第一章「誰がために反旗は翻る」の七
おとかだ。脇にはサコとウタもいる。
「何か策があるのか? おとか」
「うん。妖術を使う」
「妖術?」
「怪異を見せて、敵を遁走させる。だけど、仕込みに時間がかかる。佐吉には時間を稼いでほしい」
「おっ、おいっ! 佐吉殿は……」
慌てる村長殿をおとかは制する。
「村長殿がお察しのとおり、佐吉は元領主で、戦の専門家です。それだけに素人相手なら殺さず、気絶させることも出来る筈、そうでしょう。佐吉?」
「ああ。出来ると思う」
わしも頷いた。
おとかは村長殿に向き直ると、続けた。
「申し訳ですが、サコとウタはいったん村長殿の家に戻してもらい……」
「ちょっと待ってっ!」
今度はサコがおとかを制した。
「おとか姉ちゃん。俺も佐吉兄ちゃんについて戦いたいんだ」
「!」
「俺は戦なんかやったことはない。でも、ここは俺がいた村だ。俺だってこの村を守りたい」
「サコ。おまえ」
「それに……、俺もっ! 俺だって、佐吉兄ちゃんみたいになりたいんだ。みんなに頼られる強い男に」
「サコ。危ないんだぞ」
「分かってる。でも、俺はついていきたいんだっ! 家にはウタだけ帰して……」
「あたしだって、役に立ちたいっ!」
今度はウタだった。
「あたしはきっと佐吉兄ちゃんやサコ兄ちゃんのように戦えない。でも、おとか姉ちゃんの術なら覚えられるかもしれない。それに……」
「……」
「術をかけている時におとか姉ちゃんが敵に襲われそうになったら、あたしが守るっ! だって、あたし、おとか姉ちゃん、大好きだもん」
わしがふと見ると、村長殿は涙ぐんでいた。子どもってやつは親が知らないうちに成長する……そんなことを思っているかもしれない。
村長殿は涙ぐんだまま、話し、頭を下げた。
「みんな、有難う。わしも出来るだけ、他の村の奴らを傷つけないよう頑張る。そして、おとか殿、よろしく頼む」
「はい」
その時のおとかはいつになく真剣な顔だった。
◇◇◇
わしとサコ、それに村長殿は鍬の刃の部分を外した棒を持つと、乱戦の中に飛び込んだ。
なるほど、敵は戦慣れしていない。力任せに鍬を振り回しているだけだ。もっとも、味方もそうだが……
わしはついてきたサコに良くみるように命じ、最初の敵が真正面から鍬を振り降ろして来たため、右に避けて、回避し、敵の首の左側を棒で強打した。
敵は気を失い、その場に崩れ落ちた。
次の敵はわしの左側から薙ぎ払うように、わしを狙ってきたので、わしは敵の懐に飛び込み、棒の先端で敵の鳩尾を強打した。
敵は悲鳴を上げて、倒れたが、このくらいでは死にはしまい。
だが、倒しても倒しても敵の数は減らなかった。
わし以外の味方は子どものチャンバラごっこくらいの技量でしかなかったし、味方で疲れ果て、座り込む者も出た。
わしも少し疲労の色が見えたと感じられた時、後方から鍬の一撃がわしを襲った。
しまったっ!
だが、次の瞬間、わしを襲った鍬は味方の手によって、大きく弾き飛ばされた。
更に後方からわしを狙った者が味方によって、喉を突かれ、後方に倒れて行った。
サコだ。
「佐吉兄ちゃん。疲れたでしょう? 後は俺に任せて」
サコはそういうと棒を巧みに操り、次々、敵を倒していく。
驚いた。サコには武芸の才がある。
おとかに続く、頼りになる仲間がこんなに早く見つかるとは……
よしっ、これはわしも頑張らねば……
そうこうしているうちに、空の雲行きが急に怪しくなり、雷鳴が轟いた。
おとかだ。間にあったっ!
暗闇のなかに巨大な白い狐の影が姿を現し、敵勢に噛みつかんばかりに飛びかかった。
「ぎいやあああああ」
「おたすけーっ」
敵勢は算を乱して、逃走していく。
いや、逃走を始めたのは敵だけではなかった。
味方もだ。
だが、味方の方は
「みんな慌てるなっ! あのお狐様は我らの味方だっ! 敵の追撃はお狐様に任せて、畑を守れっ!」と村長殿が怒鳴り続けてくれたお陰で、徐々に落ち着きを取り戻していったが……
◇◇◇
敵勢のうち、気絶していた者たちは捕らえられ、柱に縛りつけられた。
敵勢の正体は村長殿のお見立て通り、近隣の村の者だった。目的はやはり「大豆」の収穫量が、領主から要求されている量に届かないため、こちらの村の「大豆」を奪うことにあった。
「わしも少し考えたい。時間をくれ」
村長殿は痛々しいくらい落ち込んでいた。その様子から近隣の村の者であろうと推測しながらも、そうであってほしくはなかったという気持ちが伝わって来た。
捕虜の一人はわしと村長殿を睨みつけると怒鳴った。
「とっとと殺せっ!」
村長殿は頭を振った後、わしに言った。
「すまん。佐吉殿。一人にしてくれないか」
わしは頷くと、その場を去った。
村長殿は自分の過失のせいにして、捕虜を逃がすつもりかもしれない……とも思った。仮にそうなったとしても、この村の主は村長殿なのだ。その決断を重んじよう……そう自分に言い聞かせた。