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第二話

かちゃり、という音できちんとはまったことが分かった。

 見た感じ、窪みは古いものだったのできちんとはまるか不安だったのだ。

 ほっと息をついたのも束の間、いきなり轟音が扉から鳴り響き、ペンダントが向こう側へ消えていった。


「離れろ!」


 その声に皇子二人はすぐさま反応したが、温室育ちのローズはきょとんとした顔で私を見つめていた。大きい音で何故そんなに大袈裟な、と思っているのがよく分かる。

 古代魔法の恐ろしさを知らぬからだ。

 私はローズを抱きしめて扉から十分距離をとった。


「馬鹿!」


 皇子にローズを預けて恐る恐る扉の方へ近づく。

 透視魔法で扉を見てみれば、ゼンマイのようなものが緻密に並んでおり、くるくるとペンダントがその中を回っていた。

 しばらくしてペンダントが扉の向こう側に吐き出され、扉が上に開いた。

 長年使っていなかったからだろう、埃が舞い上がり、視界がぼやけた。

 目を閉じて埃が地に落ちるのを待っていると突然腕を掴まれた。

 はっと目を開けばフィーユ人が私のペンダントを手に持ち、無言で差し出していた。


「ありがとうございます」


 そう言ってペンダントを指で挟み、持ち上げようとすればそのフィーユ人は目を細めて口を開いた。


「何故、フィーユの色を隠している?」


 ペンダントに向かった指を引っ込めて淡々と言った。


「それは、私がマーシェン側の人間であると示すためです。今回行われるのはフィーユとマーシェンの威厳をかけた交流戦。仮にもティフスである私がマーシェンの瞳をもち、フィーユの髪を持ったまま参加しては要らぬ混乱を招くかと思い、このような対応をしたまでです」


「成る程。フィーユを毛嫌いし、その色を恨めしく思っての行動かと思ったが」


 そうではないのか。

 フィーユ人は私が離したペンダントを優しく私の首にかけて巻き込まれた髪を丁寧に出した。


「私はフィーユ皇国第二皇子、バルナーヴ・フィーユ。 フィーユ学園のティフスでもある。本日はよろしく頼む」


 バルナーヴ・フィーユ。

 嫌悪感を何とか隠して私は微笑んだ。


「よろしくお願いします。私はシェリーヌ・ヴィヨン。マーシェン魔術校のティフスです。有意義な交流戦になるようこちらも尽力しますね」


 手を差し出されたのでその手を握る。

 とても冷たく、綺麗な手だった。この手があの人を殺したのかと思うとへし折りたくなったがその気持ちは胸の奥に隠した。










 ペティナがヴァンヌ民国に発って2日。

 フィーユ・ゼレスはマーシェン魔術校のある一室で匿われていた。ヴァンヌ民国をよく知るフィーユも一緒に行った方が良いのではないか、と提案したがペティナは首を振ってここにいるように言った。

 ルペスはどうやらフィーユを反逆者と発表し、フィーユを捕らえたものには多大な報酬を与えるとしているようだ。フィーユの首には懸賞金がかかっている。

 今国に戻るのは危険だから誰とも接触しないであろうタユテ寮の最頂部の部屋に押し込まれた。

 マーシェン魔術校の競技場の四方に聳える塔。

 北の魔術、タユテ寮。

 東の至宝、フォン寮。

 南の体力、タニア寮。

 西の知力、ワネット寮。

 変人の多く、他人に興味がない人の集まりと名高いタユテであれば大丈夫であろう、とペティナは判断したのだ。

 体力バカの集まり、タニアでも良かったらしいがヒョロヒョロのフィーユを心配して無駄な運動をさせそうだったからやめたらしい。

 それはフィーユ、タニア両方に大変失礼な考えではないか。フィーユはそう思ってしまった。

 競技場の遥か上にかろうじて見える純白の城は学園長の住まいだとか。あんな高い場所から誤って落ちてしまった日には人生終了だ。


「フィーユ様。夕食の準備が整いました。今からお持ちしても?」


 トントン、というノック音とともにそんな声をかけられる。

 ペティナが造ったという人造人間らしく、ペティナ不在の間、フィーユの世話を預かることになったようだ。


「はい、よろしくお願いします」


 ドアを開いて、自分とは違う黒髪へ返事をした。


「畏まりました。では」


 わざわざフィーユがドアを開けて返事をしたことに少し驚いていたようだが、驚きをすぐに隠して去っていった。

 歳は二十代くらいで整った顔立ちをしていた人造人間の名はアステルスと言った。

 世の中に一体のみ存在を認められた人造人間なんだとペティナは笑って説明していたが、それはつまりアステルスの兄弟、つまりアステルスが作られるまでの失敗作は全て廃棄されたということだ。

