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蠱術師ナアハと鼠蠱の"ちゅう"  作者: 岩佐茂一郎
23/57

其廿參

「 !! 」


目の前の突然の人の死に息を呑み硬直するナアハ。


《我が主よ、伏せろ!》


ちゅうの警告にハッとなり、その場に伏せて辺りを窺う。


我に返ると恐怖が込み上げてきて泣きそうになるナアハだが、泣いて解決しない事くらい分かっているのでぐっと(こら)えた。


《我が主よ》


ちゅうが高楼を見ろという。


そこにはもう皇后の姿はなく、数名の弓兵が庭を監視するように立っている。


姿勢を低くしたまま林の方へと急ぐナアハとちゅう。


移動しながらも、


《ちゅう、きっと蠱を失った蠱術師は殺されるのよ》


なぜそんな事をするのか分からないが、見ていると高楼の弓兵が誰彼構わず射殺(いころ)しているわけではないのは確かだった。


ナアハが小柄である事、バアバに森での気配の消し方を習っていた事、岩等の隠れられる場所が都合よく続いていた事、それらの全てが重なって他の蠱術師に挑まれたりもせず林へと逃げ込めた。


先刻皇后の合図で林に消えた兵の姿はどこにも見えない。


本当に何が何だか分からない。


こんな時にセタさんがいれば、と思うが、彼に助けを求めるには先ずここから出なくてはならず、それができそうにないから困っているのだ。


《これからどうしたらいいのかしら……?》


灌木(かんぼく)の陰に身を潜めたナアハは戦闘が続く庭園に目をやってはいるが、余りにも現実離れした事態に何も考えられなくなっていた。


《我が主よ、しっかりするのだ。いつまでもここで隠れているわけにもゆくまい》


《でも……》


どうしたらいいの、と、また同じ事を言いそうになって、ナアハは思い出した。


《そうだ! ちゅう、さっき何か変な感じがしなかった?》


ちゅうが鶏蠱(けいこ)に止めを刺した直後の違和感。


それだけではない。


ちゅうから吹き出る風のような物もナアハは感じていた。


《うむ、あれなのだが……以前、(かめ)の中でも同じような事があった》


《甕?》


造蠱甕の中で猫に止めを刺したときの感覚と同じだ、という。


《それって……》


今度はナアハが何かに気付く。


《ちゅう、確かめてみましょう!》


急に元気付いたナアハはちゅうを誘って林の中へと分け入っていった。




尾行(つけ)られては……いないかな?)


組合会館はすぐそこだ。


今度は気を配りながら歩いた。


が、急いでいた事もあり、セタは尾行(つけ)られていない自信を持てなかった。


なんとなく視線を感じるが、その出どころは見つけられない。


尾行られているかも、という疑いがそう感じさせているだけなのかもしれない。


セタは念の為、周りをもう一度見回し商会館へと入った。


受付の顔見知りに軽く挨拶する。


彼に特に変わった様子がない事には安堵しつつも気を引き締める。


問題の資料部屋へ直行し扉を開けてセタが一歩入ると管理人の男は一瞬ギョッとしたが、直ぐに取り繕って、


「おや? あの印が何だか分かったのかい?」


と声をかけてきた。


(やはりこいつだったか)


確信したセタは、何も応えず(きびす)を返した。


後ろではバタバタと男が慌てる様子、呼び止める声が聞こえてくるがセタは振り返らずに走って商会館を出る。


あの飯店の店主の言う通りだった。


理由を知りたいがそんな事でまごまごしているうちに状況はどんどどん悪くなるだろう。


身の安全を確保できる場所まで逃げるのが先だ。


だが、


(印の事で私が追われるのならナアハも危険)


