古い記憶
天の国では、美しい者を花に例えた。中でも蓮の花に例えられることは1番の誉だとされていた。
紅蓮、白蓮、青蓮の3人の娘は三連花と呼ばれ、天の国ではやれ紅蓮が一番人気だとか、俺は白蓮がいいだとか言いあうのが定常で、青蓮は自分が一番人気のないことをよく知っていた。
それも仕方のないことなのだ。紅蓮は赤い鱗、白蓮は白い羽を持っていて、紅蓮の声は力強く、白蓮の声は透き通るように美しく、天の国を彩っていた。青蓮ときたら、青い髪と赤い瞳である他は地上の人間と変わらない姿をしていて、その声はほんの少し低く、掠れて、小さく、とても遠くには届かない。
「青蓮も歌おうよ。」
ユニコーンとケンタウロスのミックスのデルフィニウムはそう言って、住処に引き篭もろうとする青蓮の手を引いたが、青蓮は頑なに拒んだ。
紅蓮と白蓮は、いつも歌ってた。それこそ息を吐くように、いつも歌と共に生きていたから、青蓮の勝ち目はどこにもなかったし、歌うことは、相手の陣地で戦うようなものだ。でもデルフィニウムにその思いをそのままぶつけるわけにもいかず。
「お歌、嫌いだから。」
嫌いなわけじゃない。でもそう言わないとデルフィニウムは逃してくれない。
「そうだったの?天の国にいてつらくはないかい?ここは至る所で歌が溢れているから。」
「聞くのは、嫌いじゃないから・・・!」
変なの、とデルフィニウムは首をかしげる。
「まあ、僕も歌うよりは楽器を弾くほうが好きなんだ。楽器の方に興味が出てきたら、声かけてね。」
そういって、デルフィニウムは蒼い立髪をなびかせて、颯爽と走っていった。紅蓮と白蓮のところに。
しゅん、と青蓮はうなだれる。ああ、どうせ、デルフィニウムも紅蓮か白蓮のどちらかが好きなのだ。羽も鱗も生えない出来損ないはいつ、ダストボックスから地上に捨てられてもおかしくないのだ。
とぼとぼと、青蓮は神の研究室に歩いて行った。
神は青蓮よりも地上の「人」に近く、美しくもない老人だった。神は偏屈で少し怖いところもあるけれど、歌の溢れる天の国でここだけが、歌うことを強要されない場所なので、青蓮は逃げ込むようにここにきていた。
ざっと研究所を見渡すと、今にも生まれそうな卵のカプセルがいくつかある。
「これは何の卵?」
神に問うと、ん、とめんどくさそうに振り返り、神が答えた。
「最近は天使と竜人ばかりさ。もっといろんな種を作りたいが、天使の羽と竜人の鱗が1番の売れ筋でね。この国の維持費も馬鹿にならんのでな。こればっかりは。」
「売れ筋?」
神の言うことは難しくてその時の青蓮にはよくわからなかった。それも仕方のないことだった。天の国には「お金」というものは使われていなかったから。
「青蓮、そこにある失敗作を捨ててきてくれないか。」
「・・・わかった。」
神の研究所にくる1番のデメリットはこのゴミ捨てにある。卵から天使と竜人が生まれてくる確率は30%ほどで、大半は知能もなく、醜い怪物が生まれてくるのだ。怪物はダストボックスから地上に捨てる。それが、天の国を美しく保つ秘訣だと神は言うのだけど、青蓮は胸が痛むのを感じるのだ。
「地上に捨てたあの子達、生きられるの?」
「10%は生き伸びて、地上で悪さしてるようだ。そのおかげで羽と鱗が高く売れる。天使の羽があれば、ただの人間でも空を飛べるし、竜人の鱗があれば、水の中でも息ができる。そうでもしないと普通の人間にアレは倒せん。」
神が、羽と鱗を重宝してるのは幼い青蓮にもわかっていた。生え変わりの季節には天の国の住人は総出で羽と鱗をかき集めるのが一大行事だからだ。
「ねえ、神様。私、このまま羽と鱗が生えてこなくても、この国に入れるの?」
くくく、と神は喉を鳴らす。
「羽と鱗がないからこそ、お前は私の代わりになれるかもしれないのだぞ。次世代の神に。」
私が、神に?
