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蠱術師ナアハと鼠蠱の"ちゅう"  作者: 岩佐茂一郎
33/57

其丗參

炮烙の刑。


シリガイが後々まで悪名を残す事になる刑罰。


それはこういう物だった。


よく磨いた銅の柱に油を塗り、それを地面に敷き詰めた赤々と焼ける炭火の上にかけ熱して罪人を渡らせる。

罪人は油で足を滑らせたり柱の熱さで転んだりする。

下は赤々と燃え上がる炭なので落ちれば当然、あっという間に焼け死ぬ。

かろうじて銅柱にしがみつき落下を免れたとしても、その銅柱も熱せられて熱いので、ずっと抱きついていればやはり焼け死に、耐えられずに手を放しても勿論、焼け死ぬ。

なんとかよじ登って渡りきれば免罪される事になっている……が、勿論、渡りきれる者等、一人もいなかった。


あまりの残酷さに、左遷され都を離れる前のウタンがやめるように何度も懇願した。


しかしウタンの願いは、ミクズがこれを笑った事に気を良くしていたシリガイの機嫌を損ねただけだった。


ただし、罪人の必死の形相をミクズが面白がったというのはシリガイ達の勘違いでしかない。


ついこの間まで異民族の娘でしかなかった自分を楽しませようと、天下の皇帝様がこんな呆れた刑罰を自ら考え、実行している。


その馬鹿さ加減に笑わずにいられなかっただけだ。


だが、ミクズはこのときに気付いた。


周りの国を併呑しその犠牲の上に成り立つ繁栄を享受するこの国と、自分を差し出して安寧(あんねい)を図ろうとした同族達への復讐として悪女になりきるのも悪くない、と。


悪女になってこの国を滅びるまでメチャクチャにし、そうやって残した悪名で同族の身の置き所等この世に未来永劫なくなるようにしてやろう。


これが私の復讐。


そう思うと笑いがこみ上げ、止まらなかっただけなのだ。


あの時以来かもしれない、これだけ声をあげて笑ったのは。


「ホホホホ、陛下、見せてもらいましょう。窮鼠(きゅうそ)が虎にも噛みつけるかどうかを」


きっとあの鼠は存在などしていなかったかの様に潰され、その主であるあの少女も生きながら肝を喰われる事になるだろうが、仕方ない。


造蠱の(にえ)とはそうしたものだ。


一瞬でいつもの冷めた心持ちに戻るミクズだが、何故だかあの鼠に感ずるものがあり胸の辺りがぞわ付くのだった。




「何言ってんだ! ありゃあ駄目だ!」


強くなったから大丈夫、などと正気とは思えぬ事を言って出ていくナアハを、フカオが今度は大声で引き止めた。


普通の蠱なら術者を気絶させればおとなしくなるが、もうあの虎は人を喰っていてどう暴走するか分からない。


(かえ)って手が付けられなくなるかもしれないので術者を狙う方法は使えない。


そんなフカオ達の説得等、(はな)っから聞いちゃいないナアハは、


「でも、あんなの私、許せない」


それだけ言うと、もう止まりもせずに、ずんずん歩いていってしまう。


ナアハがこんなに強情だとは思いもしなかった三人は大いに焦り、


「どうするよ?」


「どうするって、見捨てるわけにもいかないでしょ」


「だよな。しゃあねえ! イサ、虎を刺せるか?」


「刺せるけど……きっと利かない」


「何も一発で仕留めろってんじゃねえんだよ。動きを止めるか、じゃなかったら気を逸らせるだけでもいい」


「……やってみる」


「よし。チトサは何が出来る?」


「これをふりかけさせるわ」


取り出した小袋を掴んで飛んでいく蝙蝠蠱。


「いいだろう。イサはどっからやる?」


「ここから、やる」


「そうかい。じゃあ、俺は行くぜ。 大将!」


フカオは自分の蜈蚣蠱と茂み伝いに回り込んで背後から隙きを狙う事にした。




《ちゅう、行くわよ》


キユの鶏蠱を始め先程来、何体かの蠱を倒した事によって湧いてきた力に、ナアハは戸惑いを覚えていた。


力を取り込むたびに、


《殺せ》


そう体の奥から響いてくる声がどんどん強くなる。


これは造蠱の術式による"咒"だ。


だから飲まれてはいけない、と(こら)えていたところに、傍若無人な虎蠱使いの振る舞いを見せられてナアハの中で何かが弾けた。


それが、子供の自分でも我慢しているのにいい大人が何をしているのだ、と言う不満だとしたらナアハの未熟は(そし)られるべきものなのだろうか?


理由が何であれ、ナアハの怒りは今、虎蠱を殺戮者にしてしまったあの蠱術師に向かっている。


その虎蠱使いは進み出てきたナアハを見て、


「なんだぁ? おい、チビ! 今度はお前が喰われようってか?」


まだ子供である事に大笑いし、


「子供の肉は柔らかで美味えからな、俺も喰うとするか! ギャハハハッ!」


冗談とも本気ともつかぬ事を言って更に高笑いした。


跳びかかる体勢にはいったちゅうが、


《我が主よ、危ないぞ。下がっているのだ》


横に立つ主を気遣うが、


《いいえ。ちゅう、相手は虎蠱よ、いくら何でも正面から当たれば危ないわ。私に考えがあるの》


今まで闘いに関する助言などしてこなかったナアハがそんな事を言うので、ちゅうは主の顔を見上げた。


《あの虎蠱の眉間少し上の窪み、分かるでしょ?》


一瞬ちゅうを見てすぐに虎蠱と蠱術師に視線を戻すナアハ。


《少しでいいの、そこに出血するくらいの傷を付けられる?》


よく分からないが、


《うむ、やってみよう》


我が主が言うのであれば、と、ちゅうは駆け出した。

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