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気になるあの子は半分悪魔  作者: 柚鳥柚
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卑屈すぎる言い訳をする僕にも、気になる人はいる

 モテる・モテないは生まれつき決まっているように思う。


 僕は〝渡部(わたべ)倫太郎(りんたろう)〟というキラキラの欠片もない名前をもらった時点で『モテない男になる』という運命が決まったのだろう。


 昼休みの図書室で僕がなぜそう思ったかというと、上級生らしい男子生徒が奥の棚で恋人といちゃついているのを見かけてしまったからだ。いちゃついてると言っても風紀を乱すような行為を指してるのではなく、ただ腕を組んで寄り添い合って読みもしない本を選ぶフリをしながら何か甘い台詞を言い合ってる程度の意味だ。

 羨ましいか羨ましくないかで言うならば、正直、羨ましい。彼と僕は何が違うんだろうか。一度、比べてみよう。


 まず、彼も僕も平均より高い身長だ。ここはモテる条件を一つクリアしているだろうけど、僕と彼はほかの点が大きく違う。

 彼は先生に怒られない程度の明るさに髪を染めている。一方僕は一度も染めたことなんかないし、何度か努力はしたが髪をセットすることもしていない。お陰で癖毛は各々好きな方向に跳ねている。

 彼は運動部なんだろう。日焼けした肌から外で競技するスポーツに違いない。高い身長に見合う筋肉も相まって、爽やかで頼り甲斐のある人に見える。対する僕は、背こそ高いがあんな隆々とした筋肉を持っていない。お陰で田舎に帰省するたび、何とか流の師範をしている祖父から「我が孫ながら何て貧相な体か」「鍛えてやるからついてこい」と毎回追いかけ回されている。

 彼は鼻が高く、彫りが深く、目はぱっちりと大きい。何より、浮かべている表情が明るい。僕は日本人らしい顔といえば聞こえはいいが、要するに薄い顔だ。表情だって明るくない。教室で本を読んでると「あいつまた一人で本読んでんだけど」「暗っ」「キモっ」と男女問わず囁かれている。


 羨ましがったり妬んだりする前に努力をすればいいと思うだろう? 僕もそう思う。けれどその努力を惜しむ――というか面倒くさがって、僕は本を選んだ。本を読むことで逃げる道を選んだ。

 それでいいと思ってる。どうせ僕なんか、誰かと付き合えることなんてないんだ。仮に付き合えたとして、結婚なんかできない。結婚できたとしても、その先には新しい家族がいる。僕の遺伝子を受け継いだ子供は僕みたいに背ばかり高くてひょろひょろしたモヤシっ子、しかも暗くて本だけが友達なんてそんな可哀想な子供になるんだ。そんなの気の毒過ぎる。だから僕はいいんだ、モテなくたって。誰からも好かれなくたっていいんだ。


 と、こんな風に卑屈すぎる言い訳をする僕にも、気になる人はいる。

 先輩たちカップルをなるべく見ないようにして、読みたかった本を棚から取る。選んだ本を手に、窓際の席に着く。ここに座れば出入り口がよく見えるから、誰かが入ってきてもすぐわかる。

 僕はそわそわしながら彼女を待った。彼女はいつも昼休みに必ずやってくる。

 ああ、ほら、来た。


「司書センセー、本返しに来たよー」


 走ってきたのか、彼女は息を切らして図書室に飛び込んできた。眼鏡の向こうの瞳をキラキラ輝かせて、肩につくかつかないかの髪をさらさら揺らして、明るく弾んだ声で司書に話しかける。


 彼女は同じクラスの本間(ほんま)日向子(ひなこ)さん。

 入学初日から自分の席で本を読んでいた。僕も自分の席で本を読んでいたから、彼女が何を読んでいるか気になった。今みたいにちらちらと盗み見て、本間さんの手にある本が僕の手にある本と同じだと気づいた。奇跡みたいな偶然はもう一つあった。僕の視線に気づいた本間さんは、顔を上げて僕を見た。中学時代、女子に「キモい」「暗い」「でかい」「邪魔」と詰られた過去がフラッシュバックし硬直する僕に、本間さんは笑顔を見せた。

 はにかんだ本間さんは、自分の手にある本と僕の手にある本を指さした。唇だけが「同じだね」と動く。それ以来、僕は本間さんが気になっている。なのに一度も話しかけられないまま、夏を迎えてしまった。


 白いシャツに身を包んだ本間さんがカウンター越しに司書と話しているのをちらちらと窺う。

 司書が本間さんから本を受け取り、僕が返したばかりの本を本間さんに渡した。本間さんの表情がパッと明るくなる。僕が借りる本はいつも本間さんが読みたい本であるらしく、僕が返却した直後、本間さんが図書室にやってくることが多い。


「いっつもね、読みたい本が先に借りられちゃってるの。これがもし同じ人だったら気が合うと思うんだぁ。ねぇねぇ司書センセー、この本も前と同じ人が借りたの?」

「さぁ? それは私からは言えませんけど、本間さんが図書委員になってこっそり貸し出し記録を見ちゃったらわかっちゃうでしょうね」

「そっかぁ。じゃあ来年は図書委員争奪戦を勝ち抜かなくちゃ!」

「じゃんけんのコツは運ではなく、気合いと駆け引きですよ。頑張ってください」

「あはは、頑張る! 司書センセーありがとう。じゃあねー」


 本間さんは明るく笑うと、スカートを翻して図書室を出て行った。本間さんが図書委員を目指すなら、僕も来年こそ図書委員になれるように気合いと駆け引きについて調べないと。今年は僕も本間さんもじゃんけんで負けて図書委員を逃した。図書委員なんて本が好きでもなければ楽しくないだろうに、何であんなにやりたがる人が多いんだか。

 ……それにしても、駆け引きはともかく気合いはなぜ必要なんだろう。検索サイトで調べれば出てくるかな。いや、質問サイトを使うべきか?

 本間さんが出て行ったし、僕も出て行こう。


 読みかけの本をカウンターへ持って行く。むっつりと黙ったままの僕を一瞥し、司書はバーコードを読み込むと事務的に返却期限を告げた。

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