「え、うそ。どうやって?」
「まだ、早い。だが、可能性はあるだろうな。」
ぽん、と神は卵型の何かを手渡す。鶏の卵よりは大きいが、天使や竜人の卵に比べると随分小さい。
「何の卵・・・?」
何度も研究所にはきていたけれど、捨てろと言われたことはあっても、神から捨てないものを渡されることは初めてだ。
「ハコニワだ。新しい世界を作り出すもの。必要な時に発動する。まあ、死んじまっても発動しない場合もある。発動しない方が幸せな可能性もある。」
よくわからなくて、青蓮は首をかしげる。
「発動のトリガーが、今いる世界への「絶望」なのさ。それが新しい世界を生む原動力になる。破壊と創造は表面一理とはよく言ったもんでね。」
困惑しか浮かべられない青蓮に神はにやり、と笑う。
「怖いかい?」
「私が世界を作っても、天の国より美しい世界を作れると思えないし・・・!」
そう、天の国は美しい。青蓮には不釣り合いなほどに。
「そうだろうな。でもこの世界はお前さんには居心地が悪そうだ。」
ギク、と音がした気がする。そう、この世界は居心地の悪い。
「でも、地上はもっと生きづらいだろうな。その髪と瞳の色を隠せば何とか人として生きられるだろうがね。」
青蓮は固まる。地上は暗黒の地。いくら天の国が居心地が悪くても、地上に降りたいなんて思ったことがない。
「絶望したいかい?」
「え!」
ハコニワはうんともすんともしない。
「絶望してない、みたい。」
「そのようだな。もう行きな。日が暮れる。」
促されて、青蓮はハコニワをポケットに、失敗作をリアカーに詰め込んで、そそくさと研究所を出た。
それが、一番古い記憶。
そのあとの記憶は曖昧だ。
あのあとたしか、失敗作をダストボックスに捨てたあと、ダストボックスが爆発して、そこから、わらわらとたくさんの武装した地上人達が溢れて、天の国は燃えて、地上に、落ちた。
地上の人間達に保護された。
後に、髪と瞳の色以外は人と違わない見た目だったから、生かされたことを知った。紅蓮も白蓮も、ゼルフィニウムも、そのほかの合成された生き物達はみんな、殺されたようだ。天の国の生き物達<合成生物>のようにカプセルから生まれたのではなく、地上から連れされた赤ん坊の生き残り、と言うことにされた。
「自分の名前、わかる?」
朦朧とした意識の中で、中年の女性が聞いたので、小さい声で答えた。
「・・・青蓮。」
答えると女性はぎょ、とした顔になった。
「セイレーン、だなんて。半身半鳥の怪物の名じゃない!!」
女性は泣いていた。可哀想にと私を抱きしめた。
「もうあなたを怪物にする悪魔はいないの、安心して。セイレーンなんて名前捨ててしまいなさい。これからは好きな名前を名乗っていいのよ。」
青蓮は困ってしまった。
「セイレーンじゃないよ、私は三連花なんだよ!」
紅蓮、白蓮、青蓮で、三連花。天の国で最も美しいとされた3人娘。
3人の中ではみそっかすだったとしても、三連花と呼ばれたことは青蓮の誇りでもあった。
「そうよ!そうね、これからは、サン・レンカがあなたの名前よ!素敵よ、レンカ!」
まるで、話が通じない。
それから、青い髪と赤い瞳の少女はサン・レンカとなった。
それが2番目に古い記憶。
そして、レンカのDNAを調べた結果、一番近いDNAを持つ男性は死亡、女性は行方不明だということが判明し、元気になってもずっと病院にいたのだが、ある日、30代の男性が訪ねてきた。
「僕の娘になってくれないか。」
その男性は、私のDNAに一番近い、とされた男性の弟だという。
レンカの記憶では、首を縦に振らなかったと思う。娘になる、という意味がわからなかったのだ。天の国では家族制度はなかったのだから。
