「キスだってこんなに緊張しちゃう私だけど」
こうやって緊張して、笑い合って、時に額を付き合わせて悩みながら、僕らは〝恋人同士〟に慣れていった。本間さんのスキンシップには、まだちょっとドキドキするけれど。
何度目かの勉強会をしたある日。休憩にと母から受け取ったお茶とお菓子を持ってきた僕に、本間さんは「あの」と腕を広げた。
「も、もう限界っ……渡部君とハグしたいから、ハグを代償に何か契約してください!」
「ここで悪魔要素を出してくるかぁ」
何はともあれお盆は机に置いておこう、と勉強道具を脇に寄せてお盆を置く。本間さんは腕を広げたまま大人しく待っていた。
両手をフリーにした僕は「それじゃあ」と望む契約を口にした。
「本間さんと、ハグしたいです」
言い終えないうちに本間さんは僕の隣にやってくると、ぎゅうと僕を抱きしめた。互いに正座をしたままで、少し抱き合いにくい。
おずおずと腕を本間さんの体に回すと、本間さんは僕に抱きつく力をさらに強くした。
それ以来、本間さんは休憩のたび「契約させて!」と体当たりのような勢いで僕にくっついてくるようになった。
毎回のように激しいスキンシップを受けた僕は、本間さんが「契約……」と遠慮がちにねだれば「どうぞ」と腕を広げ受け止める余裕も生まれるようになった。
そこまで触れ合うことに慣れ、互いの身体的距離が近づけば、さらなる欲求が生まれるのも当然だろう。健全な青少年なら当然だ。当然だと思いたい。
〝契約〟を終えて満足そうな本間さんに、直球で尋ねた。
「キスをしても、いいですか」
また敬語だ。顔が熱いのは敬語に対する恥ずかしさか、求めたことへの羞恥か。
本間さんはぽかんとして僕を見上げ、きゅっと唇を引き結んだかと思うと目を逸らし、そして耳まで真っ赤になった。
「私、キスしたことないから……上手にできないと思う……」
「僕だって、初めてだよ。だから、その……僕こそ、上手にできなかったら、ごめん」
目を逸らしていた本間さんが、おずおずとこっちを向いてくれた。
緊張する。
震える手を本間さんの肩に置く。低い位置にある本間さんにキスしようと背中を丸めて、こつ、と何かに阻まれた。
本間さんの眼鏡だ。
慌てた本間さんが「ごめん」と眼鏡を外そうとするのを押し止めて、僕が眼鏡を外した。
眼鏡をかけていない本間さんを見るのは初めてだ。思わずじっと見つめていたら、本間さんは手をかざし顔を隠してしまった。
蚊が鳴くような声が「見ないで」と僕に懇願する。
「眼鏡の跡ついちゃってるから、あ、あんまり、見ないで……」
心臓の辺りが苦しくなった。眼鏡を机に置くと、本間さんの手を掴んで下ろさせ、驚く本間さんの眼鏡跡に唇で触れた。
「へっ?」と本間さんが素っ頓狂な声を上げる。恥ずかしがる表情も驚く声も可愛くて、「本間さん」と呼びながら手を掴む手に力をこめた。
本間さんはおろおろして視線をさまよわせたけれど、やがてゆっくり目を閉じた。
再び緊張がやってくる。
ゆっくり、本当にゆっくり、僕は本間さんの唇に自分の唇を近づけていく。目を閉じたら唇がどこにあるかわからなくなりそうだったから、目は開いたままにした。
重なった唇の柔らかさは、筆舌に尽くしがたかった。
いつまで触れるだけのキスをしていただろうか。本間さんの体がぷるぷる震えだした。
ハッと我に返って唇を離すと、本間さんは「ぷはぁ」と大きく息を吐いた。どうやら息を止めていたらしい。
緊張が解けたせいか、へにゃりと体を傾ける。
「すっ……ごい緊張したぁ……」
両手で頬を押さえ照れる本間さんに、僕も照れつつ机に置いていた眼鏡を返す。
外したのは僕だから、いつもの位置に眼鏡を戻したのも僕だ。
眼鏡の蔓をうっかり変なところに当てないよう、細心の注意を払って本間さんに眼鏡をかけさせる。本間さんが目を閉じてくれていて良かった。キスをしたのと同じくらい緊張したし、集中しすぎて変な顔をしていただろうから。
眼鏡をかけていつも通りよく見えるようになった本間さんは、えへへと笑った。
「キスだってこんなに緊張しちゃう私だけど……これからもよろしくね、渡部君」
本間さんの笑顔とそんなことを僕に言ってくれることへの嬉しさで、僕はもう一度本間さんにキスしてしまった。
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