第一章「誰がために反旗は翻る」の仈
昨夜、おとかとサコ・ウタと泊まった小屋に戻ると、何とおとかが床に臥せっていた。すぐ、脇にはウタ、少し離れたところではサコが心配そうに見守っている。
「どうしたというのだ?おとか」
わしの問いに、おとかは臥せったまま答える。
「ああ。佐吉。戻ったんだね。何、大したことじゃないよ。さすがのあたしもあれほどの妖術を使うと、体力を使っちゃうんだ」
「『大したことじゃない』じゃないでしょっ! おとかお姉ちゃん」
隣でウタが窘める。
「ほら、佐吉お兄ちゃん。おとかお姉ちゃんの額を触ってみて」
わしはウタに促されるまま、おとかの額を触った。
「すごい高熱じゃないか」
「そうでしょう。佐吉お兄ちゃん。おとかお姉ちゃんによく休むように言って……後は何か食べさせたいんだけれど」
「今、この村にあるのは『かんぼじあ』くらいだよ。おとかお姉ちゃん。『かんぼじあ』食べる?」
サコの問いにおとかは頭を振った。
その次の言葉を口にすべきか、わしは迷った。だが、おとかの命の方が大事だ。わしはその言葉を口にした。
「おとか。おまえ、人ではないな?」
◇◇◇
「全く今頃何を言うかと思えば、やっとあたしの正体が分かったの?」
「ああ。しかし。わしも妖の者を助けた覚えがなくてな」
「あきれた。佐吉は領主だった時、お狐様は鼠を食べてくれるお稲荷様のお使いだから、大切にしろって、お触れを出したじゃない」
「そんな触れも出したか。そうか。やはり、おとかはお稲荷様のお使いか。お狐様は柿や『かんぼじあ』も食べられるが、一番の好物は鼠だろう? 昨日の朝、口を汚していたのは、こっそり鼠を食べてたな?」
「やっぱ、ばれてたか。サコ、ウタ。ごめんね。あたしの正体は狐の妖なんだ」
わしはサコとウタの方に向き直ると言った。
「サコ、ウタ。聞いたとおり、おとかは狐の妖だ。で、わしもな、前いた国で戦で負けて、首を落とされたら、ここに来た。いわば幽霊だ。どうだ? 怖いか?」
サコは呆れたように言った。
「妖だの幽霊だの関係ないよ。佐吉兄ちゃんにおとか姉ちゃん。それだけだよ。それより、おとか姉ちゃん。鼠なら食べられるの?」
おとかは頷いた。
「ようしっ! 鼠は『大豆』も食べる害獣だし、捕まえて、褒められることはあっても、叱られることはない。この俺がたくさん捕まえてきてやるから、たくさん食べて、元気になって」
サコはそう言うが早いか、外へ飛び出して行った。
「ウタ。おまえは俺たちのことどう思う?」
わしの問いに、ウタは少し考えてから言った。
「おとかお姉ちゃんが狐で、あたしが人だと、昨日、おとかお姉ちゃんが使った術はあたしには覚えられないの?」
おとかは苦笑すると、ウタの顔を抱き寄せ、言った。
「あの妖術は人には難しいかもね。でも、他にも教えてあげられることはたくさんあるよ。それでもいい?」
ウタは頷いた。
サコは布袋いっぱいに鼠を捕らえて、戻って来た。
おとかは鼠を一匹ずつ自分の口に放り込むと、良く咀嚼して食べた。
それはかなり不気味な光景ではあったが、サコとウタはにこにこ笑って、それを眺めていた。
やがて、満腹したおとかはそのまま熟睡した。
これなら明日には全快だろう。
◇◇◇
夜になって、村長殿の家に戻ると、昨夜の捕虜はそのままだった。
そして、げっそりした様子の村長殿はわしに語りかけて来た。
「すまない。佐吉殿。わしにはどうにも決めかねて、ここまで来てしまった」
この方は、上に立つには、優しすぎる方なんだろう。
「あの捕虜たちは全て村長殿と面識があるのですか?」
わしの問いに、村長殿は溜息混じりで答えた。
「全てではないが、殆ど知っている」
「そうですか。それではやりにくいでしょう。では、ここはわしに任してもらえませぬか?」
「むしろ、そうしてもらえると助かるくらいだ」
「では……」
わしは村長殿に残った「かんぼじあ」を茹でてもらうよう依頼した。
茹で上がった「かんぼじあ」は籠に入れてもらい、捕虜たちを縛り上げている土間に運ばせた。
捕虜たちは流石に初めて見る「かんぼじあ」に驚いたようだが、一人の捕虜はまた同じことを言った。
「とっとと殺せっ!」と。
わしはいる捕虜全員に笑いかけた。
「まあまあ、死ぬのはいつでもできよう。その前に変わったものを食ってみないか?」
◇◇◇
わしは捕虜全員の縄を切り、籠に入った「かんぼじあ」を勧めた。
最初こそ怪訝そうな目で見ていた捕虜たちだが、わしと村長殿が旨そうに食べてみせると、飛び付いて来た。
やはり腹が減っているのはみな同じだ。
捕虜たちの腹が満ちてくるのを見計らい、わしは問いかけた。
「責めるつもりはないが、仮に今回のことが上手く行って、この村の『大豆』を奪って、そなたたちの村が所定の『大豆』を納められたとしてもだ。そのことでこの村は潰れてしまうだろう。そうなれば、来年以降、この村の負担がそなたたちの村に行く、そのことは考えられたのか」