それでも、レンカはその男の家に連れ行かれることになった。それから月日は流れ、もはや、天の国にいたときのことはなかったことのようにされた。
絵本かSFかファンタジー映画でも見てて、記憶が混同したのだろうと。
レンカは隕石が落ちてきた時に、奇跡的にシェルターにいて生き延びた娘であることになったいた。
1番目の記憶と2番目の記憶が映画を見て混同した偽物の記憶だというのなら、私には6歳より前の記憶がないことになる。
隕石が落ちてきたときは大惨事だったからね、記憶が飛ぶのも無理はないよ、とレンカを引き取った男性ライアンは真顔で言う。
そう言われ続けると、そうなのかも、と思い始め、空に国が浮いてたなんてどう考えてもおかしいと確信を始め、そうか、私は生まれてからずっと地上にいたに違いないと思い始めた頃、ライアンはそっとこんな提案をしてきた。
「そろそろ学校に通ってみないかい?」
通信で勉強は進めていた。でもライアンは普通の子どものように学校に通ってみないか、と言ってきたのだ。
「命令なら、従う。そうでないなら、御免被りたい。」
「うーん、困ったね。命令じゃないんだけど、君のためになると思うんだよ。社会勉強っていうか。」
困った、困った、とライアンが言うので、ため息が出る。
「行ってもいいよ。」
「そうかい、よかった。」
ライアンが嬉しそうに手を握る。選択肢などないのだ、最初から。
「先生には、君の空想癖のことも話してあるし、問題ないよ。でも、髪と瞳の色はどうしよう。人種差別がなくなってきた現代においても、青い髪と赤い瞳はユニークすぎる。君のDNAをいじった狂科学者に蹴りをいれてやりたいよ。可哀想に。」
かわいそう・・・?天の国ではこの髪と瞳の色だけが存在価値だったのに?
「ライアン、私、可哀想じゃないよ。この色で生き延びてきたんだから。」
「うん、レンカは強いコだ!でも、髪は黒に染めてカラーコンタクトだな。それが一番いい。」
地上人には言葉が通じない。いや、言葉は通じるんだけど、意図が伝わらない。レンカが言葉足らずだからと言うことはあるけれど、うまく気持ちを言語化できなくて、レンカは途中で諦めてしまう。あの時の中年女性に対応した時と同じように。
「わかった。」
従えばいいのでしょう?言う通りに。
レンカはいつも無表情に近いので、その心の声がライアンに伝わることはない。
「うん!良かった!これから入学編入手続きに行くぞ!」
ああ、やはり選択肢がなかった。
自動運転の車の中で、ライアンがしょんぼりと口を開く。
「なあ、レンカ。俺のことはいつダディって呼んでくれるかな?」
「それは期待しないで欲しいな。」
ライアンには感謝している。
暖かい寝床と食事。天の国以上に居心地の良いお家。
でも、ダディ、とか家族、とかそういうものが、しっくりこない。
ガックリ、と肩を落とすライアンを尻目に、レンカは空を見上げた。
うすーく青い空。遠い日差し。
「ここは、空が遠いね。」
「ん?そうか?高層ビルの上走ってるけど。」
よくわからんこと言うね、とライアンは空を見上げて首をかしげる。
「いつもの、空想癖だよ。」
レンカがそう言うと、ライアンはわしわしっとレンカの頭を撫でた。
「そうか、でも、空想だってわかるなら大丈夫だ。」
ライアンといると、楽しいのと悲しいのとあったかいのと切ないのと色んな感情が同時にやってくる。ライアンは受け入れることと、否定することを同時にするんだ。でも、本人は無意識だし。
そういえば、ハコニワはどこに行ったんだろう。
神様にもらったハコニワ。
あれも夢だったのかな。
<続く>
ここまで読んでくださってありがとうございます。
この話はまだまだ続きます。
どうぞよろしくお願いします。