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猫の街

作者: あま

嘗て『子ども』だった人たちへ。

 《猫の街》を知っていますか?

 その名の通り、大勢の猫たちがお店を構え、毎日楽しく暮らしている場所です。

 私たちが暮らしている場所から《猫の街》へ行く為の『入り口』は、猫であればだれでも知っていますし、自由に通ることが出来ます。

 そして《猫の招待状》と呼ばれる葉っぱのような形をしたものを持っていれば、私たちも《猫の街》へ行くことが出来るのです。

 今、私は自分が見聞きしたことを忘れない内に形にしたいと思い、こうして文章をしたためています。

 普段日記もつけないような人間が書く文章ですから、読みにくい所も多くあると思います。

 しかし、この文章を読むのは弟とその細君とその子どもたち。そして、未来の私ぐらいでしょう。

 ですから、どうか大目に見て下さい。

 前置きが長くなってしまいましたが、そろそろ本題に入ります。


 私はずっと独身で、四十歳の頃からは猫と一人と一匹暮らしをしています。

 高校時代の友人から押し切られる形で引き取った、黒と白のハチワレの猫です。

 名前は取り敢えず『呼びやすいもの』にしようと思い、『ハチ』にしました。

 ハチは子猫時代から大人しく、クッションの上や段ボールベットの中でうたたねをするのが好きなのんびり屋です。

 運動神経はいまいちで、偶に思い出したかのようなタイミングでテレビ台の上や棚の上によじ登っては、自力で降りることが出来ずに助けを求めてくるような子でした。

 私が日向ぼっこをさせようとして一緒に庭に出ても、ずっと私の脚に纏わりついて、最後は抱っこをせがんできます。

 終始そんな調子ですから、普段庭に繋がるガラス扉を全開にしていても、ハチは絶対に部屋から出ようとしません。

 猫としてはどうなんだと思いましたが、無理に外へ追い立てる必要もないだろうと思い、前述の日向ぼっこをする時以外はハチの好きなようにさせていました。

 しかしあの日、ハチが『自分から』庭に出たのです!

 しかも、多少危なっかしくはありますが、自力で部屋の床から庭に『ぴょん』と飛び降りました。

 私はうっかり手に持っていたホットミルクのマグカップを落としてしまい、テーブルの上が大変なことになってしまいました。

 そんな私に、ハチは口にくわえた葉っぱを一枚、庭から持って来たのです。

 これが《猫の招待状》でした。

 私はその葉っぱを思わず受け取りました。すると、身体が急に、勝手に動き出したのです。

 私はそのまま家を出ました。ハチも一緒です。

 不思議なことに、身体が勝手に外を歩く間、私は誰ともすれ違いませんでした。

 やがて周囲の風景は、見慣れた住宅地から、見たことのない商店街へ変わっていきました。

 道は赤茶色や黒のレンガが敷き詰められていて、両側に社会科の教科書で見た様なレトロな街灯が並んでいます。

 そしてさらにその向こうには、色も形もバラバラの、さまざまな店が連なっていました。

 本や映画でしか見たことのない光景にあっけにとられていた私は、いつの間にか自分の足が止まっていることに、なかなか気付きませんでした。

 ようやくそのことに気付いたのは、誰かに話しかけられた時です。

 その声は、私の名前を呼びました。

 私はその声が聞こえてきた方を向いたつもりでしたが、そこには誰もいません。

 もう一度名前を呼ばれた時、その声が思ったよりも随分と低い所から聞こえてきたことに驚きました。

「しきみさん、ここです。はちです」

 これはもう、驚いたという言葉では足りません。

 自分には更に衝撃を受ける余裕があったのかという思いでした。

 見ると、ハチは何と二本の後ろ足だけで器用に立ち上がっていました。

 そして、多少ふらつきながらも私の目の前で歩いて見せたのです。

 最早ろくに話すことも出来なくなってしまった私に、ハチはおおよそこんなことを説明してくれました。


①ここは《猫の街》である。

②この街では、どんな動物も猫の言葉が分かるようになる。

③ハチはつい先日、この街の宝くじ大会ではじめて『当たり』を引いた。

④その当たったくじの景品が、自分の招待したい相手を『一匹だけ』この街に招待できる権利だった。


 これは後で聞いた話ですが、どうやらハチはその宝くじで三等の『喫茶店《おしゃれ帽子》のスイーツごちそう券』を狙っていたそうです。

 その話をしてから慌てて「でも、しきみさんとおはなしできるのは、とてもうれしいのです!」と言ってくれましたが……。

 何だか申し訳ないので、せめて今度ハチが気に入っている生タイプのおやつを買って来ようと思います。

 話が逸れてしまいましたが、とにかくそういった事情で、私は生まれて初めて《猫の街》を訪れることが出来たのです。

 そこには大勢の、本当にたくさんの猫たちが暮らしていました。

 基本的に《猫の街》には『住むためだけ』の建物はなく、どの猫も何かしらの店を構えるそうです。

 ハチはまだ『一匹立ち』は出来ておらず、『にゃんでも相談事務所』という所で見習いの仕事をさせて貰っているとのことでした。

 その話を聞く間、何匹かの猫たちとすれ違ったのですが、思いの外そのほとんどが動じることなく私にも気さくに話しかけてくれました。

 彼らの話によると、ハチはその相談事務所で、問題を解決するどころかむしろ問題を大きくするような失敗をしているようです。

 その度に事務所の所長から怒られているようですが、ハチは全く堪えた様子がないのだとか。

「むしろ、それがハチの才能なんじゃないかと思うよ」

 全身真っ黒な猫の落ち着いた物言いが、私の印象に強く残っています。


 この後、私はハチに案内されて色々な店を訪れました。

 途中、ハチがお世話になっている事務所の所長さんの好物だと言うクッキーを買って、最後に直接所長さんに渡すことも出来ました。

 その所長さんは白、黒、茶色の三毛猫で、いかにも顔つきは険しかったのですが、話してみると面倒見の良いさっぱりとした猫でした。

 最後に事務所を出る時は、「ハチは要領が悪いが、粘り強い。こいつが曲がらずにこうなったのは、あんたのおかげだろうな」とこっそり私だけに聞こえるよう話してくれました。

 ハチは帰り道にずっと所長さんの言葉を知りたがっていましたが、これはハチだけには内緒の話にしようと思います。


 改めて読み返すと、思ったよりも随分長い文章になりました。

 最後に、この話はこの文章を読んだあなた方と私の内緒の話にして欲しいということを改めてお願いします。

 おそらくあなた方も、本当にこの《猫の街》が実在するのか、どうしても疑ってしまうのではないかと思います。

 まして、『私のことを知らない誰か』にとっては、とても信じがたいことだと思うのです。

 この話の真偽についてはあなた方に委ねますが、何も知らない誰かが《猫の街》を捜し出す為に無茶をすることは、私の本意ではありません。

 ですからどうか、この話を読んだ後は、そっとあなた方の胸の内に秘めていただきたいのです。



親愛なる家族と縁者、そして未来の私へ


しきみより 


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] むずかしいところもありましたが、しきみさんと飼い猫のハチくん(?)がお互いを想いやっているところが良かったです!やっぱり猫と人間の女性の絆を描いた内容は良いですよね!
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