第一話
春の日の昼下がり、私たち親娘は近くの商店街へと買い物に向かっていた。
娘は来年小学校に通う年齢で色々なものに興味津津な年頃だ。
頭の方向を忙しなくさせる娘の様子を横目で注意しつつ歩いている。
するとこちらの視線に気付いたのか顔をこちらに向けて笑顔で声を掛けてきた。
「ママ!」
娘はよく笑う子だ。
「なぁに?」
私はそう答えつつ歩みを止め腰を下ろして目線を合わせる。
「あのね、えっとね」と迷う様に言葉を続けながらも娘の瞳は真っ直ぐと私を捉えていることがわかる。
きっと、何をどう伝えるべきか考えているのだろう。
片親のせいで普通の家庭よりも苦労をかけてしまっているせいか、少々過度に気を使う子に育ってしまった感じがする。
その事が悲しくあり申し訳なく思う。
「今日はね! お鍋が食べたいの!」
すると思っていたよりも子供らしい元気な言葉が帰ってきた。
娘はお鍋が大好きだし私も好きだ。
そう言えば今日は少し肌寒い。
「じゃあ、今夜はお鍋にしようか」
「うん!」
うちは母子家庭で私自身に親も近しい親戚も居ない。
二年前まで歳の離れた兄が存命だったのだがとある事件に巻き込まれ逝去してしまった。
それからは母娘二人で生きてきたのだ。
「よーし! 木の子たっぷりの美味しいお鍋にしようね」
満遍の笑みを浮かべ「やったー!」と喜んでくれる娘を見ていると子供だった頃の自分自身が重なって見える。
私も兄に対して同じ様なやり取りを繰り返した記憶がある。
『今日は寒いから鍋にするでござるよー』
『やったぁ!ありがとうお兄ちゃん!』
少し特徴的な喋り方と口角を目一杯上げニカッと笑う兄との生活。
経済的に恵まれていたとは言えない幼少期だったと思う。
『面目ないでござる……クリスマスケーキちっさいのしかなかったでござるよ』
『ショートケーキ大好きだから嬉しい! 半分こにして食べよっ!』
机の上に置かれた一人分のショートケーキを前に申し訳なさそうにうなだれる兄。
毎日遅くまで働いていつ寝ているのかよくわからない様な兄が、クリスマスと誕生日はこうして祝ってくれている。
それだけで嬉しいのに不満に思うことなんてなかった。
寂しい時や落ち込んだ時には精一杯支えてくれたし、応援が欲しい時には背中を押してもくれたのだ。
私は充分満ち足りていたし幸せだった。
そんな事を考えていたら、両親が交通事故で他界し兄と二人きりになってしまったあの日の事を思い返していた。
ここまでお読み下さり有難う御座います。
続きは今週中にあと三話投稿予定です。