彼女も連れて逃げねば御婆様(おばばさま)に合わせる顔がない。


セタはナアハと別れた役所へ向かう。


そこまでは大通り。


尾行られていてもまさかこんな人混みの中で手を出してはこないだろう。


役所前には見張り番の若い下級兵が一人立っていた。


「ちょっと聞きたいのだが、ここで集めた蠱術師達は今どこにいるのかね?」


と尋ねると、


「なんだお前は? お前に教える必要はない」


番兵は随分高圧的だ。


だが、セタにとっては好都合。


役目として真面目に秘密を守ろうとする役人の扱いは難しいが、こういう無闇矢鱈(むやみやたら)と威張りたがる(やから)の扱いは簡単だからだ。


「お務め大変ですね。終わった後の一杯はまた格別でしょう」


とセタは彼の手に何かを握らせた。


それが銀貨であると気付いた若い兵は急に態度を変え、


「よく分からないが皆、旅館に集められていったぞ」


簡単に教える。


その旅館はセタも知っている高級なものでここからさほど遠くない。


番兵が意味有りげに、


「最近一杯やっても肴まで頼む余裕がなくてな……」


などと言うのでもう一枚銀貨を握らせてやると、


「だがもうそこにもいないぞ。どこかへ馬車で移動させられた。その行き先までは知らんよ」


知る限りの全てを喋った。


もしまだ知っていればもう一枚の銀貨と交換しようとするはずだから、本当にこれきり知らないのだろう、と見切りを付けたセタは、


「ありがとう」


一応、礼を言って立ち去る。


「ああ」


とだけ応えた若い番兵は、仕事終わりの豪華な晩酌へと心を飛ばし銀貨をニマニマと見ていた。


そんな番兵を後にセタはその蠱術師達が集められたという旅館まで急ぐ。


ここで働く者は口止めされているに違いない。


高級旅館だ。


先程の若い兵のように賄賂が利いたりはしないはず。


よって、セタは最初から旅館の者に尋ねたりせずに近くの茶屋に入って茶を頼み、茶飲み話を装って訊いてみる。


「なあ、向かいの、あの高級宿、あるだろ? 集められていた蠱術師達が一斉に移動したって聞いたのだが……」


「ああ、そんな事があったね」


「どこへ行ったのかなんて、分からないよな?」


「ああ、移動先なんか知らないねえ。聞いたところで教えちゃくれないだろうし、あれは街の兵じゃなかったからねえ」


兵の出で立ちは宮廷の近衛のものだったらしい。


「ほう、そうかい。って事は、あっちに向かって行ったのかい?」


「あれ、見てなかったんじゃないのかい? そうだよ、何台も大きな兵隊さん用の馬車が来て向こうへ走っていったよ」


「そうかい」


そこまで聞けば十分だ。


美味かったよ、とお代を置いてセタは立ち上がった。


その多めのお代に、


「あれ、お客さん、釣りは……」


「いらないよ」


「まあ。またどうぞ!」


気持ちよく送り出してくれた。


これで、あの男は何を尋ねたのか? と調べる者があっても、セタに不利になるような事は言わずに誤魔化してくれるだろう。


(近衛兵が馬車で連れて去ったというのなら……)


離宮ではないか、とセタは当りを付けた。


馬車が向かったのはその離宮がある方角だ。


(だが、広大な敷地だと聞くぞ。そこに入れられてしまったのなら連れ出すのは難しいな……)


ともかく行ってみるしかない。


連れ出すのが無理そうならその足で都を一旦離れればいいだけの事だ。


御婆様(おばばさま)にはありのままを報告するしかない。


そんな事を考えながら大門を出て、離宮へ向かってセタが早足に進むと人の数も減ってきた。


後ろを見ても尾行(つけ)られている様子は……あった。


少し離れて二人の男が連れ立って歩いている。


この時間に都を離れるのに旅支度もしていないし、近隣の農民といった格好でもない。


間違いなく尾行だ。


(クソッ、やはりそうなるか)


セタが駆け出すとその二人も走り出したのでもう間違いない。


(下手糞な尾行だ。さっきはあんなのに気付けなかったってわけか)


悪態を()きながら走るセタは、腰の剣の柄袋を外した。

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