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蠱術師ナアハと鼠蠱の"ちゅう"  作者: 岩佐茂一郎
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其拾貳

ナアハの母がバアバにナアハを託した日から更に半年ほど遡る。


村に一人の若武者が訪れた。


主人の先触れだという。


内密に治療を頼みたいというのだ。


武者の出で立ちや()いている剣、馬具などの装飾からすると、かなりよい家柄の者であるように見受けられた。


しかも彼の話では、ある身分の高い者、それも口にするのも(はばか)られるような権力者の命令でこの任に当たっているという。


その、治療を必要としている者を、なんとしてでも助けろ、との厳命であるらしい。


と、言うことは助けられなかった場合、


「拙者はもちろんこの邑も、もしかすると……」


使者である武者の顔色は優れない。


「何故ここに?」


そんな大事を任されても迷惑である、こんな田舎ではなく、今からでも中央の医師・薬師などに見せてはどうか。


それほどの権力者ならば御典医様に頼れもするだろうに、とシマトはなんとか引き取ってもらおうと言葉を尽くすが、


「それら全てに診せた上で、ここを頼ってきたのだ」


尋常な病などではなく、中蠱(ちゅうこ)(蠱毒に()たる事)したらしいという事までは分かったが、何をしても効き目がなかった。


困り果てたところで、蠱といえば以前この邑で解蠱をされ、命拾いしたある重臣がいる、との話が出た。


そこで藁にもすがる思い出やってきたらしい。


(そう言うことか……)


シマトには心当たりがあった。


数年前、確かに巡回業務中の貴族が近くの街で倒れ、どうも病ではなく中蠱であるらしいと言うので呼び出された。


だが里術師達の腕ではどうにもならず御婆様(おばばさま)に助けを求め解蠱してもらったのだ。


(何ということだ……)


シマトは(ほぞ)を噛んだが後の祭り。


どうにも出来ず御婆様を呼んだのは自分達だし、少なくない報酬を御婆様が受け取らなかったので、そのまま自分たちの物にしたのも確かだ。


(仕方ない)


今回も御婆様を頼ることにした。


武者の主人は真夜中、人目を避けて到着し、秘密裏にシマト宅へと入った。


馬車より担ぎだされ寝かされた年端もいかぬ娘を見て、シマトは息を呑む。


(なんと……美しい……)


意識を失い、目を瞑ってはいるが、


「天女である」


と言われても誰も疑わぬであろう人離れした神々しさがあった。


血の気が失せている事もあろうが、磁器のように肌が白い。


その作り物のように均整の取れた顔は、一本一本が闇を凝縮して紡いだのではないかと錯覚するほど深く艷やかな黒髪の中に形よく納まっていた。


なんとしてでも助けろ、と命じるのも尤もだとシマトは納得する。


程なくしてバアバが到着。


横たわる娘を一目見るや、


「これはいかぬ」


とだけ言って帰ろうとする。


「ま、待ってくれ、御婆様」


シマトが慌てて引き止めるが、


「儂にもどうにもならん物がある。これは無理じゃ。下手に手を出せばこちらが死ぬ」


取り付く島もない。


「何故だ? ご老婆。一瞥しただけではないか。何故そう断言できるのだ?」


お付きの武者は若いが優秀な人物であるようで、バアバが只者ではないと見抜き失礼にならぬように気をつけながらもそう尋ねた。


その気遣いを察したのだろう。


バアバもちゃんと応じる。


「これは特別(あつらえ)の蠱じゃよ。蠱術師に使役される為ではなくな、人に取り付く事を目的に卵から造られる類のものなのじゃ」


ある程度上位の蠱術師なら気配でそれだと直ぐに見分けがつくらしい。


と、言うのも、


「そうした物はの、体の奥深くに巣食う故、普通の蠱とは滲み出てくる()が全くもって違うのじゃよ」


分からなかったのか? 未熟者め、と里術師らに細めた視線を送るバアバ。


ともかくこれはそうした物だから、(かえ)ってしまった後では解蠱の方法はなく、どのような腕の立つ術師でも治療は無理だ、という話だった。


「そんな事が……。 私には蠱についての知識はないが、恐ろしいものなのですな。しかし……困った」


武者が唸る。


話は理解したが、だからといって若武者としても、素直に帰るわけにゆかない。


バアバが自分の直感通りの丁重に扱うべき人物だと確信した武者は言葉を改め、頭を下げた。


「ご老婆、そこを何とか出来ぬものでしょうや?」


「これ、お武家がこんな田舎婆に頭を下げてはいかんの。それに、いくら頭を下げられても出来ぬものは出来ぬのじゃよ」


「いいえ、完全に治せというのではありませぬ。数週間、いや数日でも持たせてくれればよいのです。これには拙者の命もかかっておりまして……」


中央の権力争いというのは複雑で、若武者の連なる一族の力を削がんとする者達の策略で、この成功率の低そうな役目を押し付けられた。


依頼主の不興を買わせようという魂胆なのは見え見えである。


だが、それを逆手に取り、うまく回復させられれば手柄となるのだから引き受けろ、と一族の長兄に命じられ、已む無くこういう事になった。


それだけではない。


兄も跡取りの座を奪われやしないかと自分を疎んじていて、この件の失敗を機に自分を除こうとしているようだからどうにかして断るのだ、と忠告してくれた者もいた。


そうしたいくつもの思惑の重なっている事情を洗いざらい話した若武者の、深いため息を聞かされたバアバ。


「ふうむ……」


だが、出来ぬ物は出来ぬ。


出来はしないが、


「数日ごまかすだけでもよいのであれば、方法がなくはない。じゃが、それすら出来ぬかもしれぬ。こればかりはやってみんことには分からん」


珍しく情に(ほだ)されたバアバは、ともかく試すだけ試してみる事にした。


「あ、ありがたい、ご老婆、この通りだ」


「頭を下げるなと言うたじゃろう」


バアバの手を取って礼を言う武者に、


「まだ成功したわけではない。失敗する公算の方が高いのじゃぞ。それは覚悟しておくのじゃな」


と言い放つと、


「では解蠱に入る。皆出るのじゃ」


部屋から人払いをする。


シマトが、


「御婆様、手伝わなくて良いのか?」


と尋ねると、


「おのしらがおったところで何もできんじゃろが。この娘の裸を見たいのなら残ってもよいが、見料はおのしの命という事になりかねんぞ」


正直な所、死んでも構わぬから見てみたい、と思ってしまったシマトだが、そう言えるはずもなく部屋を出た。


出ていこうと扉を閉めるシマトの耳に、バアバが自分の蠱を呼び出す声が届いた。


この頃はまだ蠱の登録などなく蠱術師が手の内である蠱を簡単に晒したりはしなかったので、バアバの蠱を見た事がなかったシマトが好奇心にかられまだ閉め切っていない扉の隙間から覗くと、


「見料が命なのは、娘の裸だけではないぞえ」


バアバからの声が飛んで来たので慌てて扉を閉めるのだった。

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