 感情を持つという人造人間はそれをどう感じるのだろうか。

 アステルスの瞳を思い出しながらフィーユはそんなことを考えていた。










 一日協議をした結果、全14日にわたる大交流会が計画されてしまった。

 2週間も時間調整をするのには大変手間取ったが、両国の皇族がいたせいで叶ってしまった。

 せいぜい2、3日の交流戦だと思っていた私は内心ため息をつく。きっとあの学園長ならこうなることを分かっていた。分かっていて、暴走気味のマーシェン皇族のブレーキ役として、ティフスという立場を理由にこの協議に参加させたのだ。

 窓から空を見れば赤く染まっていた。


 赤。


 叫び声。


 金属音。


 脳内にちらつく映像を頭を振って消す。きっと、目の前に元凶がいるからこんなにも鮮明にあの日の出来事を思い出してしまうのだ。

 目の前にいる元凶は、今日はマーシェンに泊まっていくようで私たち4人に紛れて一緒に食事をしていた。

 敵対関係にあった国の提供する食事を毒見なしで食べてしまうとは、マーシェンを舐め切っているのか、毒に対する耐性が強いからなのか。

 じっと見ていたからか、美しい作法で食事をしていたバルナーヴ皇子がふっと顔を上げて冷たく固まっていた表情を和らげた。

 きっと普通の女であれば一瞬で陥落しているであろうその表情に私は吐き気しか感じなかった。

 その表情はあの日、あの人の前で私に見せたものと同じだったから尚更。

 私が声を上げるまでは何の感情を浮かべない顔でその人を見ていた彼と重なる。


『皇子の望みだからね。君のような庶民の願いを皇族が聞く必要性もないだろう?』


 滅多に見せない笑顔でそう言い切った彼を殴った感触が拳に蘇る。


「シェリーヌさんは家族を全て失ったということだが、卒業後はどうするつもりだ?」


 テーブルの下に隠れた左手を強く握って怒りを発散させていると、バルナーヴ皇子が質問を投げかけてきた。

 家族を全て失ったということでしたが、だと。

 私は苦笑した。貴方が直々に手を下したんだろうが、と吐き捨てたい気持ちで一杯だったが苦笑した。


「国が管理をしている魔法省へ勤める予定です。このままの成績をキープしていれば学園長が直々に推薦書を書いてくださると仰っていたので」


「魔法なら、こちらフィーユの方が優っている。きっとシェリーヌさんほどの能力であればフィーユの魔法省でもトップに君臨できるだろう。私が口添えをしても良い」


 つまり、引き抜きか。

 よく、家族を殺しておきながら、と思ったがそれより先に気になったことがあった。


「殿下はいつ、私が魔法を使う瞬間をご覧になられたのでしょうか。殿下が来られてからは一切魔法を使用しておりませんでしたので気になりまして」


 自分で見てもいないものを評価するような人物には思えない。

 バルナーヴ皇子は唇を引き結んで頬を痙攣させた。

 訝しく思いながら殿下、と声をかけるとバルナーヴ殿下は無理に微笑みを浮かべて「マーシェンのティフスであるシェリーヌさんの能力が劣っているわけがないと思ったからだ」と言ったが、あれは嘘だ。


