第二話
「お父さんとお母さん死んじゃったの?」
父と母が事故に巻き込まれ二度と会えなくなってしまったその日、涙ながらにうったえる私の問いに、
「そうでござるなぁ」
煙突から上がる白い煙を見上げながらいつも通りの調子で返答する兄。
間が伸びた返答するその言葉に少し苛立ちを覚えたのを覚えている。
「もう! ふざけないでよ! しゃべり方、変……!」
大声を出したせいか感情に歯止めが効かなくなり涙が余計に止まらない。
別に兄が原因というわけじないことはわかっていた。
これは単なる私の八つ当たりだったのだと思う。
「むぅ……すまぬでござる」
罵声を浴びせる私に対して弱々しい言葉が返ってくる。
勢いにまかせ更に言い募ろうとした私だったのだが気付いた。
兄の手が少しだけ震えているのに気付いたのだ。
上を向けていたため兄の表情はわからない。
ただ黙って手を握ってくれていたことだけは覚えている。
生まれつき体が弱く小学校へまともに通えていなかった私と、恐らくどこにでもいそうな普通の兄。
そんな兄が変わってしまったのは高校へ進学してからだったと思う。
どうやら虐めにあっていたらしいのだ。
しばらくの間は耐えていたそうだが虐めが悪質なものになるに従い不登校となってしまったそうだ。
自分の部屋から出てこなくなってからは漫画やアニメ、ネトゲといったものに熱中していたようだった。
気づけば口調も変わってしまったが、そんな兄のことを私は嫌いではなかった。
息子が悲惨な目に遭わされて父は憤っていたし、その頃の母は毎晩泣いていた。
それでも兄に何かを強制することは無く心が落ち着くまでさせたい様にするといったスタンスで接していた。
とても理性的な両親だったと思う。
暫くすると兄は何もしていないことに不安を感じてきたのか、次第に家の仕事を積極的に手伝う様になった。
昔からよく遊んでくれていた兄だったが共働きだった両親に変わり、寝込み気味な私の面倒もよく見てくれるようになったのだ。
虐めに遭うと言ったことがどういう事かわかっていなかった私は、そのことを単純に喜んでしまっていた。
父と母が亡くなってから暫くして周りに頼れる大人が居なかった私達は……と言うか兄は高校を中退して働きだした。
今考えてもよく引き篭もりだった兄に外へ出て働くという決断が出来たものだと思う。
余談だけど、二人とも未成年であったため後見人らしき人も居たのだそうなのだが私は一度も会ったことがない。
兄が成人するまでの数年間がその人が出した後見人になる条件だったそうなのだが、私は一切面識を持つことはなかった。
それから数年がたった。
体の弱かった私は成長に伴い体力や免疫力が高まり、少しづつだけど学校へ通う事も出来るようになってきていた。
中学に進学した頃になると家事に関しては基本的に私の担当だった。
「お兄ちゃん」
その晩のおかずの最後の一品をテーブルに置きつつ兄へと声をかける。
その日は長年胸に秘めていたある提案をする決心をしていた。
「む、なんでござるか妹殿」
嫌な予感でもしたのか怪訝そうにこちらを伺う兄、少し緊張気味の様子である。
私としても真面目な話題なためか若干緊張していた。
「私、学校卒業したら働くから」
そろそろ進路を考えなければならない時期なのだ。
この時の私は少しでも早く兄の負担を減らしたい、そんな気持ちでいっぱいだった。
「うーむ」
少しホッとした表情をしつつ一旦手に持った箸を置き、顎に手を当てて考えてるそぶりをする。
そして結論が出たのかグーとパーの形をした両手をポンッ叩き答える。
「バイトするのはいいけど、高校は出ておくでござるよー」
ござる口調がすっかり定着した兄を見て「自分は高校中退したのに」とは言わないし言えっこない。
そんな事をすれば私は私を許せないだろう。
そうでなくとも兄は今まで散々私の為に自分の人生を消費してきたのだ。
働きたい理由もそんな兄の負担を少しでも減らしたい一心でのことなのだ。
だが聞けば公立高校ならば卒業迄問題ない程度の貯金があるのだそうだ。
望むなら大学へも行かせてくれるという。
「でも……」
果たしてそれは私のためだけに使って良いお金なのだろうか?
当然、その進学を進める提案には否定的な気持ちが高まった。
私が余程難しい顔をしていたからだろうか、兄は少し申し訳なさそうな表情で、
「これはさ、兄ちゃんのお願い! っていうか一生に一度の我が儘でござる」
そんな事を言って土下座までして懇願してくる。
「それは少しずるいなぁ……」
兄に聞こえぬよう口元で不満を言う。
基本的に兄が私に対して何か頼るような事は無い。
私にしても兄に対して我儘は言わないよう気をつけてはいたのだが、お願いはされるよりもする方である。
普段滅多にない出さない切り札を出されこちらの旗色は一気に悪くなる。
私が働くのは貴方のためでもあるのよ? と恩着せがましい言葉がむくむくと膨れ上がる。
だが周りに頼るべき大人が居ない状況であってもこれほど考えてくれる人がいて、私は充分幸せだなと感じるのだが……
やはり申し訳なくなってしまうのだ。
「……わかった。でも、少し考えさせて」
ありがとね――と最後に小さくそう返すと、口角を目一杯上げニカッと笑ういつもの笑顔があった。