第五話
その日の深夜。
俺は妹から伸びる縁を辿ってとある男の住むマンションへと侵入していた。
そしてその男が眠る寝室へ侵入し、枕元で腕を組み仁王立ちで男を睥睨していた。
「ケッ!」
幸せそうに眠る間抜けヅラを見てついつい悪態をついてしまう。無駄にイケメンなのが余計腹立たしい。
この男は妹に子供が出来たからと何の責任も果たさず黙って逃げたクズである。
「クックックッ……どんな報いを受けさせてやろうかでござる」
俺は今、自身の存在を徹底的に隠蔽している。
たとえ男が目を覚したところで認識される心配はないだろうし、イレギュラーがあったとしても相方が何とかしてくれる。
起きてしまってもかまわない、そのくらいの気持ちで間抜けヅラを踏みつける。
「う、うーん……」
わーっはっはっ、いい気味だ!
「……ンべロッ」
「ギャーーーーーー!!!」
急いで後ろへ飛び退る。
このクズ足舐めてきやがった!
思わず叫んでしまったが厳重に消音結界も張ってあるので声は漏れていないはず。
少々焦ったもののクズは変わらず眠っているようだ。
寝ながらにして精神的苦痛を与えてくるとはなぁ!
まぁ、意識外での接触には問題はないことはわかった。
それに前世のゴツい足なら兎も角、今の俺はちょっと見たことないレベルの美少女なのだ。直接の接触は軽率だったかもしれない。
そう考えた俺はこのクズにお似合いの祝福を与えてやることにした。
「お前には『昏き洞穴に広がりし闇の触手』を付与してやるでござる」
『運命の赤い糸』
男に向けた右腕から赤く細長いものが伸びて行く。糸の様に見えるそれは邪神の血管で呪いの血肉。
やがて肉の穂先の先端を男の肌に接触させ、なんの抵抗もなく内部へと侵入する。
祝福のイメージに魔力を乗せ、それを頭の中の同居人が調整し糸を通して対象への付与が成立する。
ちなみにこの『昏き洞穴に広がりし闇の触手』は、なかなか切れない硬い鼻毛がバンバン伸びる、という祝福をイメージした。呼吸を阻害しない安心設計である。
覚醒当初こそ能力を暴走させてしまう俺だったが、今ではイメージ通り自由自在である。権能行使による世界への代償もない。
クヒヒッ、せいぜい苦しめ。そして(社会的に)死ねぇ!
『小物感が半端ないですね』
「ほっとくでござる」
呆れた様子で語りかけてくる同居人の言葉に俺は思わず真顔になってしまう。
愉快な気分に水を差すのはやめて頂きたい。
この男がいなければ姪っ子はこの世に存在しなかったとは言え、まだまだ天罰が足りない感はある。
そう思った俺は男の顔にマジックで適当な落書きをして、ひとしきり爆笑した。
更に何故か異性に嫌われたり、お金が貯まらないといった小さな祝福を重ねがけした。
そして帰りがけ便所のトイレットペーパーにハラペーニョを擦り込んでその場を後にしたのだった。
スッキリとした俺は公園に戻り赤い糸を使って妹と姪の寝室を盗さゲフンゲフンッ! 観測をしていた。
ふむ、穏やかに眠っているようだ。
その寝顔を心の網膜へと焼き付ける。
「さてと、そろそろ戻るでござるかね」
非常に名残惜しい……だが来ようと思えばいつでも来れるのだ。
『あの方達もお待ちでしょうからね』
「そうでござるなー」
そう、異世界には俺を待っている人々がいる。
そして我が神の布教がてら、人々を守り導かねばならない。
はっきり言って俺が人を導くなんて器でない事はわかっている。
だが偽善だろうが単に都合よく利用されようが、死んだあとに振り返って後悔のない人生なら最高じゃないか。
死は終わりではなく魂に刻まれた意志は続いていく事もあるのだと、俺は知っているのだから。
今は頼もしい相棒もいるしな!
『また大切なものを残して早死にしそうですね』
「辛辣な物言いが癖になってしまいそうでござる」
前世の未練は解消出来たのだ。
今世も何とかなるだろう。
「この世界に戻ってきた時は同居人殿に門を開いて貰ったでござるが、帰りは拙者に任せるでござるよ!」
『あっ、ちょっと!』
珍しく同居人が焦った様子で何かを伝えようとしてくるが、俺は気にせず夜の空に向け片手を上げ帰還のための門を作り出す。
コツみたいなものはこっちに来た時に一度見たので掴んでいる。
一呼吸で見える範囲の空一杯に、幾層にも折り重なった立体的な魔法陣を描き出す。
それは夜の闇に流れる巨大な川の様にうねり弾けを繰り返し、やがて収束し荘厳な門へと形を変える。
そしてその門は今世の縁を繋げて異世界への道を指し示す。
よし、成功だ。
少々得意になりつつ帰還の意志を高めていると、
『オォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォ!!!!』
門の奥から何千何万という雄叫びが轟いた。
きっと門の先には沢山の人々が俺の帰還を待っているのだろう。
雄叫びに魔力が乗っているのか世界の壁を超えてもの凄い衝撃圧が飛んでくる。
念のため結界を張ってあったので音と衝撃が地上に届く事はない。
視覚情報もイジってあるのでオカルトニュースとかにもならないだろう。
「さて、帰るでござるよ!」
『全く、貴女という人は……』
その日、有史以来あり得ない数の流れ星が観測され話題となった。
その原因が、注意力の足りない神の信徒による傍迷惑な能力の代償である事は余り知られていない。
最後まで拙作をお読み頂き有難うございましたm(_ _)m