「そのような評価を頂けるなんて嬉しいです。しかし、私はマーシェンで骨を埋める予定ですので」


「そうか、残念だ」


 断りの言葉を告げれば、本当に残念そうな顔で首を振られた。

 その後は会話はそれほど弾むことなく、黙々と食べるだけだった。時折ローズに強請られて代わりに食べ物を持ってくるくらいだ。

 全員食べ終わり、各々解散する。

 私はバルナーヴ皇子が泊まる部屋に案内しなければならないので残っている。


「西の塔、ワネットの部屋を清掃しておきましたのでそちらへ案内しますね。ちなみに護衛の方は?」


 皇族の場合、影から皇族を見守る騎士がいたりするのだが。転移の際にはバルナーヴ皇子以外いなかったようだが、どうなのだろうか。


「隠密だと思われてはたまらないので一人だ」


「分かりました。追加で清掃する必要があるかと思いましたがそういうことでしたら」


 とりあえずずっと食堂にいては次の人たちに迷惑だろうから、皇子に断りを入れてから転移をする。

 誰もいない蔵書室に移動した私はワネット寮についての説明、用事がある際の合図等々を伝えておく。質問がないかを聞くと、首を横に振ったので早速ワネット寮の部屋に転移させた。

 終わった。

 空を見れば、もうすっかり月が輝いている。

 蔵書室から自室に転移すれば、机の上に手紙が置いてある。

 ローズからだ。

『父に呼ばれたので今日は兄様達と王宮に泊まる予定。明日の昼くらいには戻るから安心してね』

 王宮に呼ばれたらしい。交流戦についての説明を求められるのだろう。

 今から勉強をする気にもならないし、大浴場にでも行くか。

 クローゼットから着替えを出そうと思った時、ドアをノックする音が聞こえた。


「ヴィヨンさん。私はバルナーヴ殿下についてきた従者です、お話をしたいので時間を頂けませんか」


 従者がいたのか。


「はい、少々お待ち下さい」


 ローズが脱ぎ散らかした下着をクローゼットに入れてからドアを開く。

 開いた瞬間、私は目を大きく見開き、従者をまじまじと見つめた。


「……貴方は」


「久しぶりです、リーヌ」


 私のことをリーヌと呼ぶ人は一人しかいない。

 冷たい人種と呼ばれるフィーユには珍しく、暖かい心を持ち、当時つっけんどんで関わりにくいオーラを発していた私に声をかけてくれた人物。


「アルシェ?」


 微笑む彼はあの頃と同じ、ホッとする雰囲気を纏っていた。





1607年、場所はフィーユ学園。

 私は誰とも連れ添わず、一人でスタスタと廊下を歩く。

 遠巻きに見つめられ、ひそひそと陰口を叩かれるがいつものことなので特に気にはしていない。

 フィーユ学園はフィーユに三つある魔術校の中でもっとも歴史が古く、もっとも格式高く、もっとも難しいと言われている。

 フィーユ皇国がヴァンヌ民国であった際から、ヴァンヌ学園という名前で存在していた。

 ヴァンヌ民国であった時代には数少なかった貴族が通っていた名残りなのか、フィーユ皇国となった今でも貴族学園として機能している。

 私は庶民の出でありながら高い魔術力を持っていることを買われ、特別に通うことを認められている。


「庶民の分際でそんな堂々と廊下を歩くなんて下品だわ」


 フィーユの貴族が何やらほざいているが私は気にせず目的地へと進む。

“魔術室”

 マーシェン魔術校の学園長からの覚えも良いという母は魔術の天才と呼ばれている。その母の子と言うだけでこの身に不釣り合いなほどの期待をされている。ゆくゆくはフィーユ魔法省へ、と既にスカウトされているほどだ。

