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蠱術師ナアハと鼠蠱の"ちゅう"  作者: 岩佐茂一郎
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其拾玖

「必要数の蠱術師が揃った。これより移動する」


様子がおかしい。


命令するのは役場付きの兵ではなく宮廷の近衛兵だった。


それも先導が役目ならこんな数は必要ないはず、というくらいの大人数が宿をぐるりと取り囲んでいる。


異様な様子にナアハは逃げようとしたが出来なかった。


術師の登録簿と宿泊者一覧との突合せがされ術師の出入りは厳重に管理されている。


キユが言うように優秀な蠱術師を集めるのが目的ならなら、ここで逃げだすような蠱術師に用などないはずなのに、何かがおかしい。


不安がこみ上げるナアハだが、どうにもならなかった。


「あ、ナアハちゃん」


キユがナアハを見つけよってくる。


「キユさん、何かおかしくない?」


怯えるナアハだがキユは、


「大丈夫よ。きっと明闘できる場所にでも移動するだけよ」


気楽に構え何も疑ったりしていない。


(本当かしら?)


何故この兵たちを見てなんとも思わないのだろうとナアハは訝しがるが、他の蠱術師も特に逆らうでもなく、言われた通りにしている。


いや、寧ろいよいよ出世のときが来たか、と待ちわびていたようですらある。


誰とも不安を分かちあえない所為で更に不安を募らせるナアハに、


《我が主よ、案ずるな。我がいる》


心強い念話が響いた。


《ちゅう、ありがとう》


そうだ。


自分にはちゅうがいる。


いざという時は彼と逃げ路を切開けばいい。


そう考えるとナアハは気が楽になった。


点呼の後、軍の大人数用の馬車に乗せられ着いた先は郊外だった。


到着すると直ぐに降ろされ、空になった馬車はそのまま引き返してゆく。


間もなく別の馬車がやってきて、そこからまた術師達が降りてくる。


そうやって運ばれてきた蠱術師の数はかなりのものになった。


「ここは?」


目の前には豪華な作りの門。


その門の左右の高い壁は、森の中まで伸びて端が見えない。


何故ここにつれてきた、ここはどこだ、という術師たちの問には一切応えない兵。


「ここは……噂の離宮じゃねえのか?」


術師の一人がそう口にし、そうかもしれん、きっとそうだ、とざわつき始めたとき、


ギイイ〜ッ


中から門が開き、


「入れ!」


兵に命じられるまま蠱術師達はぞろぞろと門をくぐった。


全員入ったのが確認されると、


ギイイ〜ッ、バダムッ!


再び門が閉じられ、体格のよい兵が数人掛かりでやっと持ち上げられる太さの閂がかけられた。


こうなってみて何かおかしいぞ、とやっと感じ始めた蠱術師達。


お互い目配せし合うが誰も何か知っているわけではない。


どういう事だ! と説明を求めても、


「歩け。向こうまでいけば分かる」


兵は()を突き付けそう言うばかりだった。




ナアハと別れたセタは、いつものように商談をこなす。


セタは主に翡翠(ひすい)を扱っている。


白くしっとりとした不思議な触感の翡翠は昔から貴族の間で珍重されているのだが、白い翡翠には偽物が多い。


しかしセタが持って来るのは目利きなど必要がないほどの誰が見ても本物と分かる、濡れているかのように艶のある極上品だった。


勿論どこで誰が採掘しているのかは秘密である。


今回はそれに加えてバアバから卸してもらった特別製の薬も沢山あり、それらの売上はかなりのものになった。


その商談の度にナアハの産着の事を尋ねてみたが、分かる者はいなかった。


それは残念ではあったが、商談はいつにも増してうまくいっている。


セタは気分が良くなり、少しよい店で遅めの昼をとる事にした。


こうした事は締り屋のセタには珍しいのだが、それが事態を意外な方向へと動かす事になる。


飯店に入ると、外から見るより広く豪華な作りだった。


(いいぞ、こういう店は本物だ)


外見を無駄に豪華にして中身がそれに伴っていないような店は総じて味が悪い。


(人と同じだな)


数名の知った顔を思い出してニヤリとしたセタ。


あからさまに高級品で着飾る者で、肚の座った大人物を見た事がない。


そういうやつらは総じて小物。


中身がないから身に着ける物に頼って自分をよく見せようとするのだ。


「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ……」


給仕の教育も行き届いている。


普通の店なら、


「空いてるとこに好きに座んな」


と声をかけてくれるだけでも良いほうなのだ。


初めて入る店なので給仕に助言をもらって注文を決めた。


運ばれてきた料理も酒もどれも美味い。


いつもの宿の料理も美味いが、それにはない洗練された何かがある。


(それが値段の差ってわけだな)


セタは一人で納得し、だが、この値段の差ならやはり、いつもの宿屋の料理の方がよいかな、などと商人らしい手前勝手な感想を抱いていた。


そんなふうにセタが一人で食事をとっていると、給仕が気を使って声をかけてきた。


「お料理はいかがですか?」


「うん。どれも美味しいね。やはりそこら辺の食堂とはわけが違う。おっと、比べちゃ失礼だったな」


そう笑うセタに、給仕も微笑んで、


「いえ、大衆食堂には大衆食堂の良さがありますから。正直、値段と質の比率で考えるとなかなか太刀打ちできないところがあります」


客観的な分析をして見せる。


「ははは、そう言う謙虚さは好きだよ」


街の食堂を見下さない給仕を気に入ったセタは、


「そうだ、付かぬことを尋ねるが構わないかい?」


「何でございましょう?」


幸い今は客の数も少なく、給仕の迷惑にもならないだろう、とセタはナアハの産着を取り出し、


「この印なのだが、誰か分かる者はいないかな?」


と尋ねてみた。


期待はしていなかったが、


「お客様……少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


思いがけない反応に、おや? となるセタを残し、給仕が足早に奥へと引っ込んでいく。


その様子に、


(何かよくない事が?)


御婆(おばば)様の話では、この印の持ち主だった貴族は、普通でない殺され方をしたという事だった。


もしかすると何か陰謀の類と関係があり、自分のような者は首を突っ込むべきでなかったのかもしれない。


そんな考えがセタの脳裏をよぎった。


よく知りもしない相手に軽率だったかと思うが、しかしあの給仕が自分を害するようにも思えない。


思えないが、彼がそう見えなくとも、その後ろの人物がよからぬ者ではないという保証もない。


ここは逃げの一手か? とも考えたが支払いもせずに消えると、無銭飲食で後ろに手が回ってしまうかもしれず、そんな事で今まで積み上げてきたものを台無しにしたくはない。


などと色々な事を頭のうちで巡らせていると給仕が戻ってきて、


「お客様、決して悪いようにはいたしません、どうぞ奥へ」


頭を下げた。


下げた顔には緊張が見られはしたがやはりこの若者から怪しさは感じられない。


商人である自分の人物鑑識眼を信じる事にしたセタ。


(どうせ手がかりもなくて困っていたところだ。何かあるのなら罠だとしても乗ってみるか)


そう肚を決め導かれるままに奥へと進んだ。

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