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蠱術師ナアハと鼠蠱の"ちゅう"  作者: 岩佐茂一郎
30/57

其丗

茂み伝いに四人が移動すると、何人かの蠱術師と行き合う。


隠れてやり過ごそうとしている者もいれば、隠れたところから攻撃してくる者もいた。


前者なら状況を話し、このまま隠れている様に言って別れるが、後者ならチトサの蝙蝠が前もって知らせるので、奇襲を許さず上手く対処できた。


応戦するのは(ほぼ)、ちゅうだ。


ちゅうが蠱と闘っている間にその主をイサの蜂かフカオの蜈蚣で眠らせる、という流れが出来上がっている。


大概は蠱術師を眠らせる前に、ちゅうが相手の蠱を倒してしまう。


「ネズミちゃんは……本当に鼠蠱なのか? あの強さはおかしいだろ」


フカオが訝しがるのも無理はない。


鼠蠱は弱い。


それは蠱術師共通の認識・常識でチトサとイサも同意見だった。


「ここの造蠱の仕掛けで更に強くなっているんじゃない?」


チトサに尋ねられ、


「うん。私もそんな気がする」


ちゅうが蠱を倒す度にナアハにも、あの鳩尾(みぞおち)が持ち上がるような感じがあるので、その事は実感していた。


それは蠱が蠱を倒したときにしか起きない現象だった。


蠱が術者を行動不能にしても起きない。


イサやフカオの蠱はもう何人も術師を眠らせているがナアハの感じたような変化は起きていなかった。


一人、剣で切りかかってきた者の足を蜈蚣蠱(ごこうこ)が切り落とし失血死させた。


が、その時も何も起きなかったので、蠱が術者を殺しても起きないとわかった。


「咒式の付け替えみたいなものなのかしら?」


こんなときだが蠱術師としての探究心がチトサに考察させる。


蠱を更に造蠱するなどというのは誰も聞いた事がない。


何か独自の咒式という事は分かるが、


「どんなものだろうと、俺らが手を出せるようなもんじゃねえのは確かだぜ。考えるだけ無駄さ」


これだけの規模だ。


咒式を組むのにかなりの(にえ)を必要とするはず、というのがフカオの推測。


そしてその贄とは、


「きっと、人だぜ」


だから自分で使えもしないこんな咒式を読み解いたところで無駄だ、と結論づけた。


フカオの推測には説得力があり誰も反論しようとはしなかった。


《見ろ》


ちゅうからの念話にナアハが見上げると、高楼にあの二人がまた顔を出していた。


さらにちゅうはこう続けた。


《我が主よ、やはりあの女、何かおかしいぞ。あれは……人族なのか?》




「おお、やっておるな」


シリガイが高楼から見下ろすと、庭園の至るところで戦いが繰り広げられていた。


蠱であった生き物の死骸や、蠱を失って射抜かれた蠱術師の遺体が地や小川を赤く染めている。


「やっと半分以下になりましたわ。ここからは強者同士の闘い。さぞかし見応えがありましょう」


シリガイの杯に新たに酒を注いで、自分も庭園を見渡したミクズ。


無邪気に闘いを喜んでいるシリガイを横目でちらりと見る。


五十路(いそじ)を少し越え、髪や鬢は黒いところのほうが少なくなっていた。


体もだらしなくなっていて、日頃の不摂生が(たた)って肌も色艶が悪い。


ミクズが初めて会った十年前のシリガイは壮年、男盛りという言葉がふさわしい風貌だった。


この国を建国以来の最大版図(はんと)にまで広げた名君の面影はもう、ない。


(もっと)も、名君というのはこの国の民にとっての話だ。


異民族であり武力によって併呑(へいどん)された属州の民にしてみれば怨嗟の対象でしかない。


ミクズの父も皇帝暗殺が目的でミクズを献上した。


若い、いや幼いと言ってもいいミクズにとって、父の仕様は理解出来るものではなかった。


自分は父にとって道具でしかないのか、と父を恨んだものだ。


後宮に上がり、初めて会ったシリガイのいやらしい目と、その夜の(おぞ)ましさ。


それに震えて耐えるしかできないミクズには、渡されていた毒をシリガイに盛る事など到底出来る事ではなかった。


そしてミクズは全てを諦めた。


自分の命さえも。


だから、シリガイに飲ませろ、と渡されていた毒を……(あお)った。


それによって彼女の運命は、大きく変わる。


包に入っていたのは、小さな小さな丸薬だった。


周りは玻璃(はり)のように透ける薄く美しい(ひだ)で覆われている。


が、その中心からは何か禍々しい気が発っせられていた。


(これが毒なの?)


ミクズはその粒を摘まみ上げてしげしげと眺める。


父からは、


「誰にも気付かれぬようにこれを皇帝に飲ませるのだ。よいか、一族の命運が(・・・・・・)掛かっている(・・・・・・)のだ。決して失敗するなよ」


そう言い付かっている。


それ以外の詳しい話は何も聞いていない。


(バレないようにこんな物を飲ませるなんで、出来るわけないじゃない)


ミクズは一人、愚痴をこぼす。


シリガイの周りには常に誰かしらの目が光っておりミクズが何かをする隙きなど微塵もなかった。


どうせ父の意に沿うようにするつもりもない。


もう何もかもどうでもいいのだ。


死ぬときまで痛い思いをするのも嫌なので自刃(じじん)はしたくないし、そもそも刃物からは遠ざけられている。


首を吊る事もできようがせっかく毒が手元にあるのだ。


これを飲むのが手っ取り早い。


摘んでいたそれを衝動的に飲み込んだミクズ。


何の味もしない。


少し待っても苦しみも何もやって来ない。


一刻以上経ったが何も起きやしなかった。


(? あれって、毒じゃなかったの?)


そういえば、父は毒だとは一言も言っていなかった。


拍子抜けしたミクズは、死のうとした事が急に馬鹿らしくなってきた。


(どうして私が死ななきゃいけないのよ)


そんなふうに思ったときミクズは唐突に、気を失った。

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