 魔術が高いだけであって、まだ上手く操れなかった私は今後じっくり考えていきたい、とそのスカウトを一旦保留にしておいた。

 母が私に見せてくれた魔法の数々はとても綺麗で、私も母のように魔法を使いたかった。母は私の目標であり、尊敬している。

 自分の今の能力の低さに焦りを感じたので魔術の教師に教えを乞うた。

 貴族が庶民を見下す中、魔術の教師は地位に固執していない人だったようで、能力や努力に重きを置く人物だった。

 私が必死の形相で頼み込むと、笑って快く受けてくれたのだ。

 今日はその初日である。

 こくりと唾を飲み込んで魔術室のドアを開く。まだ魔術室で魔術の授業を受けたことがなかったのでどきどきと心臓が高鳴った。


「ヴィヨンです。先生、いらっしゃいますか」


 首だけ突っ込んで中を除けば、壁一面に棚が付けられており、瓶が並んでいた。とても綺麗にされていて、床に埃一つ落ちていない。


「あのー」


 教師の気配を感じない。

 体全体を滑り込ませてドアを閉じる。教師を探すために部屋をうろうろしたが見つからない。

 もしかして、約束を忘れているのではないか、そう思った時、ドアが開いた。


「先生!」


 ほっとしながら振り返るとそこにいたのは壮年の教師ではなく同い年くらいの男の子だった。


「あれ、もしかして君も先生の生徒?」


 魔術で開けたのだろうか、その少年は両手に沢山の荷物を持っており、足でドアを支えていた。


「はい、そうですが。貴方は?」


 ドアを開けてやれば「ありがとう」と感謝される。いけすかないフィーユの中に、このような感謝を述べられる人物がいたことにただ驚いた。


「あー、知らないか。うん、貴族じゃないと知らないよね。でもさ、その前に自分の名前を述べるのが普通じゃない?」


 手に持った荷物を机の上に置きながらそう言われ、自分の非常識さを恨んだ。


「あ、すみません。私はシェリーヌ・ヴィヨンです。お察しの通り、私は貴族ではなく言ってしまえば親の七光りで入学してしまったあぶれ者、落第者です。どうぞ、よろしくお願いします」


