱はもちろん、イサの蜂蠱も相性が悪い。


チトサの蝙蝠は闘いに向かないとなると、残るは……


《我が出る!》


ちゅうがナアハの前から躍り出て、


カッ


気弾を放つと、


ブヨッ


蝦蟇蠱の横っ面に命中した。


が、気は水をよく伝う。


蝦蟇蠱の体を分厚く覆う粘膜に気弾は散ってしまった。


それでも痛かったようで、


ガエエエェ


低く唸る蝦蟇蠱は、クルリと回れ右をして帰っていこうとする。


「な、何してるんだい! 戻らせるんじゃないよ!」


チェナカがネネオの背を平手で叩いて、なんとかしろと急かす。


「ぶ、ぶたないでおくでよ〜。 オデがぶたれるじゃないか! もどってくるなよぉ」


蝦蟇に再び攻撃命令を出すネネオ。


主の命令でも痛いのは嫌だし、、、と大蝦蟇はその場で逡巡(しゅんじゅん)して動かなくなってしまった。


その様子を見ていた他の蠱術師達は、やっとあの鼠蠱はただの鼠蠱ではない、虎蠱はまぐれで倒せるような物ではない、と気付き、襲いかかる機会を逸してしまう。


「もう残りも少ないし、今ならいいんじゃない?」


ナアハがフカオにもういいのではないのか、というのはこの空間が造蠱の為の物だと話して闘いをやめさせる、という事だった。


ナアハの前に立つフカオは少しだけ振り返ってチラリとナアハを見ると、


「無駄だよ、ナアハちゃん。まあ、試しに話してみたらいい」


意味有りげにそう言うとチェナカ達へ視線を戻す。


どういう事だかナアハには分からないが、試していいのなら、と一歩出て、


「ねえ、聞いて。私達、闘わされているのよ。ここは造蠱の空間なの」


そう言ってみるが、


「何を今更。そんな事みんな承知しているわよ」


というチェナカの応え。


「え!」


知ってて殺し合いをしているのか? とナアハは絶句してしまう。


「見ろよ。ナアハちゃん」


フカオが高楼を見るように顎で示す。


ナアハが見上げると、皇帝と王妃、そして宦官や侍女のような出で立ちの者等が此方を見下ろしている。


「ずっと、ああして見物してるだろ? って事は、もう率先して闘ってる奴らしか残ってねえって事なんじゃねえのか?」


周りの蠱術師も先程のナアハの言葉に驚く様子がないのは、やはり知っている、知りながら勝ち残って蠱になろうとしている、という事だ。


「そ、そんな! みんなは自分と蠱が兵器にされて戦争で沢山、他の国の人を殺すのに使われてもいいの!?」


ナアハは叫ぶが、


「お前は何を言っているんだ? このガキめ。お前だって虎蠱に主を殺させて、虎蠱も殺したじゃないか」


チェナカがナアハのしたことを責め立てる。


もちろん自分の事は棚に上げて、だ。


「そんな! 人を食べさせるような蠱術師をやっつけるのと、戦争は違うじゃない!」


「いいや、違わないね。どちらも同じ殺しさ」


「でも! 蠱術師も一緒に蠱にしようとしているのよ!」


「それがどうした? 何が悪いんだい? 蠱にされるのが悪いと言うなら、その鼠はお前に蠱にされたから不幸という事になるわね」


と言い返すチェナカ。


ムッとなってナアハは、


「私の蠱になるのと、国の戦争道具になるのは違うじゃない! 他の国を攻めて、略奪して、足りないお金をどうにかするんだって言ってたもん! そんなの駄目でしょ!」


激昂し感情的になってしまっているナアハにチェナカは冷笑を浴びせ、


「それがどうしたって言ってるのよ。馬鹿な小娘だね。この世の理は弱肉強食。我々蠱術師がそれを一番よく知っているだろう? 造蠱した時点でお前は侵略を批判する資格なんて失っているのよ」


屁理屈でナアハを丸めこもうとしている。


何を言ってもこの人は自分が正しいと主張するだろう、と感じたナアハは遣り場のない怒りに頭の中が真っ白になった。


本当に怖いのは蠱術なんかじゃない。


人の心の方がよっぽど醜く恐ろしい。


それがバアバの口癖でナアハは蠱術を教わる時に何度も聞いたものだ。


だからその醜い心で蠱術を使うようになっちゃいかん、というのがバアバの教えだ。


たが目の前の女は、その醜さを正当化し蠱術を悪事に使うのに躊躇(ちゅうちょ)しない、バアバとは正反対の蠱術師だった。


許せないが、子供であるナアハが舌戦で彼女に敵うはずもなく、悔しさでいっぱいになり言葉に詰まったその時、その場にいる者の頭の中で声が響いた。

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