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蠱術師ナアハと鼠蠱の"ちゅう"  作者: 岩佐茂一郎
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其丗捌

《ちゅう! 飛ぶのよ!》


この距離でも念話がとどく。


虎蠱を倒しお互い急成長した結果のようだ、が、


《我が主よ、飛ぶなどと無茶を言うな》


いくら成長したとはいえ、それは出来ない相談だ。


《鳥みたく飛ぶんじゃないの! 操気術よ》


精度の高まった念話の言葉には像も乗る。


《なるほど!》


ナアハの言わんとした事を理解したちゅうは、それを実行した。


バフッ


噴射するように水面(みなも)から飛び上がるちゅう。


その真下を、口を開けた白蛇が通り過ぎてゆく。


間一髪だった。


チャプン


再び着水したちゅうは、白蛇が攻撃失敗に気付いて反転してくる前に岸へと向かう。


飛び出して蛇を避ける事が出来たのは、尻から気を噴出させ体を浮かせたからだった。


気の伝わりも伝達効率も空気中よりよい水の中だから出来た技だ。


この尻からの気の放出で泳ぐよりも速く岸に上がれたちゅうが振り返ると、白蛇はやっとちゅうに逃げられたと気付き同じ様に岸に上がろうと頭を巡らせていた。


大きく体を振って水を払ったちゅうは、急いでナアハたちの方へと戻る。


《我が主よ、助かった》


「間に合ってよかったわ」


《うむ、だがあれは、なるべく使いたくないな》


「何で?」


《あれではまるで、凄まじい放屁(ほうひ)だ》


「……」


今、命を狙われ危ないところだったというのにちゅうがそんな事を言っている。


まさか自分の蠱がそんな軽口をたたくようになったのか、とナアハは反応に困ったが、どうやらちゅうは大真面目に言っているらしい。


それはそれで面白すぎて、


「アハハハハッ」


鼻血を出してグッタリしていたのに、突然立ち上がって川の方へと走り出したナアハが、今度は出し抜けに大笑いし始めたので、フカオ達は面食らって顔を見合わせた。


笑いすぎて涙を拭いているナアハの肩に、向こうからかけてきたちゅうが飛び乗る。


心做(こころな)しかその顔が何だか不本意そうにしているように三人には見えた。


その理由は直ぐに分かる。


三人に振り返ったナアハが告げ口する様に、


「聞いて。ネズミちゃんったら、操気で飛び上がるのをオナラみたいって言うのよ」


思い出してまた笑い始めた。


この年にして虎蠱を倒すほどの鼠蠱を造った常識外れの蠱術師だが、やはりまだ子供なのだ。


オナラを面白がる年相応の一面に三人の顔は(ほころ)ぶが、それも直ぐに凍りつく。


《そこまで笑う事はないと思わぬか?》


ちゅうの抗議の念話が、三人に届いた。


「ネ、ネズミちゃん……今、俺たちに、念話とばしたか?」


《うむ、送ったぞ。今も聞こえておるだろ? そんな事より見るのだ。これは屁のようだとは思わぬか?》


そう言って、ナアハの肩から降りると、前足を付けずに人が胡座(あぐら)をかくように座ったちゅう。


地面に向かって気を放って見せる。


ブッという音とともに草が揺れてちゅうの体が少しだけ浮いた。


「ほんとだ〜! すごいオナラ〜」


ナアハがそれを見てお腹を抱えて笑っている。


ちゅうはちゅうで、


《我が主よ、笑うでない。これは本当の屁ではないのだぞ》


抗議してまたブッとやる。


ナアハは、お腹痛い〜やめて〜、と更に笑うが、ちゅうは、


《うむ、陸ではこれしか浮けぬのだな》


何やら研究熱心な様子。


主である術師以外に念話を届かせた事については華麗に素通りされてしまった。


ナアハとネズミちゃんにとっては取り上げるほどの事、少なくともオナラより重要な事ではないらしい。


「あは、あははは」


三人はナアハが笑うネズミちゃんのオナラにではなく、彼女とその蠱の規格外ぶりに乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

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