「やっぱり君が噂の。よろしく。僕はアルシェ」


 手を差し出され、思わず手を握り返せばアルシェは嬉しそうに微笑んだ。


「やった、初めて友人が出来た」


「握手しただけで友人になれるんですか?」


 友人の認定がとても緩いのでは、と思ってそう言えばアルシェは手を引き抜いて悲しそうに笑う。


「一般的にはそうではないね。でも、友人がいないもの同士仲良くしない?」


「勝手に友人がいないと決めつけないで欲しいです」


「え、いるの?」


 いないけれども、それを気にしているものにそう言うのは卑怯である。

 黙って睨むとおかしそうに笑い、優しい目を私に向けた。


「一生の友人になってくれる?」


「死ぬまでなら。もしかしたら外国に行くかもしれないし、戦争が起きてお互い殺し合わなくてはならない事態が発生するかもしれないけれど、心の中では友人だと思っている」


 初めて出来た友人に私も浮き足立っていたのだろう。

 フラグだとしか思えない宣誓をしてしまった私達は二日酔いでベロベロになり、私たちのことを忘れていた教師がやってくるまで談笑をしていた。


 それからアルシェとは、出会えば話す仲になった。どのような立場の人なのか、家名すらも分からない彼だったが、悪い人ではないことは分かった。

 何故か私がアルシェと歩いていると貴族が畏怖を露わにした顔でこちらを見て、アルシェのいない時に口汚く罵ってきたが、痛くも痒くもなかった。

 貴族らしく、実際に手は出さなかったからだ。口だけで虐められる分にはまだ耐えられる。

 その事を家族に言えば嬉しそうにしてくれた。

 前々から私の境遇を心配していた家族は単純に私に話し相手が出来たことに喜んでくれる。

 自分の知らないうちに暴言でやさぐれていた心は、優しい家族によって癒されていく。


 それから2年の月日が流れ、私は12歳になった。

 小学部最後の年であり、学期末に行われる試験の結果で中学部に上がれるかどうかが決まる。

 貴族は試験を受けずとも中学部に上がれるようだが、特別枠の私はそうともいかないようだ。

 試験はペーパーと実技。

 ペーパーの方は自信があるが、実技の方に不安がある。

 2年間、時間がある時には教師のもとに行って教えてもらっていたが、母が見せていた魔術には到底及ばない。

 もっと、もっと、と焦りながら吸収していたせいか、あまり覚えがよくなかった。

 焦りと苛立ちを魔術に込めて野外で練習を重ねていた。渡り廊下から聞こえる嘲りの言葉が悔しくて体力がなくなるまで魔術を人型の的に打ちまくった。

 壊しても壊しても、再生の魔術をかけられている人型の的は復活する。

 切り上げどころの分からなくなっていた私は魔術の使い過ぎによる手からの出血を繰り返していた。


 まだまだ。


 日が暮れ、空がだんだんと暗くなってきていたので最後に特大の魔法を練習することにした。

 両手を構え、目を閉じる。

 成功率5%の魔術だ。しかし、うまく発動すればとても強力な効果を生み出す。

 さわさわと髪が舞い上がり、地面がほんのりと暖かくなっていく。


「はい、ストップ」


 術が完成する、そう思ったタイミングに声をかけられ、構築されていたものは一瞬で霧散した。


「何をする」


 成功率の低いものが成功しかけたのに邪魔をするとは。

 私の手をやんわりと包み込むアルシェに鋭い視線と声をかけると、彼は頬を赤らめてからぱっと手を離した。


「いや、これは……」


 視線を逸らされたので顔を手で挟んで強制的にこちらを向かせる。


「何故、私の成功を邪魔した?」


 貴族社会に揉まれ、わずかに持っていた純粋さを無くした私は生粋のフィーユ人さながらの冷酷さを獲得してしまった。

 アルシェは出会った日と変わらない優しさを持っているのに、何が私たちを変えたのだろうか。周りの環境か?


「自分の器以上の魔術を使用すると死期が近づく、それを知っていて言ってる?」


 真剣な目で私をまっすぐに見つめる。

 私は自分よりも魔術の使えるアルシェの言葉に腹立ちを覚えて吐き捨てた。


「知っている。凡人は、自分の命を削ってでも高みを目指さなくては生きていけない。生まれつき魔術に長けている者には分からないだろうが」


 アルシェの素性は未だに分かっていないが、貴族達が恭しく接する感じから言って皇族の一人ではないかと思っている。

 もしくは、私が知らないだけで有名な人であるのかもしれない。それとなく聞いては見たものの、ある人の従者だ、としか教えてもらえず、アルシェにとって私が信用に足る人物と認識されていなことを痛感した瞬間だった。


「つまり、僕に君のことなぞこれっぽっちもわかっていないと?」


「ああ、そうだ。私のことを一切わかっていない。自分の技量で相手に口だけ挟む、最低なやつだ」


 アルシェの瞳が怪しく光った。一瞬アルシェの姿が揺めき、恐ろしい冷気が溢れ出したが、動じることなく睨み続けているといつもの、柔らかいアルシェに戻った。


「そう。たしかにそうかもしれない。でも、僕はリーヌに長く生きて欲しいんだ。早死にして欲しくないんだ。リーヌを愛しているから」


「笑止。そんな甘ったれたことを言っていられる世の中ではないだろう。努力をしなければ生きていけない。努力の分だけ長生きできる。対価にちょっとした命を捧げているのは笑えることかもしれない。しかし、命を削ってでもやらなければさらに生き延びる確率は低くなる。それが、私の住む庶民の世界」


「僕のそばに一生いてくれるなら、そんな努力をしなくても長く生きていられる。ねえ、リーヌ」


「そんな努力?……笑わせるな。3年前から私の努力を見てきた君がそんな努力、というか?」


 そんな努力を積み重ねてきたせいで実家に帰る回数が減り、家族と顔を合わせる機会が減った。なによりも大切にしている家族との時間を減らしてまでやってきたことを『そんな努力』と言われたことにとてつもなく腹が立った。

 私の表情が怒りで滲んでいるのを見たアルシェは自分が地雷を踏み抜いたことに気づいたらしい。


「失言だ。ごめん」


「でも、それが本心だろう?」


 私は怒りの赴くまま、アルシェに言葉をぶつけた。

 ひどい言葉の数々にアルシェは怒ることなく、ただ私に謝罪を繰り返す。しかし、私の口は止まらなかった。

 きっと、唯一心を許していた人に自分の行動を認めてもらえなかったことが酷く辛かったのだ。

 例え、その人が自分とは違う考えを持っていて、私の考えることを全て察することができないと理解していても、アルシェにだけは認めて欲しかったのだ。

 一通り、言葉をぶつけた私は踵を返して家に帰る準備を始めた。アルシェは引き止めるような言葉を言っていたが無視をして家に転移した。

 自室に篭り、質素なベッドに寝っ転がって声を出さずに泣いていると、階下から父と兄が言い争っている声が聞こえた。


 そして、あの忌々しい事件へと繋がり、母とマーシェンへ移り住むのだ。


 喧嘩別れをしたアルシェが目の前に現れたせいで、もう味わえない暖かい感情を思い出してしまった。


「で、わざわざ何のようでしょうか」


 私以外誰もいないというのに。何故アルシェは今になって私の前に姿を現したのだろう。




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