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蠱術師ナアハと鼠蠱の"ちゅう"  作者: 岩佐茂一郎
3/57

其參

周りに生き物の気配がなくなると、鼠は次第に冷静さを取り戻していく。


高揚感は相変わらずだったが、それは先程までのはち切れんばかりの苦しさと紙一重の物ではなく、心地よいそれに変わっていた。


ここで鼠は気付く。


(見えるぞ?)


今までは全くの暗闇で視界零だったが、何故か見えるようになっている。


光がないのは同じであるのにも係わらず、だ。


それだけではない。


これまでの鼠は、明るい所ですらぼんやりとした像しか見えていなかったのに、今は細部に(わた)ってはっきりと見えている。


(何が……おきたのだ?)


その変わりように戸惑うが、はっきりしたのは視覚だけではない。


思考もより複雑になった自覚があった。


 感じる(・・・)が、考える(・・・)に変わったのだ。


だが、そのより高度になった思考を以てしても自分に何が起きたのかを理解する事は出来なかった。


考える事に慣れていない鼠は考え続けるのを止め、現状把握に努める事にした。


ここは甕状の空間だった。


だが鼠が見た事のあるどの甕よりも大きく、人族の大人が立って入れるほどもある。


本物の甕ではなく、そんな形をしただけの空間なのかもしれない。


壁に爪を立ててみるが傷すら付かなかった。


今までの鼠ではない。


変化(・・)によって得たその力を以てしても、だ。


(何だ? 硬くて削れないのではないな……)


壁に不思議な力で何かが施されていて、自分(・・)には壊せないようになっていると直感した。


穴を開けて外に出るのは諦めねばならないようだ。


ならば天井まで登れるかというと壁は途中から反り返り、上へ行くほどにすぼまっている。


とてもではないが登りきれない。


(跳んでみるか……)


体内に(みなぎ)る力が信じられるものならば、己の跳躍力で天井まで届く気がする。


やってみると、


ガンッ!


届きはしたが重い蓋はびくともせず、痛い目にあっただけだった。


(むうぅ……如何(いか)にすればよいのやら……)


鼠は散らかっている猫や蛇、そして毒虫等の死骸をしゃぶりながら思案するが何も良い案は浮かばない。


そうなるとやる事は、食べ続けるだけだった。


かなりの時間が経ったように思える。


光が入ってこないので時間の感覚がなくなってしまい今が昼なのか夜なのかも分からない。


一緒に入れられた生き物は鼠が髄までしゃぶり尽くしたので中は至って清潔だった。


……鼠自身が出す排泄物さえなければ。


おかしな事に何も食べなくとも出る物(・・・)は出る。


何なら普段より多いくらいだ。


自分の出した物ではあるが悪臭に辟易した鼠がこれを埋めようと床を掘ると、掘れる。


壁には文字通り歯が立たなかったのにこれはどういうことだろう? このまま堀り進めばどこかに出られるかもしれぬ、と、淡い期待を抱いたが、ある程度の深さで壁と同じ不思議な硬さにぶつかった。


脱出は叶わなかったが、排泄物を埋められるようになっただけでよしとする。


今まで豊富にあった食べ物はもう何もない。


ひもじさが鼠を襲った。


不意に天井から一条の光が差し込む。


何だ? と鼠が見上げると蓋に小さな穴が空いていた。


そこからはこちらを窺う気配がする。


その気配には覚えがあった。


自分をここに落とした人族の少女だ。


ちゅ~ぅ、と鳴いてみる。


ひもじさを訴えたつもりだが、勿論通じない。


その覗き穴は本当に小さな物で、そこからは外に出られないと下から見ても分かった。


何故覗くのだろう? と鼠が見上げていると、その穴から何かが滴ってきた。


鼠はそれが()であると一瞬で見極めを付け、床に落ちる前に反射的に口を開けて受け止めた。


濃厚な液体の風味が口内に広がる。


体中の細胞という細胞が餓えていた鼠にとって、それはまさに甘露であった。


この日からその甘露は、鼠にとっての命綱でありそして愉しみとなった。

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