其丗玖
「あ、来るわ」
ナアハが笑い、ちゅうがムッとし、フカオ達三人がどう反応していいやら困惑しているその時、チトサの蝙蝠が彼女に何かを報せた。
「あっちよ」
チトサが指す先は、此方を睨みながら橋を渡る蠱術師だった。
まだ涙まで流して笑っているナアハに、
「おいおい、オナラごっこなんてしてる場合じゃねえぞ。何かに追われてたんじゃねえのかよ?」
フカオが注意を促すと、
「そうだった。あの蛇蠱、ネズミちゃんを食べようとしたのよ!」
ナアハは思い出したように怒り出す。
蠱術師の隣では川から這い上がった白蛇が鎌首を擡げてこちらを窺っていた。
その主であろう蠱術師は、自分の蠱である白蛇と合わせたのか、白ずくめの服を着ている。
お世辞にも似合っているとは言えないところが残念だが、本人は気に入っているらしくそれを誇るように大げさな仕草で裾を捌いて歩く様子が更に残念さを増していた。
その女は、
「信じられないけれど、その鼠蠱が本当に虎蠱を倒したようね」
敵意むき出しにしている。
彼女だけではない。
周りで様子を窺っていたらしい蠱術師やその蠱達も、この区域に集まり始めた。
もうそれほど数は残っていない。
残ってはいないが、四人を取り囲むには十分だった。
「何だテメエ等、虎が怖くて逃げてた癖に、それが死んだら湧いて出てきたってかよ?」
フカオがナアハらを庇うように立って、四人を囲もうとしている蠱術師達を牽制し、ナアハたちには、
「コイツ等、ネズミちゃんを討ち取って、ネズミちゃんが取り込んだ虎蠱の力を手に入れようって魂胆だぜ」
と警戒を促す。
白蛇の主は、
「正直、虎蠱には勝ち目がないと思っていたけどね、鼠とは都合がいいわ」
悦に入ってニヤついている。
自然界で蛇は鼠を捕食するのだから恐るに足りずと見るのも当然かもしれないが、その鼠が虎に勝った異常さをなんとも思わないのだろうか? とフカオは疑問に思った。
そんなフカオの疑問を知ってか知らずか、白蛇蠱の主が、
「鼠が虎に勝つなんてまぐれでしかないのだから、おとなしく殺されて力を渡しなさい。苦しまないですむ毒で殺してあげるから」
そんな勝手をほざいている。
主に呼応したのか白蛇蠱は、シューッという音とともに、首周りの幕を広げ威嚇した。
「眼鏡王蛇の白子」
イサがボソッと言う。
蠱は珍しいほど力が強い。
キングコブラのアルビノともなればそれなりに強いだろうし、そうだからこそ、ここまで勝ち残ったのだろう。
であれば殺した蠱の力を取り込んで更に強くなっているはずだ。
だが、
「へっ、鼠の天敵が蛇だってんならな、蛇にだって天敵がいんだろうがよ」
忘れてもらっちゃ困るぜ、とフカオがクイッと指で合図すると叢から大将が頭を出した。
「蜈蚣!」
白蛇蠱の主は慌てる。
明闘には明らかに不利な組み合わせというものがある。
自然界で天敵関係にある物は言を俟たないが、蠱になると何故かその関係になるものもあり蛇蠱と蜈蚣蠱はまさにそれの代表だった。
蛇蠱が蜈蚣蠱を頭から飲み込むと尾の鋏で胴を切られ、尾から飲み込んでも口の鋏で胴を切られる。
かと言って締め付けるには細長過ぎてうまくいかず、無理やりやればやはり頭か尾のどちらかで切られてしまう。
蛇蠱は蜈蚣蠱に対して攻めようがなく勝てない。
だが、
「ネネオ!」
女が呼ぶと後ろから、図体の大きな男が、
「あーい」
抜けた声で返事をして、のそのそと出てきた。
「さっさと歩きな!」
女は手を上げて打つ仕草をすると、
「あぁ〜、チェナカ〜、ぶたないでおくれよぉ」
頭を抱えて怯えてみせる。
「このウスノロ! 打たれたくなかったらあの蜈蚣を殺るんだよ!」
チェナカと呼ばれた女は、大男にフカオの大将を倒すように命じている。
「あーい」
いつもの事なのか、素直に従うネネオ。
ドスドスと大将に向かって走り出した。
「あ、バカ! お前が向かってってどうするんだよ! 蠱を使いな!」
チェナカが呼び止めると、
「あ〜、そっか〜」
立ち止まって自分の蠱に、
「いけー」
と命じた。