第一章「誰がために反旗は翻る」の玖
捕虜の一人が口を開く。
「そういうことは分からなくもないが、とにかく今回を何とかせねば、ということでいっぱいいっぱいなのだ」
わしは更に問う。
「所定の量の『大豆』を納められなかったら、どういうことをされるのであるか?」
捕虜たちが顔を見合わせる。
やがて、先程、「とっとと殺せっ!」と言った捕虜が村長殿に言った。
「この若者がどこまで信用出来るか、わしらには分からん。もし、信用出来ると言うなら、ヨク殿からこの若者に言ってくれ」
村長殿は小さく頷くと、わしの方を向き直した。
「ヒョーゴの言う通りだ。ここはわしから説明しよう。『大豆』の未納分があった場合、その分に応じて、村人が都に連行される。誰もが連れて行かれる訳でもない。連れて行かれるのは商品価値の高い若い男女、そして、子どもだ」
そうか。村長殿がサコとウタを捨てたのは連行を恐れて……
「それで連れて行かれた者はどうなるのでござるか?」
「外国に売られるとのことだ。売られるまでに未納分を納めれば、返してくれるとのことだが、返してもらったという話は聞いたことがない。何でも外国の者の肌は、赤かったり、白かったりで、わしらのような薄い茶色の肌の者は高く売れるという話だ」
領主が何としても稼ごうと躍起になっていることは分かった。だが、何故?
「何故、ご領主はそうまでして、きつい税をかけるのでござるか? この国全体がどこかの国と戦でもしているのでござるか?あるいは新しい都城を築いているとか……」
今度は村長殿と捕虜全員が顔を見合わせたが、村長殿がやがて口を開いた。
「そのような話は聞いたことがない。まあ、わしらも都に行ったことのある者は誰もいないが……」
それは仕方あるまい。だが、このままでは……
◇◇◇
結局、捕虜はみんな釈放することになった。
今回、近隣の村の者のやったことは本来は賠償請求ものだが、支払う資力もないし、こちらの村に賠償させる力もない。本来、治安維持が責務である筈の兵士は庶民から税を搾り取る以外のことをしていない。
捕虜たちは何とも後ろめたそうな顔をして、帰って行った。一人を除いて。
「ヒョーゴ殿と言いましたか?あなたは村に帰らないのですか?」
わしの問いに、「とっとと殺せっ!」を連呼したその元捕虜はにやりと笑ってみせた。
「いや、兄ちゃん。まだ、思っていることがあるだろう? わしはそれを聞きたいんだよ」
村長殿は慌てた。
「ヒョーゴ。おまえ、何を言うんだ?」
ヒョーゴ殿は村長殿の方に向き直ると続けた。
「ヨク殿。あんただって、このまま行けば、この辺一帯の村人は全員死に絶えるしかないということは分かっている筈だ。そして、どう見たってこの兄ちゃんは只者じゃあない。しかも、何か思うことがあるようだ。それを聞きたいってのは、ある意味当然だろう」
「だが、他の奴らは村に帰ってしまったぞ」
「あいつらだって、このまま行けば、死ぬしかないことは薄々分かっている。だが、目立ったことをすれば、自分が最初に殺される。それが嫌なだけだ。だが、わしはどうせ死ぬんなら、早かろうが遅かろうが、自分のやりたいことやった方がましだと思っているんだ」
ヒョーゴ殿は今度はわしの方に向き直った。
「兄ちゃん。いや、いつまでも兄ちゃんと呼ぶのも失礼だな。名前は」
「佐吉です」
「佐吉。いい名前じゃないか。まあ、さっきはわしらも佐吉のこと信用しなかったから、人のこと言えないが、正直に言ってもらえると有難い。佐吉、あんたは只者じゃないな?」
わしは思わず村長殿の顔を見るが、村長殿も困った顔をするばかりだ。しかし、ヒョーゴ殿はお構いなしに話を続ける。
「まあ、わしが信用出来ないのも無理はない。だがな、わしが都に行って、恐れながらここの村に佐吉という怪しい奴がおりましてとご注進しても得することは何もないのだ」
さすがにわしも問い返す。
「それはどういう訳で?」
ヒョーゴ殿は得意そうに続ける。
「それはそうだろう。だって、都の連中とか兵士はわしらより自分たちの方が偉くて、大事にされることが当たり前だと思ってるんだ。わしがご注進したって、それは当然のことであって、褒美がもらえるだの今後の安全が保障されるなんてことは一切ない」
「!」
「それどころか、佐吉が手強いとなると、わしが命懸けで戦わされて、手柄だけあいつらのものになることになりかねん」
わしは思った。ヒョーゴ殿は頭が切れる。この世界にもこんな人がいたのか。
だが、それだけに油断ならない気もするが……
それでも、このままではこの辺一帯の村人は全員死に絶えるしかないということは事実だ。賭けてみる価値はだろう。
「分かり申した。ヒョーゴ殿。わしが思っていることをお話しましょう」
村長殿の顔色が変わる。
「おっ、おいっ! 佐吉殿」




